【1】

 いわゆる1月入試を別として、中学受験の本番は2月1日からはじまる。中堅以下の学校には試験日程が何日か設定されていて、場合によっては5日くらいまで続けるケースもあるけれど、難関校は往々にして日程が少なく、一発勝負であることも多い。S中の入試も2月3日の午前だけだった。

 12月に受けた最後の模試の偏差値は52。S中の合格判定はD。S中に出願すべきかどうか、塾の三者面談は紛糾した。というより、ママがなかなかS中受験を承知しなかった。


 「S中の算数は、1行問題の量が多くて、それをいかにスピーディーに処理できるかが勝負の分かれ目になります。そして、友希さんは模試でも1行問題はしっかり取れるようになってきています。食塩水の問題なんかまず間違えません。そしてS中は図形、特に立体図形の問題が難しくて、友希さんもここは少し苦手ではあるんですけど、今から本番まで重点的に対策をしていけば、合格点も見えてきます」

 成績が足りてないところに出願するのは無駄ではないか、確実に合格できるところを受けた方が良いのではないかと不安がってみせるママを、かなめ先生が説得している。小4のときから通ってる個別指導塾で、国語の担当はコロコロ変わったけど算数の担当はずっとかなめ先生のままで、小6になってからは国語もかなめ先生が担当してくれることになった。




 そもそも、中学受験自体私がやりたいと言い出したことじゃない。公立の学校が合わないなら私立に行けばいいんじゃないかと、ママが勧めてきたんだ。

 小3の終わり頃から学校に行かなくなった私は、別に学校に不満があったわけではない。学校に不満があったのだとして、それが公立の学校だったから駄目だったのかと言われれば、そういう問題でもないと思う。でもそういう私の意見を、そのときの私はどうやって言葉にすればいいかわからなかったし、だから塾に行こうというママからの提案には泣いたり暴れたりして抵抗するしかなかった。


 「家からはちょっと遠いけど、個別指導の塾があるみたいなの。みんなで一緒に授業受けるわけじゃないから、友希のペースでお勉強進めてもらえるんだよ?」

 嫌がる私を、ママはこんなふうになだめすかしてこの塾に連れてきた。不登校と言えば集団授業にはついていけないもの、というイメージがあるようだけど、私は学校の授業が好きでも得意でもないにせよ、ついていけないというわけでもない。それでも、泣いたり怒ったりする元気をなくした私は、泣きも怒りもしなかったし、手近にあるものを投げたりもしなかった代わりに、誰に何を言われても返事をしなかった。入塾前には塾長だとかいう40代くらいのおじさんと面談をしたけど、その人はママと話していただけで私には何も言わなかった。

 塾長との面談が終わって、今度はやたらと若くて、リクルートスーツが全然似合ってない女の人が出てきた。それが、かなめ先生だった。


 「友希ちゃんだよね?仲澤かなめです、今日から一緒に頑張ろうね」

 軽く引きつった笑顔と、上ずった声は、後から思えばものすごく緊張していたせいだとわかったけど(かなめ先生にとって私は最初の生徒だった)、そのときの私には目の前の女の人が何だかおどおどしていて頼りなく見えたし、そうでなくても何もかもが気に入らないという気持ちでいっぱいだったから、私はその日、最後までかなめ先生を無視し通した。個別指導塾の授業は、1コマ80分。1時間と20分の間、かなめ先生は何を言っても無反応な私に声をかけ続けた。「先生」が私のために途方に暮れている様子は、少々愉快でもあったし、大人のくせに情けないと腹立たしくもあった。

 その人が大学1年生だったことはもちろん知らなかったし、大学1年生というのがどの程度「大人」なのかもよくわからなかった。


 塾に通うようにはなったけど、私は相変わらず授業なんか受ける気はなかったので、かなめ先生に何を言われても無視したり、テキストに落書きをしたり、かなめ先生が作ったプリントを丸めて遠くに投げてみせたりした。


 「いい加減にしなさいよ!あなた何しにここに来てるの!?」

 何回目かの授業で、かなめ先生がついにキレた。頬がひりひりと痛む。ああ、叩かれたのかと数秒後に気づいた。私が何をしにきてるのか、私の方が教えて欲しいくらいだ。そう思ってかなめ先生の方に向き直ると、かなめ先生はこの世の終わりのような蒼白な表情を浮かべて震えていた。何をそんなに怖がってるんだろう。私が嫌なら担当を代わってもらうなり、塾を辞めさせるなりすればいいし、実際そうなるんだろうと思った。私はしばらくかなめ先生の処刑台の階段を登る人みたいな表情を見つめて、それから鞄を掴んで教室を出て行った。

 これで塾も辞められる、というか辞めさせられるだろうと思った。この場合、辞めさせられるとしたらかなめ先生の方だなんて思ってもいなかった。客観的に見て悪いのが自分の方だというくらいのことは知っていたし、私の態度が悪いのを先生の教え方が悪いからだなんて言う人がいたら、私はその人に腹を立てたに違いない。でも世の中には、そうやって子供を馬鹿にする大人が少なくないのだっていうことを理解したのは、ずっとずっと後のことだ。

 いつもより早い時間に帰ったのを不審に思ったママが、何かあったのか聞いてきたけど、私は別に何も、とだけ答えた。


 私はいまにも塾から電話がかかってきて、もうウチでは面倒見切れませんというようなことを言われて、またママにネチネチと小言を言われるんだろうくらいに思っていたので、その次の授業まで何事も起こらなかったのが不気味だった。


 翌週になって、仕方なく通塾した私を、かなめ先生はひどく奇妙なものを見るような様子で迎えた。その日、授業の時間になっても、かなめ先生は何も言わなかった。いつもだったら、とにかくテキストを開きなさい、問題を解きなさいと言ってくるんだけど、そのときのかなめ先生はただ黙って私を見ていた。まるで初めてエイリアンと接触した人間が、しげしげと相手を観察しているようだった。


 「ねえ、友希さんは、今、何を考えてるの?」

 長く重い沈黙の末に、ようやくかなめ先生が口を開いた。何を考えているって言われても答えようがない。私は「はあ?」としか言えなかった。

 かなめ先生はそれ以上何も言わず、一冊のノートを取り出して私に押し付けた。

 「友希さんが何を考えてるのか知りたいから、交換日記をつけようと思います」

 何を言い出すかと思ったら。

 「嫌だ」

 気持ち悪い。冗談じゃない。

 「何でもいいから、思ってることをそこに書いて持ってきて。そこに書かれたことはお互いに秘密」

 かなめ先生がノートの最初のページに「6月12日(金)」と日付を書き込む。

 「ねえ、嫌だってば」

 私の、もしかすると初めてかもしれない意思表示は完全に黙殺された。

 「私も、友希さんがそこに何を書いてきても誰にも言わない。お家の人にも塾長先生にも。だから何でも好きなように書いてくれて構わない。ただし、嘘は書かないこと」

 かなめ先生の言葉は、これまでに無いくらいに淡々としていて、私は却ってなんだか落ち着かなかった。何で先生と交換日記なんかやらなきゃいけないんだ。

 その日も、授業らしい授業にはならなかったけど、かなめ先生は怒るでも怒鳴るでもない。私は逃げるように家に帰って、例の交換日記とやらを開いてみたけど、何を書けばいいかまるでわからない。


 「友希さんは、今、何を考えてるの?」


 かなめ先生の言葉が頭の中で再生される。何を考えているか、私が知りたいくらいだ。私は何を考えてるんだろう。何をやってるんだろう。学校に行かず、塾でもまともに授業を受けず、何がしたいんだろう。考えようとしても言葉にならない。頭の中がぐちゃぐちゃに散らかっている。片付けようにもどこから手をつければいいかわからないので、何もかも捨ててしまいたくなる。胸のなかに何かドロドロしたものが充満している。隣の部屋から、弟が見ているYouTubeの音が聞こえてきて、それが私の神経を逆撫でした。


 「友希さんは、今、何を考えてるの?」


うるさい!煩い!ウルサイ!五月蝿い!私は何も考えたくないんだ。私は何も知りたくないんだ。考えたって苛々するだけだから、考えずにいるんだ。何で放っておいてくれないんだ。


 私は日記帳に、思い切り筆圧をかけて、あらん限りの罵詈雑言を書き連ねようとした。白いノートをかなめ先生を侮辱する言葉で埋め尽くそうとした。できなかった。書けない。私には、悪口を言うための語彙すらなかった。


 何で?どうして?


 いつからこうなってしまったんだろう。誰のせいなんだろう。私が悪いの?私は間違ってるかもしれない。でも、だったら、はどうなんだ。私が許されないのは仕方ないとして、はなぜ許されている。

 頭の中に浮かんでくるが誰なのか、私にもよくわからなかった。でも、とにかくが悪いんだ。何もかも、のせいなんだ。


うるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿いうるさい煩いウルサイ五月蝿い


 私は、私の中にいる誰かの呪いの言葉を打ち消すようにノートに何かを書いていた。


 梅雨が始まろうとしている。頭痛持ちの私は、これから雨だけでなく、低気圧のせいで引き起こされる頭痛に、さらに苛々させられることになるのだ。そんなことを考えながら、日記を鞄に押し入れると、私はリビングに行って動画を見ている弟の背中を突き飛ばした。弟の泣き声を聞きつけたママが飛んできてお説教が始まる。勉強をさせてるのはそっちなんだからせめて弟を静かにさせるくらいのことはしてくれてもいいでしょう。ママは私のそんな気持ちにはまるで気がつかない。

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