ナナシのハナシのハナシ

 ナナシのハナシのハナシ


 * *


 ここまで話すと君は僕の話を止めた。


 ——私は、たくさんのお話をしてもらってきたのね


 過剰なほど白い部屋、白いベッド。君だけが世界から切り離されたみたいだ。これからおしまいになる君を、何も引き止めないように。


 僕がお話を続けようとすると、君は首を振って止めた。


 ——私はもういいの。たくさんお話を聞いたから


 だから


 ——今度は私のお話を聞いて


 * *


 昔々、あるところに、2人の親娘が住んでいました。


 ある日のこと、お母さんがタンスの中から何かを取り出して、娘の手に乗せました。見るとそれは、六角柱の形をした綺麗な水晶でした。


 ——これはお母さんが お母さんのお母さんからもらったものなの


 お母さんは言いました。


 ——人からもらった水晶には、願いを叶える力があるの。本当に困ったとき、耐えられないくらい辛い時に、これを使いなさい


 ——それなら私、お母さんに持っていてほしい


 そういう娘にお母さんは微笑みながら言いました。


 ——お母さんは、もうお願いしたの


 でも、何をお願いしたのか教えてくれませんでした。


 それから時間が過ぎて、娘はお母さんになりました。いろんなことがありました。笑って、泣いて、恋をして、つらいことや哀しいこともありましたが、同じくらい、いいえ、より多くの嬉しいことや楽しいことがあったので、水晶を使う機会は訪れませんでした。


 ある日彼女は、娘が自分が水晶をもらったのと同じ年になったので、娘にあの水晶をあげようと思いました。その時、まだ自分が水晶に何のお願いもしていないことに気がつきました。そこで、彼女は何かお願いをすることにしました。彼女は何をお願いするか悩みました。丸一日経って、彼女は素晴らしいアイデアを思いつきました。その時、母が何を願ったのか、なぜお願いを使う機会がなかったのか、彼女は気づきました。


 * *


 お話が終わって、君は僕を見つめて言った。


 ——私は、もういいの。もう、1人で眠れるから。


 君の呼吸がゆっくり、深くなっていく。


 ——だから、お話は、あの子にしてあげて。いつも、私にしてくれたみたいに


 僕は君の手を強く握りしめた。


 ——私の、代わりに、ずっととなりに、いてあげて


 そう言うと、君は眠りに落ちた。大好きな君の寝顔なのに、涙が、止まらない。


 ——……思い出したよ


 僕はもう声も届かない君に言った。思い出したのだ。あの子がくれるはずだった、僕の名前を


 ——ずっと、となりに


 その言葉が、祈りが、僕に、僕の名前になったんだ。


 何処からか、新しい君の泣き声が聞こえた。

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