貴族と硝子職人のハナシ
貴族と硝子職人のハナシ
* *
今日の君は様子が変だった。帰ってきて、制服のリボンを外したら、今までついぞ使わなかった机に向かって、らしくもない可愛い便箋で手紙を書こうとしたり、なぜか急にストレッチをしたり、ひどくぼーっとしたり、そして最後には決まってため息をつく。
——お話、聞かせてよ
ベッドに座っている僕の隣に腰を下ろして君は言った。少し疲れた声だった。
——どんなお話が良いだろう
——……恋の話
* *
昔々、あるところに、真っ赤な髪の少年がいました。
少年が住む街では、年に1度、仮面舞踏会が開かれて、貴族も、司祭も、百姓も、職人も、身分の違いを忘れて楽しむのですが、少年はそのとき知り合った、流れるような金髪をした少女に恋をしていました。
高い身分の娘なのでしょう。道ですれ違うこともなく、会うことができるのは仮面舞踏会の日だけでした。少年はいつもその日を楽しみにしながら、家の仕事を手伝って過ごすのでした。
その年の仮面舞踏会の日。少年は勇気を振り絞って金髪の少女に思いを伝えました。少女は困ってしまいました。少女には好きな人がいたのです。
少女が好きなのは硝子職人の男の子でした。少女はガラス細工が好きでした。馬車でガラス細工を買いに行ったある日、少女は店の奥の工房に自分と同じくらいの年の頃の少年がいることに気づきました。真っ赤な炎に照らされて、ひたむきに働く彼の姿は、とても格好良く見えました。
少女は頻繁に店に来て、彼を見つめるようになりました。彼がふと顔を上げた時に、目が合うのではないかと思って。でも、たまに目が合っても、すぐに目をそらしてしまうのですが。
少女は返事に困りました。目の前に居る少年がすごく勇気を使っていることを感じていました。その思いを、叶うあてのない自分の想いで断ってしまっていいものなのか。
少女は分からなくなって、逃げ出してしまいました。少年は驚いて少女追いかけました。駆け出して少しで、少女は石畳につまずいてしまいました。2人はもつれあうようにして転びました。その拍子にふたりの、貴族の少女と硝子職人の少年の仮面が外れてしまいました。ふたりは、長い間見つめ合いました。
それからどうなったかわかりませんが、1つだけ確かなのは、新婦の左手を飾ったのは、新郎お手製の硝子の指輪だったということです。
* *
はなしが終わったから、僕の肩に寄りかかって寝ている君を、ベッドにそうっと寝かせてあげた。
いつか君には大切な人ができて、そのダレカと眠るのだろう。そうなったとき、僕は君の傍にいられるのだろうか。また、君の寝顔を、見ることができるのだろうか。
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