【3】

 ママは号泣していた。ママだけが泣いていた。私だって悔しかったし泣きたかったけど、ママが私以上にわんわん泣いているせいで私は泣くに泣けない。

 そうかと思うと、やっぱり滑り止めの学校にすべきだったんだと私を責めた。S中がダメなら公立に行くというのは、ママだって一度は納得したことなのに。大体、中学校に通うのは私であってママじゃない。

 地元の公立に通うのは難しいかも知れない。私だって同じ小学校の子たちがいるところに行くのはしんどいけど、それ以上に、ママがどうなってしまうかの方が心配だった。


 かなめ先生に会いたかった。かなめ先生がこういう問題について、具体的な解決策を提案してくれるとは思えないけど、それでもかなめ先生に話を聞いてほしい。いや、それよりも、まずはかなめ先生に「お疲れ様、よく頑張ったね」と言ってほしい。私はまだ、誰からもねぎらいの言葉も励ましの言葉ももらってなかった。



 私とママは退塾手続きのために塾に行った。かなめ先生に会えるのはこれで最後、それも2人きりではなくママと一緒というのが残念だった。それでも、かなめ先生は絶対に、私を褒めてくれる。私が決めたことに賛成してくれる。それで十分だと思ってた。でも、その程度の希望さえ、裏切られた。


 かなめ先生は塾を辞めていた。


 かなめ先生がもういないことを私たちに伝える塾長の口調はいかにも事務的で、なんでもないことのような雰囲気だったので、私は最初、かなめ先生は今たまたまここにいないだけで、後でまた会えるのだろうと思った。何人もいる学生アルバイトの1人でしかないかなめ先生が突然辞めたことは、塾長にとっては珍しくもない、よくあることでしかなかったから、私にとってそれがどれくらい絶望的なことなのかよくわかってなかったのだと、ずっと後になって思いあたった。


 かなめ先生は塾を辞めた。ということは、もう会えないということだ。


 辞めた理由について、塾長は特に何も言わなかったけど、私は直感的に、かなめ先生はわたしのせいで辞めたのだと思った。あれだけ絶対に合格しようと言っていた手前、私に合わせる顔がないのかも知れない。もしそんな理由で辞めたのだとしたら身勝手過ぎる。私が、自分の受験に失敗したのを人のせいにするような人間だと思っているのだろうか。私の応えは、かなめ先生に届いていなかった。


 受験が終わって以来、初めて泣いた。かなめ先生に会えないことが悔しくてたまらなかった。私があまりにも取り乱すので塾長は動揺して「S中に受からなくても鈴原さんが勉強したことが無駄になるわけじゃないからね?」とか言い出す。


 「うるさい!あんたに関係ない!!」


 小4以来、本当に久しぶりに、お腹の底から声を出した気がする。私は呆然とする塾長とママに背を向けて、教室から飛び出した。

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