第7話 驚愕

「来た来た来た!」


 アルフォンスは、名もなき村で一番高い場所である中央広場の大樹に登って、隊商が村に入る様子を見ていた。

 そろそろやってくるだろうとのミツクニの言葉を信じて、数日前から今か今かと待ち望んでいた瞬間だった。


 祖父母や師匠たちから聞いていた冒険譚に胸を躍らせ、まだ見ぬ世界に想像の翼を広げる日々を送っていたアルフォンスにとって、村の外に出ていくことはかねてからの夢であった。


 もちろん村の人々と別れることは辛いことだ。

 だが、それ以上に若きゆえの好奇心がアルフォンスを突き動かしたのであった。


「じいちゃん、隊商の人たちが来たよ〜!」


 アルフォンスは、大樹から飛び降りると、祖父のいる家に帰るのであった。



 一方、名もなき村に到着した隊商の面々は、目の前の光景に驚きを隠せなかった。


 こんな大森林の目の前にあって、めったに人も訪れない村にも関わらず、村の規模はこれまでに通ってきたどんな村よりも大きく、立ち並ぶ家々にあっては、つい先月に訪れた北部辺境伯領の領都よりも洗練されており立派だった。


「何だよ……この村は……」


 思わずそうつぶやいたのは、隊商の主であるグルックだった。

 他の面々も同様の気持ちではあったが、あまりのことに呆けている有様であった。


「おおっ、今回の隊商が来たか。無事で良かったな」


 すると、そんな呆然としている隊商の面々に、真っ黒に日焼けした村人が声をかけてくる。


「あっ、ああ。エチゴ商会からの依頼でやって来たウルペス商会だ。代表者に会わせてもらいたい」 

「分かった。会頭でいいな。お〜い【ゴードン】会頭に隊商が来たって連絡してくれ」

「ん?おおっ、分かった」


 その村人に声をかけられた、ゴードンと呼ばれた身体の大きな別の村人が、皆から会頭と呼ばれている人物を呼びに走る。


「ん?」


 それを見ていたアトモスたち冒険者は、走っていった老人に既視感を覚える。


「なあ、バレット。お主、先に駆けて行った者に見覚えは無いか……?」

「お前もそう思ったか?実はオレもそう思ってた」

「イーサン、あれはもしかして……」

「デューク、あれは間違いなく……」

「あ〜っ!先代グランド・マスターのゴードンさんッス!」

「何で元冒険者ギルドのトップがこんなところでパシりしてんだよ!」 

「バレット、落ち着くのだ。目の錯覚だ。見間違いだ。こんなところに【刹鬼ゴードン】がいるわけ無かろう」


 冒険者たちは己の見間違いだと思い込もうとしている。 


 そんな隣では、グルックの後頭部をフランシスが平手で叩いたところだった。


「痛えな、何すんだよ!」

「何、じゃねえよ。お前、こちらの方を忘れたのかよ!」

「はぁ?」

「先代の【ファルケンフォルスト】侯じゃねえか。麦の取り引きでお世話になったろうが!」

「んな訳ねえだろうが……ホントだ」  


 グルックとフランシスは、相手に聞こえないように、小声でやり取りをする。

 耳のいい狐獣人の為せる技で、蚊の鳴くような声でもお互いの意思の疎通は可能なのだ。


 目の前の老人が、以前に世話になった元貴族だと気づいたグルックとフランシスは、慌てて謝罪する。

 謝罪を受けた当の老人は、カラカラと笑いながらそれを受け入れる。


「いやぁ、覚えていてくれたとは嬉しいね。ご覧のとおり、見た目が変わったから気づかれないと思ってたよ」 

「いっ、いえ。恩人を忘れることなどありません……」 

「そうです、我々の商会が今日まであるのも、侯爵様のおかげです」 

「ん?元だよ。元侯爵」

「いえいえいえ、そんなことは」

「我々にとってはいつまでも恩人の侯爵様です」


 必死で取り繕う二人。


 そんなところに、会頭と呼ばれた人物がやってくる。


「おっ、よう来たな。待っとったで!」 


 その声の主に振り返ったグルックとフランシスはさらに驚愕する。


「せ……【聖商】!!!」

「ミミミミミミミ、ミツクニ様ぁ!?」


 そこに現れたのは、グルック、フランシスにとっては雲の上の人物。

 元ミツクニ商会の主にして、大陸一の商人と呼ばれた男であった。


 突然の出会いに、どうすればいいか分からない二人は直立不動になって身動きひとつ取ることが出来ない。

 もはや次の言葉も出て来ない。


 その様子を見ていた冒険者たちは、雇い主の慌てように興味を惹かれる。

 彼らにとっては【聖商】ミツクニは、そこまで気にするほどの人物ではない。

 単に、この国でも有数の金持ちなのだろう程度の気持ちであった。  


(あのふてぶてしい雇い主が、こんなに緊張してるとは……) 


 珍しいものでも見たかのように、薄ら笑いを浮かべていた冒険者たちであった。  


 そんな冒険者たちに、背後から声がかかる。


「おう、隊商が来てたか。ちょうど獲物が取れたところだ、食っていけよ。ガハハハ」  


 彼らが何気に振り向くと、そこには、やたらと大きな飛竜を引きずって歩いてくる虎獣人の姿があった。

 

「バルザック様だ……」

「【拳聖】様……」 

「引きずってるのは何なんスカ……」 

「【ワイバーン】?」 

「【キングワイバーン】!」 


 冒険者たちにとって、SSクラスの冒険者であり【始王の十聖】に名を連ねるバルザックは、神のような存在であった。

 

 そんな英雄とこんな間近で出会う。

 冒険者たちは、あまりの衝撃に白目を剝いて倒れそうになるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る