第25話 やっぱり野乃香は来夢のそばがいい

 野乃香は家に入ると、急いで来夢にメールした。


(うちの前で男が待ち構えていて、襲われそうになったけど、どうにか振り切って家に入ることができたの。お母さんじゃなくて、私が目当てだったみたいで、怖かった……)


 俺は家の前でメールに気がつき、慌てて野乃香の家に向かった。もう美瑠久も家に帰った頃だろう。一緒に連れて帰っていれば、こんなことにならなかったのに! 焦る気持ちで野乃香の家に着いた。


「大丈夫だったっ、野乃香?」

「まあ、何とか……。怖かったけど、必死で振り切って逃げてきた。外に男はいなかった?」

「姿は見えなかった。もう帰ったようだ」

「本当に気味が悪かった。お酒の匂いをさせて、嫌らしい目でこっちを見ていて……」

「今すぐにでも、家に行こう! 俺が一緒にいた方が安心だ!」


 梅香も、思いがけない男の反応に戸惑っている。


「これから行くの。もう遅いわ。今日は家に居たらどうかしら。明日学校の帰りに、来夢君の家に行った方がいいと思うの?」

「それで……、大丈夫かな? また外へ出た時に待ち構えていたら、襲われるんじゃ?」

「分かったわ。私、この部屋を出て大急ぎで来夢の家に行くっ!」

「本当にそうするの、野乃香?」

「うん、来夢と一緒にいる!」

「それじゃあ、くれぐれも気を付けるのよ! 来夢君、よろしく頼むわね!」


 心配そうに、野乃香の腕を握りしめる梅香は、来夢の顔を見つめた。彼なら信じられる、きっと守ってくれるだろうという確信が持て、手を離した。


「男と戦うなんて危ないことはしないでよ。交番に逃げ込んでもいいんだからねっ!」

「分かってるわ。急いで家を出る。お姉ちゃんもあいつには気を付けて! 脅かすわけじゃないけど、私が逃げたから、今度はお姉ちゃんを襲ってくるかもしれない」

「私は腕力が強いから平気よ!」


 今度は、姉の梅香を一人にしておくのが心配になった。


「じゃあ、早い方がいいわ。もう、私の心配はいらないから、早くいきなさい!」

「お姉ちゃん、着いたら連絡するね!」



 来夢と野乃香は、周囲を見回して慎重にドアを開け自転車に乗り込んだ。この時ばかりは二人乗りではなく、野乃香も自分の自転車に乗り込みペダルをこいだ。自転車で飛ばせば、どんなに速い相手でも、追いつかれる心配はない。


「急ごう!」

「ええ!」

「後ろに人の気配がしたら、すぐに言うんだぞ!」

「うん、頑張ってついて行くから!」


 俺はスタートして、ペダルを思いきり踏み込み後ろをちらりと見た。数メートル遅れてはいるが、同じ間隔でついて来ている。よし、このペースで行こう。この辺りでもう姿が見えないということは、今日はもう尾行をされていないということだ。距離が進むに連れて、息が切れて来た。少しペースを緩めよう。それでも後ろを走る野乃香は、必死の形相でペダルを踏んでいる。ゼイゼイ息が切れているのか、肩で息をしているのがわかる。


「つけられてはいないようだ! 少しスピードを緩めるから」

「はあ、はあ……、よかったわ。もう、くるし~い。もう一息、頑張らなきゃ……よいしょ、よいしょ!」

「頑張れ! 油断するな」

「うん」


 必死にペダルを踏みこんでは、足を緩め、再び踏み込んでは、足を止めるの繰り返しで次第に足腰に負担がかり、野乃香の方は痛いほどになってきた。


「もう大丈夫だ。普通のスピードで行くよ」

「はあ、はあ、もう少しで着くね……はあ」


 赤信号に引っかかり、初めて自転車は止まった。野乃香は、まだ肩で息をしている。


「喉が、カラカラ」

「もう後少しだ。よく頑張ったね」

「こんなに自転車を飛ばしたの初めてかもしれない」

「俺は、このぐらいのスピードは大したことないけど」

「速すぎて怖かった。これ以上スピードを出したら、自転車が壊れちゃうかと思った」

「さあ、早く家に入ろう」


 自転車を家の前の駐輪場に止め、入り口に急ぐ。野乃香は足がもつれ手、転びそうになった。


「ああ、着いたっ!」

「怖かった! 心臓がバクバクしてる」


 玄関に上がり、部屋にたどり着くなり野乃香は床にへたり込んだ。電気のスイッチを入れる。明るい蛍光灯の灯りの下でお互いの姿を見て無事を確かめ合った。


「私のこと心配して、家まで迎えに来てくれたんだね」


 床にへたり込んで顔を覆っていた野乃香は、すぐそばにいた俺の足元にしがみついた。くすぐったいような感覚が足の周りにまとわりついた。




 その日野乃香は俺の布団にもぐりこんできた。暫く一人でぶるぶる震え、布団をかぶっていたのだが、そろりとはい出し体を滑り込ませるようにぴったりと俺の布団に入って来た。


「あったか~い」

「おお、俺の布団に入ってきたの……」

「くっついていていい?」

「ああ」


 背中にぴったりくっついていたのだが、くるりと向きを変え俺は彼女を腕で包み込んだ。


「来夢の隣はあったかい」

「怖がってないんだな、俺の事」


 俺だって男の端くれだし、こんなことをされたら、どうなるかわかってるはずだ。あの男と同じ欲望でギラギラしてしまうかもしれない。体は暖かいというより、中心の方がジンジンと熱を持ってきた。このまま眠ることなどできそうもない。野乃香の顔にもう怯えは見えなかった。視線も息も熱く、俺にまとわりついてくる。胸もこんな近いところにある。


 耐え切れなくなった俺は、腕をのばし、野乃香の胸のふくらみに自分の片手を乗せぎゅうっと掴んだ。抵抗されたら、ここでやめようと思ったが、逆に体を預けてきた。


「野乃香……」


 一応同意を求めて名前を呼んだ。すると、抵抗するどころか体を押しつけてきた。


「アイツのいやらしい手の感触を消して、来夢」


 その言葉は俺の嫉妬心をあおり、自制心を消し去り、火をつけた。そういうことなら、俺の温もりで消してあげなければ……。腕の中で、彼女の存在がどんどん膨らんでいく。髪の毛を撫でても頬を撫でても、優しげにこちらを見ている。腕はどんどん熱を帯び、唇から首筋、うなじへと唇を移動させた。


 気がついたら、野乃香を組み敷き、ブラジャー越しに彼女の胸を両手でつかんでいた。そのまま自分の体重を掛け、パジャマのボタンをはずし顔を胸の間に埋めた。柔らかい胸の感触に頬や唇が圧迫され、ふわふわとした場所に浮かんでいるような気持になった。野乃香が体を逸らせると、さらに膨らみが顔に迫ってきた。俺はそこにも必死で唇を這わせた。熱く熱を持った腰が、野乃香の柔らかい腹部に触れている。柔らかく弾力のある野乃香の太ももが俺の内股をくすぐる。


「もう止められない」

「……」


 再び彼女の反応を待つ。


「俺も、野乃香の事が好きなんだ。ずっと前から」

「……」

「……ねえ」

「……あっ、ああ……」


 野乃香がこくりと頷いた。体中の血が逆流したように、熱くなった。自分の体じゃないみたいだ。俺は両腕で彼女の体のあらゆる部分にふれた。今までこんなに近くにいたのに、知らないことがこれほどあったなんて、感激で胸が一杯になった。


「あたしもずっと好きだったの。来夢に会った時から……」


 彼女の告白は二度目だったが、今日はまた格別だった。布団の中に体を潜り込ませて、俺はさらにキスをした。


「野乃香……」

「来夢……」

「可愛い……」

「大好きよ……」


 野乃香の息や吐息が、次第に甘く切なくなってくる。


「……素敵だね……」

「来夢も……」

「……ああ……」

「……う・ん……」


 こんな世界があったのかというほど、心も体も浮遊感で心地よくなっていた。俺の熱くなった体は、彼女のなかに蕩けていった。

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