2-2 旧友は意地が悪い

 ネイヴィー・ハーピー。


 ハーピーは人間の女のような顔をしていながら、猛禽類のように鋭い鉤爪と翼が特徴の怪鳥である。分類としては鳥類。このあたりも学会で定義が難しいところなのだそうだが、卵を産むため人とは呼べないのだという。

 ハーピーにも様々な種類があり、そのひとつがネイヴィー・ハーピーだ。由来はレーデさんの言ったとおり、群青色の血を流すから。これも理屈は明らかになっていないが、捕食するものに起因するのではというのが有力だ。


「絶滅危惧種を保護するなんて、ヴィンセントは動物愛護家でいらっしゃったんですか?」

「気色悪い丁寧語はやめろ。自然環境を維持しようとするのは魔術師として当然のことだ。魔術が使えなくなるからな」


 ヴィンセントに少しレクチャーされた知識を掘り起こすと、魔術は自然にある素材を糧として新しいものを合成する術らしい。

 薬の調合がまさしくそれ。眠くなる葉っぱ、心が穏やかになる葉っぱを調合すれば安眠に効果のある薬ができる。それをより高度にしたものが魔術だと。


 だから、魔術を使うための素材すなわち自然に生きとし生けるものは魔術師にとって守らなければならないものだ。都会は文明が進み人工物がかなり増えてきたけれど、ヴィンセントはそんな環境があまり好きではないらしい。


「種の保存のために魔術師が働くのは当然のことだ。それなのにあいつは俺を都合のいい労働力みたいに扱いやがる」

「わかってて話を持ってきますよねあの人」

「それがムカつくんだ」


 ヴィンセントは散策用のロングコートを羽織った。カーキ色で森の中ではカモフラージュになる。生地もしっかりしているから木の枝に引っ掛かっても大丈夫、なんだそうだ。

 これから行くのは山だけど、アウトドアに適した格好は大切だ。


「しかし、ネイヴィー・ハーピーが人を襲うなんて」


 ハーピーは本来温厚な種族なんだそうだ。山頂など標高の高い場所に巣を作り、鳥や小動物を食べる。人を捕食するとは聞いたことがないと。


「人里に降りてきて、ってことですもんね」

「麓でハーピーを見ること自体特殊だ。いずれにせよ看過はできん」


 ヴィンセントとやってきたのは森から少し離れたところにある霊峰ウルスラータだ。この世界には様々な種族がいるけれど、特に神聖視される「精霊」が住むとされるから霊峰。

 こうやって実際に空気を吸ってみると、森よりもじめっとしてなくて、爽やかな心地さえする。


「霊峰の空気っておいしいんですね」

「悪かったな、森の空気が湿気ってて」

「そんなこと言ってないですよ。私はヴィンセントといる場所ならどこでも天国ですから」

「言ってろ」


 登山となるとそれなりの準備がいるのだけど、ヴィンセントは丁寧に山を登るつもりはない。あらかじめレーデさんに手配させた輸送用ドラゴンを呼び寄せ、その背に華麗に飛び乗った。


「シャル」


 乗れ、と当たり前に差し出された左手にいいようのないときめきを覚える。このままドラゴンと遠くリゾート地へ新婚旅行に行けたらいいのに。

 この手をとる一瞬をとても大切にしたいと思った。どう重ねるのがロマンチックだろう。


 柔らかなタッチでワルツを踊るみたいに握り返せばそこは一夜の舞踏会。クリーム色のナイトドレスに身を包んだ私は、耳の大ぶりのイヤリングをきらりと輝かせてヴィンセントの手をぎゅっと握りしめる。彼は「馬鹿、力みすぎだ」と舌打ちして腰に回す腕に力を込めるの。

 見つめ合う二人。視線が重なるとその距離の近さにどきりとする。ヴィンセントの切れ長の瞳に映り込む私は、とても幸せそうな顔をしていて。そのまま顔が近づき、曲の最高潮で二人はキスを、


「いつまで突っ立ってるんだ阿呆が」

「ぐぇ」


 乱暴に二の腕ごと身体を持ち上げられて、蛙が潰れた声が出た。

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