02
HR終わりに、防火設備の会社に扮した警察といくつか最終確認を行った。
未来が見えるので、ときどき捜査に協力している。街は平和で重大事件など起こったためしはないが、酔っ払いの対処や郊外土地の権利闘争などにも多少自分は役に立った。見返りに、自分は警察から人員を借り受けることができる。
「校舎倒壊まで、3人体制が5組で外部を警戒します。上空からはヘリを一機」
「ありがとうございます。それでおねがいします」
「あなたは?」
「俺は入口を張りながら、周りを回って未来の最終確認を。倒壊のタイミングがわかったら無線で連絡します」
「了解しました」
この人数とヘリなら、学校に入ろうとする人間はすぐに発見して警告できる。充分だった。
「では、明日。よろしくおねがいします」
「こちらこそ。いつも未来予測にはお世話になっておりますので」
帰っていった。
「さて」
俺も、帰るか。
教室に戻って、荷物をまとめる。他の生徒の荷物。ほとんどない。防火設備の点検時にスプリンクラーが作動するという説明をして、私物をほとんど持ち帰らせていた。
荷物。
筆箱だけだった。教科書もノートもない。勉強しなくても学はあるし、テストもほとんど簡単にこなせた。未来を見なくても、この程度はできる。それでも、面倒なので飛び級や認定を受ける気はなかった。
筆箱だけをポケットにいれて。教室を出る。
「おっ、と」
「あっ。ごめんなさいっ」
彼女。
「忘れ物しちゃって」
彼女。教室に戻って。
机のなかから、いろいろ出しはじめた。
「えへへ。整理下手でして」
整理のせいではない。彼女は、その陽気さと明るさで、色々なものを頼まれたりしている。そのうえ、明日のカラオケの設定や予約まで。
人としての、エネルギー量が。自分とは違う。
「あの」
伝えるべきか。
それとも、やめるべきか。
「あっ、はい。なんでしょう?」
彼女。机のなかから物ををかき出す作業をやめて、こちらを見つめてくる。純真な瞳と、かわいい顔。夕陽が、わずかに射していた。
「もしかして、カラオケですか?」
にこっと、笑う。
「いえ。なんでも」
こんなに明るい彼女が。数日のうちに。
言えるはずがなかった。
「じゃ、俺は、これで。教室の鍵だけ、おねがいします」
「わかりましたっ」
扉を閉めた。
ゆっくりと、下駄箱までの階段を降りていく。
彼女のことが、好きだった。
きっと他にも、多くの人間が、彼女に好意を持っているだろう。その明るさと、陽気さゆえに。
自分は、違った。
たまたま、警察の捜査に付き合っているときに、彼女を警察が保護した瞬間に立ち会っている。たしか、夜だった。
外傷もなく、とくに事件性もない。突然駅前の交差点近くでしゃがみこみ、それを不審に思った通行人からの通報。
同じクラスだからということで話を聞いてみようとしたら、いきなり抱きつかれた。
あのときの彼女。陽気さも明るさもなく。ただ、震えていた。
女性警官のたくさんいるところでいきなり抱きつかれてはずかしかったが、しばらくそのままにしておいた。そのとき、彼女のなかにあるのが、陽気さと明るさではないのだと知った気がする。彼女は、何かを隠すために、陽気に振る舞っているのかもしれない。
彼女の、支えになりたかった。それだけの、気持ち。
きっと、満たされることのない、想い。
さっき教室で見た彼女も、陽気で、明るかった。
それなのに。
彼女は。
「はあ」
下駄箱。
「いや、まずは」
校舎倒壊のほうから対処しなければ。彼女の未来は数日後。まだ猶予はある。校舎倒壊は、明日。時間のないほうから、なんとかしよう。
そういうことにして、また、自分の想いに蓋をした。
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