第24話 美瑠久が来夢に急接近する

「ご馳走様でした~!」


 来夢、野乃香、美瑠久の三人は、向山に礼を言い外へ出た。さて、これからどうしようかと三人で顔を見合わせた。美瑠久が口火を切った。


「ねえ、久しぶりだから野乃香、一緒に帰ろうよ。途中までは来夢君も一緒でしょ。三人で歩こう」

「あ、ああ。それもいいね」


―――本当は、俺はここで別々に帰りたかった。


 野乃香を連れて家まで一緒に帰るのが一番心配がない。またいつどこで、例の男に尾行されるかもしれない。


―――野乃香と離れ離れになるのはまずい。


 そんな心配など知らずに美瑠久は傍にくっついている。彼女の方は、来夢と一緒に帰れるのが嬉しかった。


「来夢君、一緒に帰るの初めてね」

「そうだね。いつも自転車で帰ってるからね。今日は途中まで押していくよ」

「悪いわね。私達のために。野乃香とは、いつも一緒に帰ってるんでしょ?」

「まあね。途中まで歩いて適当にこっちは自転車に乗って帰ってるんだ」

「そうなの。来夢君は休みの日は、いつも何をしているの?」

「平日は仕事もあるし、いつも忙しいから家でぐったりしてることが多いよ。それに、日曜日にはスーパーの仕事が入ることがあるんだ。そうなると、ほとんど休みなしだ」

「へえ、忙しいのね」

「うん。なにせ、自分で稼いで一人暮らししてるんだから、それ位しないとね」

「偉いなあ……。あたしなんか、生活の事は全部親任せで、バイトも週に一~二日してるだけ。それで定時制に通うなんて、贅沢ね」

「時間がたっぷりあって、羨ましい。昼間の時間は好きなことができる」


 二人で話がはずんでいる。野乃香は二人の会話を聞きながら、後ろからちょこまかと両足を動かしついて行く。かっこいいとは言っていたが、まさか来夢の事を好きだとは想像すらしていなかった。


「美瑠久ちゃんは、家族にも恵まれていていいなあ。それに性格も明るいから、いつも周囲に誰かがいるよね。今回も、向山さんは、君がいたから声を掛けてくれたんだろうな」

「そう言ってくれると、嬉しいな。来夢君に認めてもらえてみたいで……今度家にも遊びに来て」

「あ、ああ。ありがとう。そのうちね、じゃあ野乃香も誘ってさ」

「野乃香は、一緒じゃなくてもいいけど……」


(ああ、なになに。私は一緒じゃなくてもいいとか、そんなことを言われてるの)


「一緒の方が楽しいんじゃないかな」


(ふう、よかった。来夢がフォローしてくれてる)


 歩いていると、野乃香の家が近づいてきた。


(ああ、どうしよう。これじゃあ、家に帰ることにしなきゃいけない。そうすると来夢が心配するだろうし……うまい方法はないかなあ)


「あら、野乃香の家、この辺だったよねえ?」

「そ、そうよ。……じゃあ、私はこの道から帰るから、じゃあまたね。今日は楽しかった」

「私はまだ真っ直ぐだから、来夢君と一緒に帰るね。来夢君も急いでなかったら、もうちょっと自転車押してってもいいでしょ」


 美瑠久は、今日は少し強引に来夢について行くつもりだった。


 野乃香は二人の事が気になったが、一緒について行くわけにいかず、ここで別れることにした。


「じゃあ、又ね。来夢もバイバイ!」

「ああ。気を付けて! また、明日ね、野乃香!」


 何だか他人行儀な挨拶をして、俺たちは別々の道へ行った。


―――野乃香は、もう尾行されていないのだろうか。


―――まさか、家を見張られてはいないよな。


 心配で、連れ戻したかった。時々振り返っては、野乃香の姿を追ったが、既に曲がり角を曲がってしまい、視界に入らなくなった。


(今日はひとまず、家に帰ろう。それから来夢に連絡しよう)


 野乃香は、家の方へ向かって歩いていた。母親の彼氏は、もう居場所を聞けないことがわかり姿をくらました、と姉の梅香はいっていた。家に帰るのは二日ぶりだがもっと離れていたような気がした。姉に会って、来夢とのことも伝えたい。そんなことを考えながら歩き、あと数メートルでアパートの前に来るところだった。



 暗がりの中で、突然腕を掴まれた。ぎくりとして、掴まれた先を見ると、自分を尾行していた男だった。


―――なぜまだここにいたのだろう!


「あなた、また! こんなところで何をしてるの! お母さんの居場所は知らないわよっ! もう、私たちに用はないはずよ!」

「ふ~ん、気が強いところが可愛いねえ。あのおばさんの娘にしては、チャーミングな顔をしてるし、スタイルも悪くない」


 再び腕を強くつかまれ、引っ張られた。その勢いで、体が男の方へ勢いよくぶつかった。


「何をするのっ!」

「怒った顔がたまらないな。彼女の事はもうあきらめた。俺と付き合わないか?」

「えっ、そう言うこと?」

「分かったなら話は早い。お前の事を待ってたんだ。俺とつき合おうぜ。あんなガキの彼氏、どうせ金もないし、面白くないぜ。俺と付き合った方が何倍も楽しいぞ」

「お断りよ!」


―――母親に逃げられたからと言って、娘に手を出すなんて最低だ! 


 野乃香は嫌悪感を露にした。引き寄せられた体を思いきりよじって、ようやく少しだけ離れることができた。男の酒臭い息がかかり、気持ちが悪くなった。背中に背負っていたリュックを右手に持ち、後ろから思い切り振りまわして、そいつめがけて振り回した。リュックはびゅんと空を切り、そいつの横面に命中した。


「痛えなあ! 何するんだよ!」


 慌てて顔をそむけたが、すぐ次の瞬間野乃香の胸元に手を伸ばしてきた。胸を掴まれ、不快な感覚で一杯になり、肘鉄をくらわした。再び、必死で振り切ってアパートへ走った。


「ちぇっ、つまらねえ奴!」


「お姉ちゃん開けてっ!」


 ドアが開くと、慌てて身を滑らせ思いきり力を込めて閉めた。バタンという音とともに、扉はしまった。鍵を掛けるとすっと体の力が抜け、玄関にしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」

「あの男がそこにいて、襲われそうになって……」


 梅香は玄関にうずくまった野乃香を、強く抱きしめた。


 


 そのころ来夢と美瑠久は、人気のない通りを歩いていた。もう一歩二人の仲を進展させたかった美瑠久は、来夢にいった。


「今日は楽しかった。またこんなふうに食事したいね」

「そうだね。家庭の味がしていいなあ。懐かしくて、昔を思い出した」

「私の家にも遊びに来て。いくらでも家庭の温もりが感じられるよ。それとも来夢君の家で私が食事作るなんてのはどうかな?」

「あ、ああ……。有難う」


―――でも、二人で家で過ごすのはまずいな。


―――ひょっとしてこの娘、俺に気があるんじゃ……。


 すると、暗がりの中で美瑠久が何かにつまずいたのか、後ろに見えなくなった。


「あっ、イタッ!」

「大丈夫」

「石に……つまずいちゃって……」


 彼女は、前のめりに転んでしまっていた。来夢は自転車を止め、両手で体を支えようと腕を伸ばした。その腕を美瑠久がぎゅっと掴んだ。二人の体が急接近した。息がかかるぐらい近い距離で、二人の目が合った。来夢が声を発した。


「あっ」


 美瑠久は両腕で来夢の体につかまった。その体を支えようと力を入れると、美瑠久はそのまま来夢にしがみついた。不意を突かれたように、抱きしめられた来夢の体にふくよかな美瑠久の体が重なった。胸の下あたりに重圧感があり、それが彼女のふくらみだと気づき慌てて体を離した。


「あっ……」


 今度は美瑠久が声を発した。


「ご、ごめん」

「い、いや」


―――この場合は仕方がない。


 来夢は自分に言い聞かせた。


―――そろそろ、帰らなければ……。


―――二人きりでこれ以上いてはいけない。


 頭の中で警報が鳴った。


「足、大丈夫だった?」

「つまずいただけみたい。大丈夫」

「歩いて帰れるみたいだね。俺、そろそろ……、行くね。くれぐれも気を付けて」

「ありがとう」


 来夢の体の温もりをいつくしむ様に、美瑠久は両胸に手を置いた。

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