1-2 魔術師は石を金にはできない

「いや、客と合わせて話す。さっさと紅茶出せ、それくらいの時間はくれてやる」

「あ、はい!」


 ヴィンセントは興が削がれたようで、くるりと踵を返して倉庫に向かった。薬の調合に必要な素材を確認しているのだと思う。でもそんなに時間は長くない。私は手際よくストレートティーの準備を整えた。


「それで、俺がヴィンセントだが」


 ソファーを広々と使い、私をその隅っこへと追いやるように腰掛けたヴィンセントは、挨拶もそこそこに本題を切り出す。


「何の薬が欲しいか……聞かなくてもわかる。お前、痩せ薬をもらいに来たんだろ」


 女性がはっとして顔をあげる。椅子に座ってほんの数十秒、泳いでいた瞳はヴィンセントをしっかりと捉えていた。


「どうして、それを」

「お前は身なりが良くて恰幅もいい。生活に困窮しているとは思えない、むしろ裕福な部類だろう。護衛もなしに単身で来たところを考えると貴族ではなさそうだ」


 ヴィンセントはつらつらと観察結果を並べていく。


「で、そんな金に困ってない中年女性――裕福な家に嫁いで職業人じゃない可能性が高い――であるお前がコンプレックスを抱くとしたらその太った外見だ。体型をなんとかしたいと思って俺の噂を聞いた、ってところか」

「え、ええ。その通りです。さすがは大陸きっての魔術師様ですね」

「こんなの魔術師でなくてもわかるよ」


 そういってヴィンセントは私をほんの一瞬だけ見た。


「私……こんな見た目で、自分に自信が持てなくて。ヴィンセントさんの薬は非常にと聞いています。ですから」

「お前は勘違いをしているようだから言っておくが」


 ヴィンセントは私が淹れた紅茶を一口含み、アイスブルーの瞳を不快そうに細めた。


「俺は錬金術師じゃない。魔術師だ」

「……はい……?」


 わけがわからないというように女性がぽかんとした。「それはもちろん知っています」と顔に書いてある。ヴィンセントは呆れたように首を横に振った。


「わかってないな、何もわかってない。錬金術師はある物質をまったく違う物質に作り変えることができる。でも魔術師は違う。石ころを金に変えることはできない」


 魔術の理屈は私もレクチャーを受けたことがある。ヴィンセントの調合は魔術を使うから基本的な概念や特性などは聞いていた。

 魔術を行使するには材料が必要なのだ。


「お前の身体にへばりついた贅肉を綺麗さっぱりにする、そんな物質がこの世に存在していると思っているのか?」

「……でも、あなたはどんな願いも叶えてくれる魔術師では」

「誰が言ったんだそんな世迷い言」


 ヴィンセントは冷笑した。


「俺は、患者を観察し、もっとも効果的だと思った薬を調合しただけだ。都会の薬師だって痩せ薬なんて売ってないだろ、そんなものは存在しないからだ」

「でも」

「そんなに自分を変えたいならその惰弱な精神から鍛え直せ」


 ヴィンセントが声を荒げた。直情的な人だからわかりやすく怒っている。イライラしてるなあというのが隣にいるだけでビリビリと伝わってきた。


「楽して痩せようという心根が気に喰わん。そんなに痩せたいなら教えてやる。いいか? 規則正しい生活と栄養バランスの取れた食事、そして何より運動だ。贅肉は燃やすものだ。その過程をすっ飛ばして自分に自信を持ちたいなどと笑わせてくれる」


 ヴィンセントの長い脚が丸太のテーブルを蹴った。女性はますます身を小さくして震えている。つぶらな瞳は怯えの色を映し、涙の膜を張っている。

 ……不謹慎だけど、私はそのとき「箱入りだなあ」と思ってしまった。逆ギレされるパターンは過去何度もあったから覚悟していたけど、丸まって嵐が去るのを待っているみたいだった。

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