第6話 到着

 その一団が、名もなき村に着いたのは、春も終わりを迎えたとある日だった。


 大きめの馬車とそれを護衛する冒険者たち、その傷だらけの姿には、村に辿り着くまでの激闘の痕が見て取れた。


「ホントにあったとは……」

「ああ、依頼主を本気でぶん殴ろうと思ってた」

「とりあえず、ひと息つけるッスね」

「「同感」」


 そんな冒険者たちの声は、ひとりの狐獣人の歓声で掻き消える。


「やった……やったぞーー!!どうだテメエら、これでオレは大金持ちだ!」


 彼の名は【グルック】

 狐頭でややつり上がった目、金色の長い毛並みの獣人だ。

 王都に本拠地を置く【ウルペス商会】の主だ。


「どうだ、村はあっただろうが!だいたいお前らは、たいした仕事もしねぇくせに、この俺の指示にグダグダ言い過ぎなんだよ!」 

「やかましいわ!お主も実際にあるかどうか分からず、さっきまでビビってたろうに!」


 そうグルックに反論するのは、集められた冒険者たちのリーダーを努める【アトモス】だった。

 

 漆黒の馬に乗り、背中に背負った大きな大剣を武器に戦う【Bランク】の冒険者で、他の冒険者よりもランクも年齢も高いために必然的にまとめ役になっていたのだった。


「うるさい。うるさい。だいたいお前らは、依頼主を敬おうって気が足りないんだ!」

「ああん?テメエはそんなふざけた事抜かしやがってんのか?いつもいつも馬車に隠れてピーピーと騒ぐだけのくせに、何を尊敬しろってんだ!」


 そんなグルックに噛みつくように怒鳴りつけたのは、全身をすっぽりと覆うほどの大楯を携行している『大盾使いシールダー』の【バレット】

 ツルツルに剃った頭部が特徴の高身長で筋骨隆々な男だ。

 ここにたどり着くまでの極限状態で、すでに隊商の雰囲気は最悪だった。


 名もなき村への行路は【聖商】ミツクニが興した【エチゴ商会】の最重要秘匿事項であった。 

 ミツクニは既に一線を退いているものの、その後進が王国一の商会を受け継いでいる。


 その商会は年に数回、こうして極秘に隊商を送り出して名もなき村との取り引きを行っていた。

 辺境の地では手に入らない香辛料や雑貨等を大量に持ち込み、帰りは目の前に広がる【ゼルトザーム大森林】に存在する魔物の素材を受け取るだけの単純な取り引き。

 だが、その利益は莫大なものになるのだ。


 何しろ【始王の十聖】の中でも、武に特化した者でなければ狩れないほどの魔物たちの素材だ。

 無事に持ち帰りさえすれば、巨万の富が得られるのだ。


 ゆえにこの行路は決して口外を許されない秘密なのだ。

 もっとも、一度この道を往復した者はもう二度と行きたいとは思わないほどの過酷な旅程である。

 

 だが、大きな儲けがあると聞けばチャレンジしたいと思うのも商人の性。 

 想像以上の苦労が待ち受けているとも知らないで、手を挙げる者も少なくはない。


 そこで毎回、エチゴ商会からの信頼が厚い商会が選ばれて苛烈な旅程につくことになるのだ。


 無事に名もなき村に辿り着く可能性は半分ほど。

 そこから無事に戻れる可能性もさらに半分ほどになる道程だった。


 グルックたちがここまで無事に辿り着けたのは、護衛である冒険者たちが優秀だったことと、グルックの強運の為せる技であった。


 そうこうして、ようやく辿り着いた名もなき村を前に、彼ら商隊の面々は対立が収まらない。

 まだ帰りの予定があるにも関わらず、既に商隊は分裂していたのであった。


「はあ〜っ、ここまで、雇い主がクソだったってなかなかないッス」

「「同意」」


 金色の短髪でソバカス顔の弓師【クリフ】がそうつぶやくと、双子の【デューク】と【イーサン】が声をそろえて答える。

 赤い髪のデュークが【拳闘士】青い髪のイーサンは【魔術師】だ。

 ちなみに、二人は一緒の馬に乗っている。


「アトモス、バレット。間もなく村なんだ。そのへんにしてくれないか?グルック、お前は言い過ぎだぞ」

「フランシス殿の言い分も分かる。だが、雇い主の横暴に、もはや我々は限界だ」

「そうだ、コイツの性根を叩き直さなきゃならねえ」

「フラン、お前はどっちの味方なんだ?こんな時こそ、オレの方を……」

「グルック、うるさい!お前が控えろ!冒険者たちがいなければ、我々はここまで来れなかったんだぞ」


 荷台から顔を出して、冒険者やグルックを諌めるのは、白い毛並みをした狐獣人の【フランシス】

 グルックの幼馴染みで商会の副会頭。

 丸眼鏡がよく似合う柔和な顔つきで、その落ち着きのある雰囲気は、周囲の者に知らず識らずのうちに安心感を与える。

 商才はあるがトラブルメーカーのグ

ルックを的確に補助し、未然に問題を防ぐ彼の手腕があってこその商会であった。


 だが、彼の仲介をしてももはやグルックと冒険者たちの決裂は確定的であった。


 馬丁として馬を操っている赤毛の狐獣人の少年【ギル】は死んだ目をして、ひたすら村に向うことに専念している。

 大人どうしの諍いに首を突っ込んでも、ロクなことがないと諦観しているからだ。


「だいたい、私たちがどれだけの魔物と戦ってきたと思っている」 

「そうだ!俺たちの決死の努力があったからだろうが!」

「うるせえ!そのために雇ったんだ!つべこべ言わず指示に従え!」


 襲い来る様々な魔物を退けてきたと自負する冒険者と、それが当然だと思っている雇い主。

 双方の意見は平行線のまま、収束の兆しも見えずにいた。


 こうして彼らは、大喧嘩をしながら名もなき村に到着したのであった。


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