第26話 バイト先の工事現場で事故発生!
いつの間にか陽ざしが部屋の中に差し込んでいた。
―――何時になったのだろう?
―――早く起きないとまずい!
慌てて、時計を見るとまだ六時を回ったところだった。俺はそろそろと布団からはい出して顔を洗い、服に着替えた。これからバイトがあったのだ。
「あら、もう朝なの?」
「いつの間にか、眠ってしまって、気が付いたら明るくなってた」
カーテンを開けると、薄日が差し込みさらに明るくなった。
「もう日が昇ってたのね。あたしも支度しなきゃ。来夢は、仕事でしょ?」
「そうなんだ。行きたくないけど……」
布団の中にいる野乃香の頬に触れると、昨日の感触がよみがえってきて、離れがたくなった。彼女も立ち上がり俺の首筋に手を回してきた。同じ布団の中で眠り、今までよりもずっと近しい人になった。もっと一緒にいたい、と心から思った。
「私も、もう少しだけ、一緒に居たい。だけど、バイトに行かなきゃならないから。急には休めないし」
二人ともバイトに行くので、再び会えるのは学校でだ。そして、二人きりの時間は、ここへ帰ってくるまでもうない。その時間までが、名残惜しくなってきた。
「焦ることはない、またここで会えるから」
「そうだね。今日はまっすぐ帰ろうね」
「どんな誘いがあっても、帰ろう」
二人でそんな約束をして、バイトに出掛けた。今日は、スーパーではなく以前からお世話になっている叔父の会社の仕事だ。建設現場の仕事だか、俺はまだ駆け出しなので、資材の運搬や交通整理などが主な仕事だった。重機を運転したり、コンクリートを流し込んだりするのは、ベテランの仕事だった。中小企業なので、叔父はいくつかの免許を持ち、仕事はすべて自分から率先してやっていた。本当に頭が下がる。
そんな建設現場で、山のように積みあがった土砂をならす作業をしていた時の事だ。作業員の一人がブルドーザーで、山の上部から土砂を下ろし、平坦になるように作業をしていた。下方には叔父がいて、指示をしている。俺は砂埃が立ち昇るのを防ぐために、ホースで水を掛けていた。
すると突然、地面が裂けたような衝撃が起きた。
―――地震が起こったのかっ!
いや、そうではなかった。岩や石などを含んだ土砂が、ガラガラと崩れている。クレーンが水平ではなくなっている。崩れた斜面を転がるように、スローモーションの画像のように、前のめりに滑り落ちている。それとともに、土砂が崩れて安定を失っていく。クレーン車は左右に揺れながら、ずるずると地面を滑り、土砂を掘ってできた穴の中へと落下していった。まるで現実で起きたこととは、信じられなかった。
―――こんなことがっ!
「ウオ――っ」
叫び声が、運転席から聞こえた。その叫び声を発した作業員もろとも落下していく。作業員は、衝撃で振り落とされないように、必死でハンドルにしがみついている。彼の体は左右に揺すられ、ドスンと音がして止まった。声が聞こえなくなった。
俺は、クレーン車が落ちた穴の中を覗き込む。先端が変な方向にねじ曲がり、車体は傷だらけになっている。運転していた作業員が無事であって欲しい。穴の中へ向かって、ありったけの声を出して叫んだ。
「お~い~っ! 大丈夫かあ!」
「……うう……」
「生きてるかあ!」
もう一人の作業員と俺とで、彼に声を掛ける。
――嗚呼……、それからすぐそばにいた社長は、叔父はどこにいるんだ!
―――この辺りにいたはずなのに、姿が見えない!
もしや……背筋が寒くなり、恐ろしさで体がぶるぶると震えた。体温が下がって行くような、異様な感覚が支配する。
「社長っ!」
「叔父さんっ、どこにいるんですかっ! 返事をしてください」
「社長は、この辺りで作業を見守って、……指示を出していたはず……」
それなのに、姿が見えないということは。ああ、その辺からひょっこり現れてくれないだろうか。クレーン車の運転席では、座って体を動かしている姿が見えた。ああ、体は動かせる状態のようだ。俺たちは梯子を伝って、地下へ降りて行く。
クレーン車の中には、頭から血を流している作業員の姿が見えた。二人で必死にドアを開け、彼の姿を確認する。体を打ち付けてはいるが、頭部から血を流している以外は、手足には大きな損傷は無いようだった。骨折などをしていなければいいのだが、ぱっと見ただけではわからなかった。ただ苦痛に身をよじりながらも、俺たちの顔を見るとホッとしたのか、じっと目を閉じた。
「……うう……、誰か……助けてくれ……」
「今救急車を呼ぶからなっ! 頑張れよ!」
「……ああ、頼む……うう……」
一瞬体を起こし、そう答えると、再び体を背もたれに預け静かになった。声が聞けてホッとした。大急ぎでスマホを取り出し、救急車を呼んだ。それから俺は、すぐさま身をひるがえして、叔父を呼び続けた。崩れた土砂を見上げながら声を掛け続けた。すると、叔父のヘルメットが、地面の中から見えていた!
「叔父さんっ! そんなあ、まさかっ!」
俺は、そばへ寄り地面に膝をつき両手の指を突き立てた。水分を含んだ土や砂利を必死にどかす。ヘルメットの周囲へ手を突っ込み、どうかここにいませんように、と祈るような気持で周りの土砂をどかしていった。手袋越しにも、土砂を掻き出すときの衝撃が伝わってきたが、痛みは感じなかった。
「おい、こっちへ来てくれ!」
俺は、クレーンの中へ作業員に声を掛けていたもう一人の作業員をこちらへ呼んだ。
「ひょっとして、社長は!」
「ああ、手伝ってくれっ! 早くしないと、手遅れになる」
スコップを持ってきて、周囲を注意深く掘り進んでいく。ヘルメットの周りの土砂が取り除かれると、叔父の顔が少しだけ見えてきた。俺たちは声を掛け続けた。
「叔父さん、どうか頑張ってくださいっ!」
「社長、後少しですから、どうか無事でいてください」
二人で、必死に土砂をどけると、ようやく顔が全部出た。土砂が崩れた時の衝撃で気を失っているのか、その顔には生気がなかった。さらに体の周りの土砂をどけていく。
どれだけ時間が経過したのだろうか。体の半分ぐらいが出て来た時、ようやく遠くから救急車の音が聞こえてきた。その音を聞きながら、両腕をガシガシと土砂の中へ入れ掻き出す。音は次第に大きくなり、ぴたりと止まった。ああ、どうか助けてください。車の中から二人の救命救急士が降り、すぐに状況を把握している。レスキュー隊員も駆けつけた。
「こっちです!」
―――どうか助かって欲しい!
俺たちはクレーン車の中と、目の前の状態を指さした。すぐ目の前にレスキュー隊員がやって来た時、俺の目から涙が溢れ出ていた。一人で頑張って来られたのは、この叔父のお陰だった。今また彼を失うことは、冷たい海の中に一人で放り出されるようなものだ。俺は物言わぬ叔父に付き添って救急車に乗り込んだ。
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