第12話 野乃香と旅をすることになった
バイトと学校生活という生活リズムにようやく慣れてきたころ、父親から電話があった。
「おい、来夢! 元気だったか? 暫く会ってないけど……」
「こっちはバイトしながら、何とかやってるよ。おじさんの家を出て、一人暮らしを始めたんだけど、それにも慣れてきたところ……」
「そうかあ、一人でちゃんと食事を作って食べてるか?」
「まあ、節約するためには自分で作るようにしてるけど、疲れてると出来あいの総菜を買ってくる。それでも、美味しいものはいろいろあるよ」
「一人暮らしは、何かと大変だろう。……特に変わったことがあったわけじゃないんだ。こっちはずっと畑と家の往復だ。慣れない力仕事は大変だけど、ようやく慣れてきた。だが、その仕事も冬になるとほとんどなくなってしまう。そうしたらまた何か仕事を探さなきゃならないよ。休みの日に、会いに来いよ!」
「分かったよ。知り合いの畑っていうのも、どんなところか気になるから、行ってみようかな。久しぶりの旅行で、俺にとっては気晴らしにもなるし、そっちまで借金取りは追いかけてこないだろうから」
「ああ、来いよ。待ってるよ。住所は、岩手県……」
親父は、住所と行き方を教えてくれた。
そう言えば、離れ離れの生活を始めてから、滅多に会えなくなってしまった。父親がこちらへ来れば、会いたくない人もいるだろうから、こちらが会いに行った方がいいだろう。
―――そうだ! 早速週末に行ってみよう。
来夢はカレンダーを見た。月曜日か金曜日のどちらかを休みにすれば、三日間ぐらい行ってくることができる。
週始めの放課後、その話を野乃香にしてみた。すると、とてつもなく寂しそうな顔をしている。
「たった三日間の旅行だし、休むのは金曜日だけにするから、心配することない。すぐ帰れるし……」
「久しぶりにお父さんに会うのか……それはいいことだね」
「そうなんだ。電話で声は聞いてるけど、もう何か月も会ってないから」
「元気にしてるといいね」
「慣れない畑仕事で、大変そうだけど」
「あのう」
「なに?」
野乃香は、何か言いたそうだが、もじもじして、ため息をついている。言いたいことがあるのだが、すぐに言い出せないでいる。目が泳いでいる。二人だけだからいいけど、人が見ていたら何事があったのだろうと、気になるだろう。
それから手をもみ合わせては、上を向いて泣きそうになっている。
―――またまた、一体何を考えているのやら、わからない。
「あのさあ、そんなに俺がどっか行くの心配なの? だったら、一緒に行く?」
「えっ」
―――図星だったようだ。
今度は、俺の顔を見て目を丸くしている。ぱっちりした目が、更に開いて俺の口元に視線が行く。口も丸くなり、酸欠状態の金魚のようにパクパクしている。
―――大丈夫だろうか。
―――もしかして過呼吸?
「どうする?」
「……」
手をバタバタさせている。
今度は鳩に変わった。思わぬ提案に、動揺している。
「どうしちゃったの? 大丈夫?」
「……い、行きます!」
俺も思わぬ返事に動揺する。
―――提案したのはいいけど、まさか本当に行くとは思わなかった。
「はあ? 本当にい?」
「……うん」
気の毒だから慰めるために言った言葉を真に受けてしまった。新幹線に乗って、盛岡まで行き、そこから別の列車に乗り替えて、更に奥へ入る。
「すっごく遠いけど……」
「行き……ます」
「ふ~ん、新幹線に乗るんだよ」
「し、新幹線! すっごい! あたし今まで、一度しか乗ったことない! 中学校の修学旅行で、関西に行った時だけ! すっごい、興奮した! こんなに早い乗り物があるんだって、もう、驚いたのなんのって!」
「シャ~ラップ! わかった、わかった」
―――もう変更はできそうもない。
―――分かったよ、もう分かったよ、どこへでも連れてってやればいいんだろう。
―――うすれば、御機嫌なんだものな。
―――単純な奴だ。
―――だけど、何で一緒に行くあていっちゃったんだろう。
助けあげたことはあったが、それについてはあまり気にしてなかった。小学生なのに、いきなりキスしてきたことはかなり刺激的だったが……。
「じゃあ、金曜日に一緒に行くんじゃ、一日学校やそっちのバイトを休まなきゃならないからね」
「いいよ。そんなのは、どうってことない。最優先で、行きま~す」
「ああ」
調子のいい奴だな。
「えへ」
結局、彼女の拗ねたような態度に負けて、一緒に行くことになった。女の子を連れて行って親父は何というだろう。呑気な奴だと思うだろうか。だけど、野乃香をつれて行っても、不思議な女の子が付いてきた、と思うだけに決まってる。
そしてやって来た金曜日。
野乃香は姉に来夢と一緒に実家に用があって同伴すると告げ、家を後にした。近くの駅で待ち合わせて一緒に新幹線に乗り込んだ。
「うっわ~~っ、凄い綺麗だねえ。流石新幹線だよ!」
「ふん。俺は、何度も乗ってる。子供の頃から」
「来夢はお坊ちゃんだねえ。いいなあ。あたしは二回目だよ」
―――まるで始めて遠足へ行く小学生のようなはしゃぎようだ。
列車は定刻通りに発車して、滑るように動き始めた。高層ビルなどが立ち並ぶ都会の街並みを眺めていると、あっという間に住宅街に入り、ぐんぐん北へ向かっていく。野乃香は楽しそうに車窓を眺めている。住宅街が途切れると、青々とした木々が目立ち始め、川を渡り自然豊かな光景に変わった。
「ふ~っ、お茶がおいしい」
椅子に体を深く沈めて、お茶を飲んでいる。
「おにぎりを作ってきました!」
「おっ、気が利くね」
「そのくらいはしないと……」
そう、野乃香は今回おまけで着いてきたようなものなのだが、俺がチケット代を持つことになった。出してあげる義理などなかったのだが、話の流れでつい、買ってあげた。
―――ああ、俺はどこまで甘いんだ。
「新幹線代まで出してもらっちゃって、悪いことしちゃったよね」
野乃香は、下を向いてもじもじしている。本当に申し訳なさそうにするので、ついついまた甘やかしてしまう。
「まあ、気にするなよ。二人旅の方が、楽しいからいいよ」
―――あ~あ、俺ってどうして女性に甘いんだろう。
野乃香は、鞄の中から包みを取り出した。
「さあ、食べて!」
二人の前には、おにぎりの入った包みが広げられ、いい香りが漂ってきた。海苔の巻かれたおにぎりの上には、ちょこんと中に入っている具材が乗せられている。
「これを食べようかな」
俺はたらこの付いたおにぎりを一つとった。そのほか鮭と高菜の付いたのがそれぞれ二つずつある。
「うん、まあまあかな」
「えっ、そう?」
野乃香は、複雑な表情をする。
―――次の言葉を待っているようで、一瞬考える。
「美味しい」
「……はあ、よかったな」
やっと笑顔になった。
―――全く大変な奴だなあ。
景色はのどかな田園風景に変わっている。北へ向かうにつれ、木々の緑が次第に黄色く色づいていく。ああ、久しぶりだな。懐かしい光景だった。またしばらくその光景に魅入っていると、話しかけてばかりいた野乃香が大人しくなっていた。頭がこくりこくりし始め、次第に俺の方へ傾いてきた。
「野乃香、寝ちゃったの?」
「……」
「やっぱり、寝たのか……」
俺の肩の上にちょこんと頭を乗せている。髪の毛を触ろうと、彼女の頭に手を触れていると、束ねた髪の毛に豚の顔が見えた。
―――どこへ行くにもこいつが一緒なんだな。悪いことはできない、と慌てて手を引っ込めた。
だけど、あまりにもぐっすり眠っていて、どんどんこっちへ寄りかかってくるものだから、俺の肩はその重みを支えるのに、次第に痛くなっていた。
よいしょっと。肩を動かす。
「う~ん、ムニュムニュ」
野乃香の体がぐらりと揺れて、安定を失うが、それも一瞬。またスヤスヤと寝息を立てている。再び、ぐ~っと寄りかかって、横に倒れそうになる。俺が体をずらしたら、ばたりと倒れてしまうかもしれない。
―――ウフフ、そうだ。
俺は立ち上がって、すっと隣からいなくなった。野乃香の体は、がくりと安定を失って、そのまま横に倒れそうになった。
「あ~~っ……ど、どうして……」
「……ふ、よく寝てたな」
「ああ、もう……。う~ん、私寝てたの……か……な……」
俺がわざとどいたこともわからず、ぼ~っとしている。
「もうすぐ着くよ」
「あ~ん、寝ちゃったんだあ、勿体なかった。景色みてたのに、いつの間に」
「後三十分ぐらいかな」
それから、野乃香はしっかり目を覚まし、外の景色を目をぱっちり開けて見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます