第4話 あなたと休日を(前編)
更けゆく夜に、泉の妖精が語りかける。赤いくせ毛を風に揺らして。廃ビルの給水タンクの上から、言葉の届く階層を変えて。この国この地の霊とカミに向けて。
「
この身は妖精、魔女にして零落した女神。〈いと高きものたち〉去りし後、神秘と踊るミスティックレイス。異国の精霊であっても、発することばの意味は伝わろう。
「此の地の神々の命もあろう。此の国の民草との約定もあろう。されど、此度のことを座視するに留むるならば、此の地此の国の霊とカミは、怯懦にして惰弱なり。そう四方化外に吹いて回ろう。さにあらず、怯懦に非ずと、惰弱に非ずと申すなら、些かなりとも我と戦士に助力せよ」
ウルスラは挑発し、煽る。頭の固いこの国の精霊も、ここまで言われれば多少は力を貸すだろう。来訪初日はこの身一つ。彼らに異邦の妖精に力を貸す謂れはなかった。しかし今は違う。この土地に縁ある少年とともに戦っている。地霊、精霊たちも見ぬフリ聞こえぬフリはできまい。
目論見どおり、この地の風が囁き、この海の水面が波紋を返す。我ら葦原中国の霊、怯懦に非ず、惰弱に非ずと。
この土地の水が風が、指揮下に入った手応えを感じ取る。これでよし。この土地の精霊の協力は取りつけた。ウルスラは夜空を見上げ、背から落ちゆく〈夜明けの風〉を、その琥珀の瞳に捉える。
「我が騎士、ボクと〈夜明けの風〉はこの程度の冒険で騎士を死なせたりはしないぜ」
エーテルリンクを介して〈夜明けの風〉の反水機構を解除。ウルスラは両手を広げ、手のひらを廃ビル下の水面に向けてかざす。
「ボクは湖の貴婦人。水の魔法はお手の物さ」
水が、渦を巻いて立ち昇る。着水間際の〈夜明けの風〉を迎えるように。
暗闇に包まれたケイの視界は、瞬き一転、モノクロームの映像に切り替わった。
音、と言うより振動が軽く体を伝って、浮遊感が停まる。水底に〈夜明けの風〉の背が当たり、軽く浮いてまた沈んだ。目に入るのは、腐食しほぼ柱だけとなった家屋。水に沈んだ工場らしい建物の下階は、汽水に住まう魚たちの棲み家となり果てていた。
ケイは〈夜明けの風〉の身を起こそうと左手を水底についた。バリっと瓦礫か何かを折り砕く感触が、星辰装甲を介して手を伝う。ウルスラの魔法とやらで、挽き肉になることは避けられたらしい。しかしウィンディゴはまだネリマ市の上空にいる。早く水面に上がらなきゃ。
水の抵抗をかき分けて、ケイは急いで〈夜明けの風〉を立ち上げる。その勢いに、水底の堆積物が巻き上がって視界を覆う。煙のように砂泥が舞い、細かな瓦礫が浮かんで流れる。その中に
「……え?」
それが目の端に捉えられたのは瞬きの間ほどで、もう見えない。記憶に残ったそれを、ケイは三年前に見たことがあった。母の葬儀の後の火葬場で。だからそれが何なのか、すぐにわかった。
目の前をくるくる回りながら流れていったものは、無数の人の頭骨だ。
大海嘯当時のものだろうか。その正体をめぐって内に向きかけたケイの思考を、妖精の声が引き戻した。
「ケイ! 〈深きものども〉、D類も寄ってきた。
騎内映像に、錨を打つべき水上のポイントが幾つか光点で示されている。ケイはその内の一つ、廃マンションと思しき建物の壁に向けて左腕を上げ、錨を射出した。
錨は水上に出るとコンクリートの壁に刺さって鉤を展開。固定された錨に連なる鎖が巻き上げられる。水上に向かって〈夜明けの風〉が、鎖一本で高速で引き上げられてゆく。
その足下を、D類こと海棲型界獣が牙列を剥いて泳ぎぬけていった。水上で見ても恐ろしいが、暗い水中で活動しているその姿を目の当たりにすると、その恐ろしさもおぞましさも桁違いだ。巨大な顎が、その奥が、地獄の底にまで通じているように見える。
行き過ぎたD類界獣はその身をくねらせターンすると、再び〈夜明けの風〉目掛けて迫り来る。水上に出るのが早いか、泳ぐ界獣の牙にかかるのが早いか。
「ウルスラ! もっと速く!」
「もうやってる!」
急加速する錨鎖の巻き上げ。思うように動けない水中で、剣を持つケイの右手に力がこもる。剣が敵を認識し、刃に帯びる光が青から黄色へと変化した。
額に滲む汗が痒い。界獣の大顎が見る間に視界に大きくなる。間に合うか?
「水上に出るよ!」
ウルスラの声と同時に、ざぶん!と飛沫を上げて水面を割って〈夜明けの風〉は水上に飛び出した。その左腕の錨鎖で釣り下がった巨体に向かって、D類界獣も水中から踊り出る。
「このっ!」
ケイは足元に食らいつかんと顎を開けた界獣目掛け、大剣を振りぬいた。刃が界獣の頭部を斜めに断ち割る。
YYYyyyyyiiii……
か細い呻きのような音を発してD類界獣は砕け、水中に没していった。
バシュンと音を立てて錨が壁から抜ける。〈夜明けの風〉の水面への着地もとい着水と同時に、錨鎖は左腕に収まった。
「無事かい? 我が騎士」
「ルアーになった気分だよ……」ウルスラに返しながら、ケイは廃ビルの壁面を背に身構えた。W類、ウィンディゴに再び背後から襲われ、空に連れていかれてはたまらない。「状況は?」
「上空にW類が二体。内一体は手負いだけど、恐らくすぐに再生する。ヤツらは心臓を破壊しないと殺しきれない」ウルスラが翅翔妖精の観測情報を統合し、〈夜明けの風〉に送る。「おまけに水中から接近してくるD類が二体。亜種はいないけど、混戦になると面ど……来るよケイ!」
ケイが観測位置を把握しようとする間もなく、一瞬で、角を持つ怪物が〈夜明けの風〉の前に現れた。絶妙に〈夜明けの風〉の剣の届かぬ間合いを保ちながら、威嚇するように怪音を発して浮遊する。
keKKKKeeeeekeeekekekkeeeekk!!!
ケイは踏み込んで斬りかかりたい衝動を抑え込む。うかつに出れば、またもう一体に背後を取られかねない。
「原料が人間なせいかな。D類と違って、アイツらは多少の知恵が回る」忌々しげにウルスラが言った。「同族がやられるのを見て、警戒してるんだ」
目の前にウィンディゴ。更に水中からD類界獣二体が近づきつつある。うかつに寄れないのがウィンディゴも同じなら、一旦この場を離れて距離を稼いだ方がいい。そう考えて、ケイが駆け出そうと膝を緩めたその時
目前のウィンディゴが、骸骨めいた顔を夜空に向けた。
「ケイ! その場を離脱。急いでっ」
ウルスラの叫びに、重なり轟くウィンディゴの咆哮。身を竦ませずに動けたのは、彼女と経た戦闘経験のお蔭か。ケイは右に跳ね飛んだ。同時に、叩きつけるような衝撃を左半身に受け、足を取られて水面を転げる。四つん這いになりながら元いた場所に目を向けると、廃ビル壁面が大きく抉れて凹んでいた。
ケイが〈夜明けの風〉の左半身を動かすと、バラバラと何かが砕けて水面に落ちた。これは……氷?
「悪しきうわさよ、時の采配にふりかかるがいい」ウルスラが呪いの言葉を吐く。「アイツ、長生者(Elder)だ。厄介だよケイ、あれは氷雪の風を操る」
「そういうことは先に言ってよ!」
「ウィンディゴが皆、あの力を持ってるわけじゃない。というか、
「らしい、って。ミスティックレイスって、界獣に詳しいんじゃないの?」
神秘の種族、ミスティックレイス。彼らは世界を侵す界獣の生態に通じ、滅ぼす術を人類に与えてくれた神々にも等しい存在。ケイはそんな風に思っていた。
「買いかぶりだよ。ボクらの持ってるヤツらの知識なんて、無駄に長生きだから持ってるだけのほんの一部さ」ウルスラが自嘲する。「大海嘯以後に解明されたことの方が多いくらいだ」
弱音とも取れる彼女の言葉に、ケイは思う。彼らミスティックレイスは意外と、思っているよりも身近な存在なのかもしれない。人間が勝手に畏れ敬っているだけで。ウルスラとか妙に子どもっぽくて、はるか年上には思えない。
「近づく術はないかな。無策で突っ込めば、吹き飛ばされるだけだ」
「個体差はあるだろうけど、記録どおりならそう続けては使えないはず」ウルスラが書物のページの一部を指し示した。「急げば勝機はある。ボクとキミと〈夜明けの風〉なら、打倒できる。剣を、〈星に伸ばす手〉の刃をヤツの心臓に触れさせさえすれば、ボクらの勝ちだ」
浮遊するウィンディゴ目掛け、ケイは駆け出した。ウィンディゴとの間を遮るように、水面から飛び出したD類界獣を叩き斬る。崩れゆくその骸の中を抜けて、更に前へ。
「全力でいくよ! 深淵発動機深度最大。セット。星辰コード"R'LYEH"」
ウルスラが言うなり、剣から滴る濁った光が青く濃さと大きさを増し、その長さを更に延ばし始める。
彼女の意図を察したケイは、駆けながら右手の大剣の柄に左手も添え、切っ先を体側の後ろに流す。剣の長さを体に隠し、間合いを惑わすための構えだ。界獣相手に通じるかは怪しいけれど、やらないよりはマシだよね。
剣から湧いて延びる青くぬめる光は、元の刃渡りの三倍を優に超え、十メートル余に達した。
宙に浮くウィンディゴが、紅く燃える双眸で見下ろしてくる。
「届かせて! Sir Cai!」
ケイは呼気とともに大剣を肩に寄せ、ウィンディゴ目掛けて一気に斬り下ろす。青い光で延びた粘液のような刃が、浮遊するウィンディゴの左肩口から胸を捉える。はずだった。
ざばんと上がる水飛沫。D類界獣が水上に跳ね上がり、ウィンディゴの左脚に食らいつく。ウィンディゴの体勢が崩れ、青くぬめる光の刃は飛膜の一部を斬って灼くに留まった。
「いいトコ邪魔しやがってあの下等種族っ!」むきーとウルスラが髪をかきむしる。「いつか必ず絶滅させてやる!」
左脚を食らいつかれたウィンディゴが、水中に引き込まれまいと足掻く。その浮遊の力と、D類界獣の引き込む力が相殺された。ほんの僅かな、静止の瞬間
「まだだ!」ケイは〈夜明けの風〉左腕をウィンディゴに向けた。射撃は苦手だけど、的が動かないなら。「当たれ!」
射出された錨は一直線に、ウィンディゴの右飛膜の厚い部分を貫通。鉤を展開し自らを固定した。
KKKkeeeeeeEEEeeeeee!!
苦痛に似た叫びを轟かせながら、ウィンディゴは巨大な鉤爪をD類界獣の頭部に叩き込んだ。鉤爪がずぶりとD類界獣の眼列にめり込み抉る。
Gyyyiiiiiと呻くような唸りを発して、D類界獣は顎を放し、どぶんと音を立て水中に戻った。
ぐずぐずと体液をこぼしながら、ウィンディゴは上昇を開始する。錨を飛膜に固定したまま。
「ウルスラ!巻き上げて!」
「了解だよ、Sir!」
高速で錨鎖が巻き上げられ、〈夜明けの風〉はウィンディゴに向かって宙を進む。
己に釣り下がった重量物に気づいたのか。ウィンディゴは飛膜に刺さった錨に向かって鉤爪の左手を振り上げた。
「させない!」
ケイはウィンディゴの左腕目掛けて大剣を振るう。青くぬめる光の刃が、その手首から先を切断した。
ウィンディゴは再び夜空に向かって口を開ける。氷雪の風を呼ぶ前触れだ。錨鎖で釣り下がった中空では回避できない。間に合えと念じてケイは剣を突き出す。角を持つ怪物の、ウィンディゴの胸の中央に向かって。
唸りを上げて巻き上がる錨鎖。〈夜明けの風〉がウィンディゴに重なる。青くぬめる光が、ウィンディゴの背から天へと衝くように生え伸びた。eE……咆哮は一音を成しかけて、夜の中空に消えてゆく。崩れゆく長毛に覆われた巨躯とともに。
〈夜明けの風〉は再び夜の宙空に放り出されたものの、今度は高度が低い。ケイは着水するなり翅翔妖精の索敵情報を確認する。ウィンディゴはもう一体、さっき〈夜明けの風〉を空に連れていこうとしたヤツがまだいたはずだ。
案の定、そのウィンディゴはまだ近くの空に滞空していた。破壊したはずの右腕の部分に、短く細い未熟な腕のようなものが生え始めている。
ケイは青い光の滴る大剣を、夜空に残る最後のウィンディゴに差し向けた。ウルスラの言う通りなら、主神とやらの敵対者の力に引き寄せられるはず。
しかしウィンディゴは、〈夜明けの風〉の剣を一瞥するなり回れ右して飛んでゆく。
ネリマ市の、居住区画に向かって。
「アイツ、敵わないと悟って逃げ出しやがった」ウルスラが吐き捨てる。「行こう! 街に被害が出る!」
「わかった!」
駆け出そうとした瞬間、ケイは見た。
銀光一閃。白く冷たい輝きが、角ある巨獣の背から胸を貫いて抜けた。
呻き一つ上げることなく、ウィンディゴが夜空で崩れてゆく。
「この国に来てたんだ、あいつら」夜空を見上げるウルスラが憎々しげに呟く。「Valkyrja……
ケイはウルスラの視線を追って、見た。
夜空に翼を広げ、銀の鎗を携えた甲冑姿の人型を。顔は兜と面頬に覆われて見えないが、大きく張り出した胸甲と全身のフォルムから女だとわかる。背には翼。右の翼は白鳥のそれのように秀麗で、左の翼は歯車の軋む
甲冑の女は〈夜明けの風〉に向かって小さく一礼すると、翼をはためかせ飛び去った。
* * * * *
仮にニホンの界獣戦記、といったものがあるのなら、今日はきっと記録に残る日になる。
対B類特種害獣武装のコンゴウ改を駆りながら、伊勢ソウリは傀内スクリーンこと神観鏡に映る資料を流し読む。W類特種害獣、ウィンディゴ(Windigos)。高速で飛行、急上昇降下する巨大な人型奉仕種族。性向は極めて狂暴で、攻撃時に繰り出す大きな鉤爪は易々と星辰装甲の積層紋晶装甲板を貫通する。また攻撃対象を高高度に連れ去り、落として殺す……
そんな敵性特種生物を相手に、対B類害獣の装備は心許なかった。飛行型界獣のB類を相手取る装備とは言っても、せいぜいが投網銃の射程が多少長くなった程度のものだ。他は換刃薙刀、ナイフ、月山刀といったD類相手の装備と大差ない。ソウリ自身、繰傀士として任務に就いて7年になるが、B類特種害獣を直接目にしたことは二度しかない。しかもその内一回は戦術陰陽士が召喚したもので、D類の群れを相手に共闘を仕掛けた味方側だった。敵としてのB類と対峙したのは、実質一度きりだ。
出動前のブリーフィングで開口一番、瑞元隊長が言った。
「みんな、喜んで。私たちはニホンで最初にW類特種害獣と交戦する部隊になるわ!」
いつもローテンションな口調が妙にハイなことが、逆に事態の深刻さを思い知らせた。隊長は続けて任務の説明に移る。そんな彼女の目はいつにも増してどんより濁っていた。ソウリたち第三防衛隊第一小隊の面々が渡された資料の紙束は、質の悪い画像に必要事項が箇条書きになった、いかにも急造のそれで。
「まだこの国では誰も戦ったことのない敵、何だか燃えるっすね! センパイ!」
トウカが能天気に話しかけてくる。ことの次第と深刻さを理解しているのかいないのか。性格は少々アレでも、彼女は遺伝子調整者。きっと資料も今の状況も読み込んだ上でこうなのだろう。自分たちに課されたのは、ある種の威力偵察。未知の敵と交戦し、可能なら殲滅。叶わなければ、可能な限りその情報を持ち帰れというものだ。ブリタニア連合との協定で、彼の国の持つW類特種害獣の情報は入手できる。しかし空戦可能な武装祭器も人員もないニホンの対界獣体制では、参考になる情報はごく一部だ。実際の交戦データがほしいという上の思惑も理解はできる。できるが、どこか当て馬感が拭えない。自分たちの後に第三管区の精鋭、第一防衛隊が控えていることは、心強くもあったが。
「ま、できることをやるだけさ」
ソウリは意識して軽く言った。胸の内の引っかかりを上手く隠せただろうか。バディに不安を与えてはバディ失格だ。
「現在、新トウキョウ湾上空に四体のW類特種害獣が接近中」戦術陰陽士のユミが、ノート型端末を確認しながら告げる。「使鬼の観測情報から、進路からの予想到達位置はネリマ市東部。第五防衛ラインに接する推定時刻は、2305」
「限定的とはいえ、防衛システムは復旧したはずでは?」この場の全員が抱いた疑問を、方術甲冑技士の日地ケイタ二等警士が発言した。彼は傀体装備輸送車両の運転士でもある。「それで、界獣にそこまでの接近を許すのは……」
「今、ネリマ市とトヨシマ市の防衛システムがダウンしてるのよ」瑞元隊長が、前面スクリーンに映し出されたスライドを切り替える。「サイノカミ、結界塔頂部で遂行中の舞踊儀礼が、未知の敵性生物の襲撃を受けている。十分予想できた事態なのに、最悪よ」
隊員一同が小さくどよめく。ソウリたちの前に、奇怪な存在とそれが起こした惨事のモノクロ映像が映し出された。画質が荒くて見難いことが、却って幸いだったかもしれない。ユミなどは感受性が強いためか、こみ上げる吐き気を抑えてハンカチで口を覆っている。
「特安の保安官が対処してるけど、今はその映像を最後に通信も途絶。現場で何が起きてるのかは不明」瑞元隊長は苛々とペンを回す。「だから結界塔頂部に、方術甲冑を最低でも二傀体は配備しろって上申したのに。最悪よ、まったく」
ソウリは上官の愚痴を聞き流しながら、スクリーンの映像を見た。場所はトヨシマ市結界塔頂部。蠢く蚯蚓か線虫のようなものの塊で構成された怪物が、保安官や舞踊儀礼の演者を触腕で刺し解体し撒き散らす様は現実感が乏しく、どこかマネキンで造ったオブジェのように見える。
「先の都市防衛システムの一斉ダウン事件、今、キョウトでやってる特種生物災害対策会議で俎上に上ったそうよ」
ま、当然よね。と付け足しながら、瑞元隊長が追加の資料を隊員たちに配布した。
訳付きのブリタニア語資料には、狂気誘導媒体(medium)、呼応者(responser)、ザムザ症候群(zamza syndrome)……初めて目にする数々の用語の記述がある。ざっと目を通したソウリがその最後の一枚をめくると、二枚の写真が添付されていた。
「で、それが我が国の引き出せた情報。最後の写真は、情報開示と引き換えにブリタニア側が提示した条件よ。彼女の捜索に手を貸してほしいって」
写真に写っていたのは、今、進行している陰惨な現象や事件に似つかわしくない、ローティーンと思しき赤毛の少女だった。
ソウリは傀体内でブリタニアの資料を読んだ。小さく声に出しながら。
「ザムザ症候群。学者や芸術家等、感受性の高い人間が、狂気誘導媒体、人知を超えた知識を記した書物等に触れた際に発症する一連の症状群。発熱を伴う幻聴、幻視等の後、精神の変容と同時に身体が不可逆的に変質する。大海嘯以後、ブリタニアで2例、USA、EU諸国で数例が確認される……か」
そして、ザムザ症候群で変質した人間を呼応者と呼ぶ。"あちら側"からの呼び声に応えた者として。一連の用語の命名者は、EUプロイセンに本部を置く魔女結社の魔女にして医師、ヘルガ・P・タカハシ。彼女はかつて、狂気に蝕まれ変質しつつあるザムザ症患者と対話を成し得たという。
ザムザ症患者による都市防衛システムの破壊が、新トウキョウ湾岸に界獣を呼び込んだ。数日の間隔を開けて、今回で二度目。資料を読む限り、過去の事例と比べても、このような頻度で連続して呼応者が発生したことはない。ザムザ症疾患者は、呼び声に応えた者。ならば呼んだものは誰、否、"何"だ?
ソウリは軽く頭を振って、浮かんだ疑問を追いやった。一介の海浜警備隊繰傀士が考えることではないなと思う。今、考えるべきはW類害獣への対処だ。幸い、今向かっている第二封鎖区画付近の住民の退避は完了している。敵は自在に宙を舞う。やはり接近してきたところをワイヤーネットで捕縛、行動を封じて白兵武装で止めを刺す、の対B類のセオリーを試すしかないか。
後に第一防衛隊も控えている。無理をして命を危険に晒すことはない。安全マージンを取って戦えばいい。そんなソウリの事なかれ思考を、後輩女子の発言が吹き飛ばす。
『いやーセンパイ、腕が鳴るっすね!』トウカからの通話は、士気が溢れて吹きこぼれていた。『憧れてたんすよこういうシチュ。迫り来る未知の敵に立ち向かう。ヒーローっすよヒーロー!』
「いつもみたいに突っ込み過ぎるなよ? 相手はいつものD類じゃないんだ。今回はフォローしきれる自信がない」
『わかってるっすよ。意気込みっす意気込み。でもセンパイも燃えてこないっすか? 男の子でしょ? こういうの好きでしょ?』
「そういうのは中等部に上がる頃に卒業したさ」言い返しつつも、ソウリはほんの少しだけ心の片隅が湧き立っていることを否定できなかった。もう数年若ければ、案外彼女と同じ感想を抱いたのかもしれない。歳くったな、俺。「慎重に行くぞ。資料どおりなら相当危険な相手だ」
『りょーかい。後衛よろしくっす!』
こちらの思いが果たしてどこまで通じているのか。先行して駆けるヒエイの足取りが、普段の任務より幾ばくか軽く見える。いつもなら一応は上官でもあるソウリの言うことを汲んで状況に臨んでくれるが、今回はどうなることか。遺伝子調整者の能力でスタンドプレーに走られれば、危険な目に遭うのはただの汎人のバディであるこちらだ。俺、三十まで生きて退官できるかな……
ソウリが自身の将来に茫漠とした不安を抱いたところで、後方の指揮車両から通信が入った。
『報告! ネリマ市上空に接近していたW類害獣の反応が、消失』ユミの戸惑いが、通話越しでもわかる。『使鬼に辺りを捜索させてますが、今のところどんな痕跡も見当たりません』
ソウリのコンゴウ改は、既に目的地である第二封鎖区画の手前まで到達していた。
「反応消失って……」
驚きながら、ソウリも周囲を見渡した。ヨロイの視界に、霧に煙る封鎖フェンスが見えるのみだ。夜空を見上げても、漂う霧に遮られて判然としない。しかし何故霧が? 辺りに雨が降った様子もないのに。
「トウカちゃん! そっちはどうだい?」
『霧のせいでわからないっす』
観測されたポイントに近づけば、何かわかるかもしれない。ソウリはコンゴウ改でフェンスを跳び越え、第二封鎖区画内部へと侵入した。瓦礫の中を進めば進むほど霧が濃くなり、有効視野は数メートル程度になる。
これ以上は危険だ。仮にW類でも何でも、今、この視界の状態で界獣に襲われればまともに対処できない。ソウリがトウカを呼び戻そうと通信を開いたその時
風が吹き、ほんの一瞬、霧が隙間を覗かせた。
「……え?」
ソウリはその一瞬に見たものを確かなものにしようと、目を瞬かせる。
夢か、妄想か。ソウリは確かに見えた気がした。鬣を持つ巨大な鎧の騎士が、左肩に小柄な少女を載せて駆けてゆくのが。
少女の横顔に既視感を覚え、ソウリは傀内スクリーンに資料を呼び出した。最終ページのその先の、二枚の写真と記憶を比べる。コンゴウ改の夜間視界なので色まではわからない。しかし記憶の中の横顔は、写真の少女の面立ちとよく似てはいなかったか?
慌てて後を追おうとするも、辺りは霧に覆い尽くされていて、騎士と少女が何処へ向かったのか皆目見当がつかない。
『ソウリセンパイ! 何かあったっすか?』
ソウリの様子に何かを察したのか。トウカが通話を入れてくる。
「……いや、何でもない」僅かな逡巡の後、ソウリは返答した。色のない視界のことだ。きっと海鳥か何かを見間違えたのだろう。六年前、あの台風の日についてもそうだった。見間違いを報告に上げて一笑に付された。「周辺を探索しよう。W類、D類ともに反応がない。頭部を除装しての肉眼での目視確認も許可する」
『了解っす』
霧が徐々に晴れ、辺りが見えてくる。視界に映るのは、大海嘯で水没し失地回復戦で破壊された街の残骸だけだ。
ソウリは見間違いと己に言い聞かせたものの、やはり心に引っかかるものは消しきれなかった。そう言えばこの前の防衛システムダウンの日のことで、ユミちゃんが言ってたな。ネリマ市湾岸のD類撃破数。観測された数と俺たち海浜警備隊の撃破数が、あの日に限って観測不備の誤差を考慮しても合わないとか何とか。
「気のせいさ、きっと」
巡る思考を停めるため、ソウリは再度己に言い聞かせる。面倒はご免だ。いずれ無事に退官して、普通のニホンの一般市民として暮らすのだから。昇進にも興味はない。三十まで繰傀士を続けるのはまあ、この道を選んだ自分へのけじめみたいなものだ。
周囲を警戒し先行するヒエイの位置を確認。ソウリはコンゴウ改を水上へと進めた。
波の音だけが、静かに寄せては返してゆく。何処かでウミネコがナーと鳴いた。
* * * * *
地を踏み鳴らすはずの足が虚ろを踏み、転びかけてヒヨリは我に還った。高みから切り離され、拡がっていた感覚が、面の目穴から覗けるだけのちっぽけなものに戻る。合わせて音が、色彩が元の人の領域へと下降する。ああ、還ってこられた。安堵に深く息をつく。いつの頃からか、舞う度に思うようになった。行ったきり戻れなくなったらどうしようと。学んだ技が世の役に立つことは嬉しいけれど、あの高揚の中でとてつもなく強大なものの道具になる感覚は、大きく深い何かに自分が溶けて消えてしまいそうで、怖い。
舞は、儀式は終わったのか。鼓の音が聞こえない。替わりに聞こえてくるのは、大きく重い何かをぶつけ合うような音。そして
aaaAAA! AAiiiIIiiitaaaAA!!
聞いているだけで気分が悪くなる、奇怪な呻きのような悲鳴のような音。そして潮と鉄錆に似た臭いが鼻を衝く。
胸騒ぎに、ヒヨリは五炎眼の面を外した。
「え……何? 何なの?」
目の前に繰り広げられる光景に、ヒヨリは戸惑う。巨大な蚯蚓の塊のような怪物と、踊るように戦う黒い鬼面の武者紛い。怪物が繰り出す幾本もの触手を、黒鬼武者は双手の剣で片端から斬って捨ててゆく。右手の長剣と左手の短剣を交差させ、挟み留めるように斬り、開き伸ばして斬る。その様はさながら、かつて古い映像資料で観た南洋の島の舞踊のようで。
「やらせへん! やらせへんぞおっ!」
黒い鬼面の奥から聞こえてくるのは、意外と若い男の声だ。
怪物の触手は相当に硬く鋭いのか。時にこの屋上のコンクリートに易々と刺さり抉る。黒鬼武者はそんな触手を斬り刻むが、触手の数が徐々に増えているのが目に見えてわかる。一本斬り落せば二本が襲いかかり、二本同時に斬り飛ばせば六本が襲いかかる。
黒鬼武者は今、かろうじて怪物のペースに着いていけている。しかしそれもいつまでももたないだろうことは、戦闘など素人のヒヨリの目にも見て取れた。
今、両者は決め手を欠いて膠着している。
ヒヨリにも、周囲に目を配る余裕が出てくる。まず、自身の立つ演台が破壊されていることに気づいた。前面のほぼ中央から自身のいる足元まで、真っ二つに割り裂かれている。反閇で空を踏み転びかけたのはこのせいだ。振り向けば、鼓の奏者が頭から血を流して倒れている。そして演台の周囲を見渡せば、護衛の保安官たちが手足を欠き腹に穴を開け、血溜まりに倒れ伏していた。
その一人、今夜の護衛任務のリーダーと名乗った多村タツキと目が合った。パクパクと口が開閉しているのが見える。ニ、ゲ……ロ?
その意味を理解する間もなく、髪がゆれてヒヨリは戦いに目を戻す。怪物の無数の触手の一本が、こちらを向いた。鎌首をもたげる毒蛇のように。
あ、死んじゃうんだ私。
ヒヨリは直観的にそう悟った。瞬きの後に、触手に体を貫かれて血を噴いて倒れる自分の姿が想像できる。もうアスミとお菓子の食べ歩きに行くことも、門限破ってこっそり寮に帰ることもできなくなるんだ。今夜の務めが終わったら、一緒にシンジュク市に繰り出す予定だったのに。花も恥じらう高等部女子なのに。かっこいい男の子とデートとかもしてみたかったな……
衝撃に体が揺れ、顔に赤くぬるい飛沫がかかる。死ぬって思ったより痛くない。
「痛く、ない?……って!?」
鋭く尖った触手の先端は、ヒヨリの目の前5センチほどの位置で止まっていた。そんな彼女の視界を埋めるものは、黒く大きな戦鬼の背中。
「…やらせへん、言うとろーが……」
静かな声音は痛みをこらえているせいか。触手は、武者紛いの装甲のない右胸を貫通していた。
カランと乾いた音を立てて、学生服のボタンが演台の板床に落ちる。
「貴方……」ヒヨリは思わず手を伸ばす。彼の傷は、何がどうあっても人間なら死ぬものだ。「どうして」
私を庇ったの? と問いかける間もなく、黒鬼武者は刺さった触手を双手の剣で切断すると、胸から抜いて放り捨てた。僅かによろけたものの、傷などないかのように剣を繰り出し戦いを再開する。血の跡をヒヨリの前に残しながら、前へ前へと突き進む。手を足を、胴を腹を、時に貫かれ時に裂かれながら、それでも前へ。
徐々に、しかし確実に、黒鬼武者によって怪物が演台から押し出されてゆく。
そしてそれは唐突に。
夜の天空より銀光一閃、彗星のように。白く冷たい光が怪物を穿ち抜いた。
a…A……
かすかな呻きを漏らしながら、怪物が崩れてゆく。水に晒した綿菓子のように。
塵となり夜の風に消えゆく怪物を前に、鬼面の武者紛い……否、武者は両膝を落とした。
「貴方!」自身でも知らぬ間に、ヒヨリは黒鬼武者の背を目指して駆け出していた。「大丈夫なの!?」
右胸を触手で貫かれ全身あちこちをズタズタに裂かれ、普通の人間なら明らかに死んでいる傷だ。大丈夫も何もあったものではないが、ヒヨリは言わずにいられなかった。彼女は鬼面の黒い武者の、彼の背に手を伸ばす。理由などわからない。ただ、触れなきゃならない、触れたいと思った。指がかすかに、その血に濡れた学生服の背に触れる。
その瞬間、彼の体は夜空へと舞い上がった。
ヒヨリが驚きに上を見上げると、黒鬼武者は空にいた。中空に立つ黒い鋼の馬に襟首を銜えられ、ぶらーんと力なく項垂れて。今や、力強く怪物と戦っていた時の姿など見る影もない。
鋼の馬はブルンと嘶くと、黒鬼武者を銜えたまま夜空を駆け去った。その姿は瞬く間に遠く小さくなってゆく。
僅かな間に起きた出来事に、これは夢か何かじゃないかなと思う。しかし破壊された演台と、今なお苦痛に呻く特安部の護衛の面々が、ヒヨリにこれが紛れもない現実の出来事であることを教えてくれた。
結界塔屋上のエントランスが開き、特安部の救助隊と思しき人々が駆け込んでくる。
「柊木技官! ご無事ですか!?」
「はい!」
安否を問う声に答えながら、ヒヨリは足元に転がったボタンを拾うと
* * * * *
ふぁ、と大欠伸をしてケイは教室の机に突っ伏した。眠い。昨夜の戦いの後、こっそり二階の窓から部屋に戻って、寝たのは午前1時を過ぎたくらいか。寝る前に風呂に入りたかったけれど、思い直して止めにした。風呂は本宅にしかない。メイハやアヤハに見つかりでもしたら、遅くまで出歩いていたことがばれてしまう。追及されれば説明のしようもない。正直に「ブリタニアのミスティックレイスと界獣退治に行ってた」なんて言った日にはどうなることか。
一緒に窓から戻ったウルスラは、いつものようにNos da, fy marchogとか言って押入れに入っていった。きっと今はまだ布団の中だ。彼女は店の開店の頃には起き出して、何食わぬ顔で暖簾をくぐって定食を頼むのだろう。父さんがそんなことを言っていた。「毎日、赤毛のすっごいカワイイ女の子がウチに飯食いにくるけど、あの子、ケイのガールフレンドなんだって?」とか何とか。
「…ガールフレンドとかわかりやすい関係だったら、まだ気も楽なんだけどな」
朝の教室で、ケイはぽつりと呟いた。考え事をしたくて少し早めに登校したところ、幸い予想どおりに誰もいない。
彼女、ウルスラと出会ってまだ1週間も経っていない。なのに、もう何年も一緒にいるような気がする。これが俗に言う"馬が合う"と言うものなのか。神秘の具現者を相手に、不遜かなとも思うけれど。共に二度も死線をくぐったせいもあるのかもしれない。妙に気やすく接してしまう。それこそ妹か何かのように。そして彼女も、それを望んでいるように思えるのは自惚れが過ぎるだろうか。
「良いのかなあ、このままで」
自問は小さく声に出る。彼女がこの国にいられるのも、恐らくは残り5日ほどだ。滞在の終わりと同時に、お別れだろう。妖精の剣を手にして戦った日々も、きっとそこで終わる。遠い異国から来た女の子との出会いと冒険は、思い返してみれば恐怖と蠱惑に満ちていて。終わることを考えると寂しいけれど、逆に考えれば、終わりが来るならさほど深く考えなくても
「ま、良いのかな」
「ええんちゃうかー」
自答に、聞き慣れた声の同意が続く。
ケイが振り向くと、タケヤが教室に入ってきたところだった。
タケヤはどこか覚束ない足取りでゆらゆらと歩いてくると、ケイの斜め後ろの座席についた。
「珍しいね、タケヤがこんなに早く学校に来るなんて」
「そりゃお互い様や、ケーやん」
よく見ればタケヤはひどく疲れた様子で、目の下の隈が濃い。また学生服のボタンが幾つか無く、右胸の部分に黒い布が縫い付けられていた。タケヤ自身がやったのか、所々ほつれているのが目につく。
「どうしたのさ、それ」
「昨日、自転車でひどく転んでの。学ランがわやになってもーた。今朝、おかんにぶっとばされたわ」タケヤは両手を広げてボロボロの学生服をケイに見せた。「そういうケーやんこそ、えろー早いご出勤やないか。なんや悩みでもあるんか? メーやんかアーやんか、さもなきゃあの赤毛の美人と揉めたんか?」
「そういうわけじゃないけどさ」ケイは試しに訊いてみた。「女子から身に余る、ものすごく高価なものをもらったら、どうする?」
ケイとて答えを期待したわけではない。もろうたことあらへんし、わかるわけないやろ。とでも言われると思っていた。
しかしケイがネリマ市に来て、始めて得た同性の友人から返ってきた答えは意外なもので。
「もろうておけばええやないか」タケヤは至極あっさり言った。「女子のほうにも、くれる理由があったんやろうしの。無下に断るのは男が廃るっちゅうもんや」
言い切る友人の姿は、数日前より少しだけ大人びて見えた。
何かあったのだろうか。訊こうとケイが口を開きかけたそのとき、教室のドアが開いてメイハがやって来た。
「ケイ、弁当を忘れているぞ」
「あ、ありがと」
ケイが差し出された包みを受け取ると、朝の陽射しに青く見える瞳と目が合った。メイハは眉根を少し寄せ、怒っているような困っているような何ともいわく言い難い表情をしている。
「…昨夜どこをほっつき歩いていたのか、帰ったら聞かせてもらうからな」
言い置いて、メイハは身を翻し隣の教室へと去っていった。
やっぱりばれてたか。どうしよう。言い訳をあれこれ考えるケイの耳に「やっぱり揉めとるやないか」とか聞こえてくる。
ケイは何か言い返したかったが、ウルスラと〈夜明けの風〉、界獣との戦いについてタケヤに言えるはずもなく。
「そういうのじゃないよ」
と返すのが精いっぱいだった。
* * * * *
暗がりに寝そべりながら、ウルスラはタブレットを叩く。バルコンベ、カンタベリーのノードを経由して、ロンディニウムのアルビオン書庫にアクセス。現在、進行中のキョウト特種生物災害対策会議の議事録と報告書を呼び出した。
押入れの天井に、文書と映像資料が展開する。近日の新トウキョウ湾岸都市における、悪夢を主因とする精神神経科、心療内科への受診者の増大。呼応者、ザムザ症変異体の連続発生と結界破壊活動。それに伴うD類奉仕種族の活性化……星々の合が、ルルイエ浮上の刻が近づいている。悪夢と呼応者は、その影響を受けただけとも考えられる。けれど、そうならばニホン以外の国々でも同様の事象が起きていてしかるべきだ。
ウルスラは、現在知りうる他国の情報を呼び出した。EU、バラタ藩王連邦、合衆国ことUSAと、睨み合う
なのに、EUだけは鎗持ちの雌鴉をこの国に派遣した。恐らくは秘密裏に。この国の保安要員も無能ではないようで、新トウキョウ湾岸の都市の各所で、ルーン占術の痕跡を見つけている。
ニホンのトウキョウのみで、連続で発生した呼応者。トウキョウは有史以来唯一、アレが顕れ打倒された場所。
「……まさか、ね」
連想の末に導き出されたものを、ウルスラは軽く頭を振って否定する。しかしもし"そう"ならばと考えると……
不意に、光の粉を蒔いて翅翔妖精が顕れた。翅翔妖精はウルスラの髪の端を小さく引いて何かを訴える。
「ああ、そろそろブランチの時間だね」ウルスラは布団から身を起こして、衣装をいつものパーカーに変えた。「行こうか…って、え? なんで笑ってるのかって? やだなあエイリイ。ボク、そんな顔してた?」
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