第5話 手紙

 アルフォンスたちの住む【名もなき村】は、祖父母や師匠たちの他にも住人が存在する。

 その数は決して多くはないが、小さな村の規模を維持できる程度は集まっている。

 もっとも、高齢者しか住んでいないので、村としての未来はない。


 現代日本で言えば、限界を突破した崩壊集落とでも言おうか。


 だが、そこに住む人々に悲嘆の影は一切無い。


 それは彼らが、優秀な戦士あるいは魔術師であるため、年老いても日常生活に何ら不自由がない点と、煩わしい人間関係から離れ、自らの好きなことだけを過ごして行く毎日に満足していたからだった。


 そんな老人たちにとって、共通の孫のような存在であったアルフォンスが村を出て行く。

 次にやってくる隊商キャラバンとともに王都に向うとの話が伝わると、村は今までにないほどの大騒ぎとなった。


 それは【聖魔】アビゲイル筆頭の『アルフォンス思い留まって』派と、【拳聖】バルザック筆頭の『男ならどーんと行って来い』派の争いであった。 

 一方はアルフォンスを引き留めようと、一方はアルフォンスを快く送り出そうと画策し、一時は村を二分する大騒動となってしまう。


 もともと、娯楽が少ない上に、ノリだけはやたらイイご老人方である。

 深慮遠謀入り交じり、いかにアルフォンスに己の派閥の意向を通すかの戦いが勃発したのである。


 最終的には、【始王】オイゲンの『本人の好きなようにやらせてやろう』の一言で、アルフォンスを大好きな村の老人方は納得して終戦に至ったのであるが、それ以降はアルフォンスへの餞別と称した贈り物が跡を絶たなくなったのであった。


 ただでさえ、ご老人方は物を与えたがる癖があるのに、今回は村のアイドルとでも言うべきアルフォンスへの餞別である。


 おじいちゃん、おばあちゃんたちは張り切りまくってしまい、いろいろな物をアルフォンスに与えていた。

 アルフォンスが容量無制限の次元収納の魔術を使えることは、村人なら誰でも知っていることで、決してかさばらないからと、ここぞとばかりに様々な贈り物をしたのであった。

 

 そんな中、最もアルフォンスに贈られたのは手紙であった。

 手紙と言ってもアルフォンスに宛てではない。

 それは特殊な用途に使われる手紙であった。


「おう、アル坊。今度王都に行くんだって?」

「あっ、酒場のじっちゃん。うん。僕ね、王都に行くんだ。学院ってのの入学試験を受けるの」

「そりゃあ、頑張らねえとイケねえな」 

「うん、全力で頑張るよ」

「……かなり力を抜いて良いんじゃないか?」

「だってかなり難しい試験だって聞いたよ」

「そっちは、マリア姐さんと、アビゲイル嬢の教えを身に着けてるなら問題ない。かえって、実技でやり過ぎないか心配でな……さすがに殺したら不味いだろうしな」

「えっ、何?最後後聞こえないよ?」

「いや、何でもない。いいか、アル坊。実技じゃ相手のレベルに合わせることが大切なんだからな。相手が弱かったらそれなりの強さで戦わないとイケないんだ」

「何でさ?師匠たちからは全力でヤレって言われたよ?」

「それは修羅の考え方!周りが怖がってみんな逃げて行くぞ」

「え〜っ、それはイヤだなあ。友だちもたくさん作りたいし」

「だったら少しは手加減を覚えるんだぞ。いいな?」

「う〜ん、分かったよ」 

「よし、それで良い。ところでな、お前さんにこれを渡しとく」

「何これ?手紙?」

「ああ、そうだ。だがお前さん宛じゃない。王都で【グリューンベルク】家の貴族と揉めたりしたらこれを出すんだぞ」

「貴族?」

「ああ、王都には貴族だって偉ぶってふんぞり返ってるバカが大勢いるんだ。そんな奴らは平民が大嫌いだから、お前さんもバカにされるかも知れんだろ」

「でも、僕は何にも知らないんだから……」

「知らないからってバカにされても良いわけないだろうが。いいか、【グリューンベルク】家の奴に何か言われたらそれを見せてやれ。決して悪いようにはならないから」

「ありがとう、じっちゃん」


 このように手渡された、アルフォンス宛手紙が山ほどあったのだ。


 その中身は、分かりやすく言えば『ウチのアルフォンスをよろしく頼むわ』と書かれている一文のみ。


 実はこの村の住人で、オイゲンや十聖を除いた面々も単なる平民ではない。

 元はれっきとした貴族家の当主や、その関係者たちであり、敬愛する【始王】に供をする形で移り住んできた面々なのだ。


 ゆえに、現在の一部の貴族家の当主は村の住人の弟妹や子息、家族となる。

 そこに件の手紙が渡ればどうなるか想像に難くない。

 

 仮にアルフォンスと揉めてこの手紙を渡されたなどと知れれば、本家当主直々に乗り込んでくる案件となるわけだ。

 大騒動になることは間違いない。


 アルフォンスは、知らず識らずのうちに手紙という名の危険物を渡されているのだった。


 ちなみに、先の【グリューンベルク】家は王都で財務の一切を取り仕切る侯爵家であったりする。


「おっ、アルフォンス。ちょっとこの手紙を持ってけ」

「アルくん。あなたのために一筆書いたから持っていきなさい」 

「坊主、【ラムザウア】を名乗る奴に嫌な目に遭わされたら、この手紙を叩きつけてやれ!」


 こうして、アルフォンスの次元収納の中には手紙の形をした時限爆弾が山と増えていくのであった。

 


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