お母さんと娘のハナシ

 お母さんと娘のハナシ


 * *


 君のおなかは、ずいぶんと大きくなっていた。過剰なほど白い部屋の中、君が、どこかへ消えてしまう気がした。


 ——どうしたんだい


 僕はガラにもないことを聞いた。君は目を伏せた。


 ——不安なのかい


 君は、答えなかった。ただ、優しい声でこう言った。


 ——お話聞かせて

 ——何の話が良いだろう

 ——お母さんと娘の話


 僕は少し躊躇した。僕は今まで、その話を君にしてこなかった。君はまっすぐ僕を見つめている。僕はゆっくり、深く息を吸い込んで、お話を始めた。


 * *


 路地裏に1輪のタンポポが咲いていました。やがて花が終わり、よく晴れた日に、雲のような綿毛を持った、たくさんの種ができました。たんぽぽは太陽に向かって背筋をしゃんと伸ばしました。春風に吹かれて沢山の綿毛たちが旅立っていきました。最後に1番甘えん坊な1粒だけが残りました。たんぽぽはもっと背伸びをしました。種は、離れたくないとたんぽぽにしがみつきました。 それでもたんぽぽはできるだけ高く、まっすぐに背筋を伸ばしました。たねの未来が広がるように、たねの未来が輝くように。


 ある夜、種が眠っている間に、強い風が種をさらっていきました。その朝、裸になったタンポポは静かに倒れました。


 いつか、種は大地に深く根を張るのでしょう。そして、太陽に向かって背筋を伸ばすのでしょう。


 * *


 短いおはなしだった。途中で声が上ずってしまったり、つかえてしまったりしてあまりいいお話にはならなかった。


 ——なれるのかしら


 沈黙の後、君が言った。


 ——知らない私でも、そんなふうに、愛せるのかしら

 ——できるよ


 僕は無意識にそう言った。


 ——君はあの子に愛されてたんだから


 どうしてそんな言葉が口を突いて出たのかわからない。ただ、確信があった。君は驚いた顔で僕を見ていたけれど、やがて目を細めて言った。


 ——ありがとう。今日はぐっすり眠れそうよ

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