第11話 野乃香の深層心理は

「野乃香、ただいま。楽しかった……、に決まってるよね!」

「もう、なによ! お姉ちゃん、気を利かせて、二人きりにしたの?」

「そうに決まってるでしょう。あんたすごく嬉しそうだったから」


 梅香は、悪戯っぽい目で笑った。


「お昼ご飯を作って食べたり……、腕相撲をしたり、えへへ……」

「まあ、腕相撲、楽しそうじゃない。それに、手も握れて」


 野乃香は、恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「でも、急にいなくなっちゃったから、一瞬焦ったんだけど、どうしてなの?」

「あの人なら心配ないかな、と思ってね」

「そうだったの。よかった」


 夕方になってから、外出から戻ってきた梅香は、もっと詳しく二人の様子が知りたくてうずうずしている。


「ほんと、友達が出来てよかったねね、っていうか、友達なの?」

「うん、そうだよ」

「ひょっとして、彼氏かなあ、と思ったよ。一緒に居られて、嬉しいんだよねえ、そうでしょ?」

「嬉しい、とっても」

「何か様子が、変だけど。何かあったの?」

「実はね……」


 それから野乃香の胸の内が空かされた。最初の出会いは、小学校六年生の時。彼女が駅で母親とはぐれて泣いていたところは、何度か聞かされていたので知ってはいた。

 

 その後、彼の事が気になって何度も横浜駅へ行って探してみたことや、会えるのではないかと思い、彼が参考書を買ったという書店へ何度も足を運んだことは初耳だった。そういえば、何度かどこへ行ったかわからなくなり、母親と心配したことがあったような気がする。よほどその時の彼の印象が強くて、忘れられなかったのだろう。

 

 駅からここへ来るまでは、ほんの短い時間だが、時間の長短は野乃香にとっては問題ではなかったようだ。それ以来、ずっと彼の事が気になっていた。


―――それって、ずっと好きだったっていうこと。


「ねえ、ひょっとして一目ぼれ? 小学校六年生で!」


―――だけど、それしか考えられない。


「それ以来、ずっと彼の事が……」

「ずっ~と、気になっていたのよ。今、どうしてるのかなあとか、また会えるかなあとか……」

「そんな昔の事を……。それに一度しか会ってないのに……」

「繁華街で絡まれた時に助けてくれた時、あ、あの人だってすぐにわかったんだけど、あまりにも変わっちゃってて、言葉が出なかった」

「そうだったの!」

「何かあったのかなと、心配してた」


 その時の野乃香は、恐ろしくて名前を聞きだすことなど、到底できなかった。お礼を言って帰ってくるのがやっとだった。そして、すっかり変わってしまった服装や物言いに、慌てて、彼の身に何かあったのだろうかと、心配になった。


 そんな彼が同じクラスにいた。一瞬にして胸がいっぱいになり、言葉も出なかったのだという。野乃香はため息をついた。


「そんな人に再開できるなんて、凄いことじゃない。幸せなことだよ。今まで恋をしてたってことじゃないの。よかったじゃないの」

「だけど、彼は私の事、そんなふうには思ってないみた」

「そうかな……。何とも言えないね。でも、結構興味はあるみたいだよ」

「面白い子だと思ってるだけよ。それにずっ~と覚えていたなんて言ったら、気持ち悪いと思われるよ」

「そうかなあ、そんなことないと思うけどなあ。恋の病にかかっってるね」


 梅香は、どうやったら彼女の思いが通じるのか考えた。世の中には、野乃香よりもずっと積極的で、堂々と彼にアプローチする女子もいるだろう。来夢は客観的に見てもかなりかっこいい方だ。いままで男性だけの職場にいたから、女性と出会うチャンスがなかったが、これからは周囲の女子が放っては置かないだろう。


「野乃香、明日から学校へは自転車で行きなさい!」

「はあ、どうして? バスの方が速いし、それに楽だし……」

「楽をしては、彼の心はつかめないわっ! 自転車を愛用する彼と同じ行動をとるために、あなたも自転車で動き回るのよ!」

「お姉ちゃん、私が真剣に悩みを告白しるのに、それが解決方法なの?」

「そうよっ!」


 本当に頼りになるのか、どうなのかわからなくなってくる。でも、こんな話を真剣に聞いてくれるのは、姉の梅香だけだ。今まで胸の内に秘めていた思いを吐きだすと、野乃香はだいぶほっとした。


 しかしそれも束の間、こんな変な自分を認めてくれるのかどうかがわからなくなり、今度は不安になった。


「しかし、あんたも変わってるよねえ」

「どこが?」

「だってそうじゃない、一度、ああ二度だっけ、親切にしてくれたからって、その思い出を後生大事にして、しかもその人のことを思い続けてるなんて、今時珍しいよ」

「そうかな?」

「よっぽどいい思い出だったんだね」

「うう……」


―――今度はバカにされてしまった。


 かわれているような気持だ。こんなに思い切って告白したのに。


「まあ、彼と親しくなるのはこれからね。同じクラスなんだから、これからは親しくなるチャンスはいくらでもあるよ」

「親しくなるって、どうすればいいんだろう? 恋愛上級者のお姉ちゃんならわかるでしょう?」

「いや、いや、私は恋愛上級者ではないよ。あんたより三年長く生きてて、世間を多少知ってるっていうだけ」

「そうだ、あんた自転車に乗せてもらって親しくなったんでしょ。彼の弱点が分かったわ」「何?」

「彼の弱点は、後ろから抱き着かれることよ!」

「うう……、又そんなこと言ってる!」

「結構当たってるんじゃない……やっぱり自転車は二人乗りの方がいいのかもね。あんまりおすすめはできないけど」


 梅香は、にやにやして野乃香の顔を見た。


「もういいよ! お姉ちゃんの、馬鹿っ!」


 梅香にしてもからかっているわけではない。結構真剣に考えてはいるのである。たった二度しか会っていない人なのに、その時の印象が鮮烈だから、彼女はそれを恋と勘違いしているのではないか。まだ彼の事をほとんど知らないのだから。


―――まずは、彼の事をもっとよく知るべきだ。


 それから恋が始まっても遅くはないと梅香は思っていた。


―――そうよ! 


―――じっくり相手を見極めてからじゃないと、その人の本当の姿は分からない。


―――野乃香は恋する自分に酔っているのかもしれない。


―――恋に恋する女子ってよくいるし……。


 梅香は自分なりに彼女の心理を分析していた。

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