【4】

 1人で家に帰って、自分の部屋に入ると、何故か私の部屋に弟がいて、私を見てひどく狼狽しているようだった。


 「ちょっと、直登、あんた何やってんの!?」

 私の机の引き出しにはかなめ先生との交換日記がしまってある。万が一にでも弟にそれを見られたりしたらたまらない。私は弟を突き飛ばして、弟の泣き出したのにも構わず、自分の持ち物が無事かを確かめようとして、そして、机の上に、小さなチェック柄の小袋が置かれているのを見つけた。

 弟の泣き声を背に、恐る恐るそれを手に取って、開けてみると、ウサギのキャラクターのキーホルダーと、近所のスーパーで売ってるちょっと高めの、私の好きなチョコレートが入っていた。

 私は息を呑んで振り向いて、泣いている弟に目線を合わせるようにして膝をついた。

 「これ、ナオ君が買ってくれたの?」

 思わず昔の呼び方で尋ねる。まだ泣き止まない弟は、震えてるのだか頷いているのだかわからない程度に、小さく首を縦に振る。弟のたどたどしい話を総合すると、弟は受験がどういうものであるかはいまいちわかっていないようだったけど、それでも私が受験のために大変なストレスを抱えていることは理解していて、ともあれそれが終わったのだからお祝いをしたい、という気持ちだったらしい。

 キーホルダーは駅前の100均に売ってるものだろう。チェック柄のプレゼント用小袋も、同じ店で見た覚えがある。直登のお小遣いはまだ月に500円であるということを考えると、100均のキーホルダーに包装用品、加えて少し値の張るお菓子を買うのは、相当な出費であるに違いない。

 私は泣きじゃくる弟を抱き寄せて、ごめんねと、ありがとうを何度も何度も繰り返した。弟は私の2つ下、つまり、私が塾に通うようになった年齢なのだけど、そのころの私とこの子との何という違いだろう。机の中にしまわれている日記には、この子の悪口もたくさん書かれている。私は、弟を抱きしめる力をギュッと強めて、それからまた何度も、ありがとうと繰り返すしかできなかった。

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