第33話 今夜はすき焼きパーティー
それから更に一か月が過ぎ、叔父さんが退院することになった。久しぶりに帰ってきた叔父さんは、松葉杖を着き、少しだけ小さくなったように見えた。退院祝いをすることになり、叔父さんの家に、俺たち親子と野乃香が呼ばれて集まっていた。
「お帰り、叔父さん。みんな心配して、待ってたんだ!」
「やっと家に帰れた。一時は死んでしまうかと思った。それに、もう歩けるようにならないかと絶望してたんだ」
「ほら、現に松葉杖で歩けるようになったじゃないか」
「やっとだよ。これが限界かもしれない」
「そんなこと言うなよ」
俺は、本心からもっとよくなって、以前のように逞しく踏みしめるように歩きまわる姿に戻って欲しいと願っていた。
「兄貴、あまり悲観しないでくれよ。もうしばらくはこっちにいて、会社の事もできるだけ手伝うから。現場で今まで通りに動けなくたって、若い衆がやってくれる。みんな意外と頼りになるものだ」
「そうか。あいつらにもっと頼ってみるかな……」
あらかじめ用意された鍋が、ガスコンロの上にセットされた。
「さあ、今日は退院祝い。みんなの大好きなすき焼きよ。たくさん食べてね」
「おっ、凄い御馳走! めったに食べられないや」
「兄貴、大丈夫か、こんな大盤振る舞いして」
「今日は特別だ」
「すいませ~ん、僕たちまでご馳走になっちゃって」
「いいのよ。お世話になったみんなが集まってくれて、嬉しいわ。一時はこれからの事を考えると、不安で夜も眠れなかったんだもの。さ、さ、来夢君と野乃香ちゃん、たくさん食べてねっ」
「おお! 美味しそうだなあ。頂きま~す」
「おばさん、すいません。私まで。頂きますっ!」
「はふ、はふ、旨いっ!」
「美味し~い」
一同はしばし言葉も忘れて、すき焼きの鍋をつつき合った。家でも牛コマと玉ねぎに白滝を甘辛く煮て、牛丼を作ったりしたことはあった。それでも、俺たちにとってはご馳走だった。
「退院祝いだけじゃなくて、お父さんの歓迎会でもあるのよ」
「そうか。どれだけ役に立てるかわからないが」
「ここにいてくれるだけでも心強い」
叔父さんと親父が話しているのを聞き、心から安堵していた。
「だから、来夢君は高校生活を楽しんで。今から気苦労しても、大変だもの」
「はい、ひとまず勉強の方、頑張りま~す」
「ご飯お代わりしてね。野乃香ちゃんもどうぞ」
「は~い。来夢君、美味しいね」
「旨い!」
湯気の向こうに、笑顔が見えてさらにおいしくなった。
「最後は、卵の中にご飯を入れて食べると美味しいよ」
「そうやって食べてるの。俺は汁を追加してご飯にかける」
「あんまり変わらないけど」
「こっちのほうが旨い」
「気持ちの問題じゃあ」
「まあ、気分の問題だけど」
「ふう、たくさん頂きました。ご馳走様でした」
「おばさん、美味しかった!」
「あら、また来てね」
賑やかな歓迎会が終わり、あまり遅くならないうちに家に帰ることになった。叔父さんが長時間座っているのは疲れるだろう、との配慮からだった。夜の道を三人でとぼとぼと歩いて帰った。
「しばらくこっちにいることになったけど、俺の方はもう大丈夫だ」
「ああ、お金の心配……」
「もし、心配だったら俺と一緒に住めばいいよ」
「そうですよ」
野乃香がつい口を出してしまった。親父は気づかぬふりをして話をつづけた。
「ああ、大変になったら、そっちへ行くからよろしくな」
「……あっ、いいよ。久しぶりに親子で雑魚寝するのも悪くないし」
「そうだな。じゃあ、これからそっちへ泊るかな」
「あっ、でもウィークリーマンション折角契約したんだから……今日はもったいないんじゃ……」
「行かないよ! 少しは、灯りが見えて来たみたいだ」
「ああ、この辺の方が街灯が明るいから」
「将来にって、意味だよ」
「俺の名前みたいだな」
「そう言うこと。じゃあ、俺はここから帰るよ。またな!」
「おお、気を付けて。酒飲んでるから、ふらふらしないで歩けよ」
「いつの間に……ったく、生意気な奴だなあ」
白い息を吐きながら、家路を急いた。寒さのせいで、足取りがだんだん早くなってきた。
「走ろうっ!」
「うんっ、負けないよっ!」
「よ~いっ、スタート!」
狭い歩道を二人は思い切り足を上げて走った。もう少しで、家までたどり着く。
「ゴールっ!」
「おお、後少しで私の勝ちだったのに」
ほぼ同時にゴールして、周囲を見回し急いで家に入った。もう野乃香の母親の彼氏は、その辺にはいなかった。近頃見かけなくなっていたのは、諦めたからだろうか。誰か、新しい彼女を見つけたからだろうか。久しぶりに心休まる一時を過ごすことができ、ふたりでほっと胸をなでおろした。
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