第2話 野乃香が迷子になったわけは
「ただいまあ……あ~あ、やっぱり……だれもいないのね」
野乃香は、鍵を開けそっと家の中に入った。横浜駅で離れ離れになってしまった母もいなければ、中学三年生の姉の梅香も、外出しているようで姿が見えなかった。
―――あ~あ、どうしてはぐれちゃったんだろう。
―――お母さん、今頃どこで何をしているんだろう。
携帯電話もスマホもお金がかかるから、と持たされていなかったので、連絡の取りようがない。
―――まあいいや、待っていればそのうち二人とも帰ってくるでしょう。
時計を見ると、午後四時になっていた。駅へ行ったのは、昼過ぎだった。二人で珍しく外食をし、母は買い物があるとかで、あちこち引っ張りまわされた。荷物を持たされていたのだが、途中で、なぜかもういいからと全部母が持つことになった。それから、何があったのだろうか。
じっと待つこと数時間。玄関の扉が開いた。
―――アッ、お母さんが帰って来たかな。
じっと玄関の方を見た。ドアが開いて、入って来たのは姉の梅香だった。彼女は学校に用があるとかで、セーラー服姿だった。
「ただいまあ。あれ、野乃香、一人で何してるの。お母さんと買い物に行ったんじゃなかったっけ……」
「うん、そうなんだけど、途中ではぐれちゃって」
「そうだったの。じゃあ一人で帰ってきたんだね」
「……一人じゃ帰れなくて、だってお金持ってなかったんだもん」
「それじゃあ、どうやって帰ってきたの?」
「親切な中学生に送ってもらったの」
「へえ、良かったじゃないの。どこの中学の人?」
「分からない。たまたま駅で会った人。見たこともない人」
梅香は、じっと野乃香の顔を見ている。
「本当にその人、中学生だったの? 変な事されなかった?」
「さ、されなかったよ。いい人だったなあ。バス停を教えてくれたんだけど、お金がないって言ったら、家まで自転車に載せて来てくれたんだよ。優しいお兄ちゃんだった」
「そうなの、本当かしらねえ」
「本当だったら」
「なら、いいけど」
「優しかったから、お礼にほっぺにチュウしちゃった。えへへ」
「えっ、な、何ですって! キスしちゃったの! もう、馬鹿な子ねえ。そんなことしたら、あんた狙われちゃうじゃないのよお! 家だってわかっちゃったんでしょう。また来たらどうすんのよお!」
「えっ、えっ、えっ、狙われちゃうのお。やだ、やだ!」
野々香は、焦りまくった。焦りすぎて、髪の毛についている豚の髪飾りが、ぶるぶる揺れている。再び、涙がにじみ出てきた。真っ赤な顔をして、こぶしを握り締めて、とんでもないことをしてしまったと悔しがっている。
「お母さんには、黙っていてよ」
「勿論、言わないわよ。でも、まとわりついてきたら、必ずお姉ちゃんに言うのよ。私がとっちめてやるからさ」
「ありがとう、お姉ちゃん。やっぱりお姉ちゃんは強いねえ」
「まかしといてよ!」
姉の梅香は、ガッツポーズを取った。梅香は中学生になってから、めっきり腕力が強くなり、野乃香はそんな姉をいつも頼りにしていた。
二人でおしゃべりをしていると、ようやく母が帰ってきた。
「ただいまあ」
何だか、声がいつもより陽気に聞こえる。どういうわけだろうか。私は離れ離れになって、心細い思いをしていたのに。野々香は、不満をぶつけた。
「お母さん、あたし駅で一人になっちゃったんだよ! お母さんどこに行ってたのっ!」
「ど、どこにも行ってないわよお」
「だって、急に姿が見えなくなったよ。あたしのこと探してくれなかったの?」
「も、もちろん探したわよお。だけど、どうしても見つらなくてねえ」
姉の梅香が助太刀した。
「で、お母さん、どこに行ってたの? 野乃香、一人で帰ってきたんだよ」
「あら、行った時と同じバスに乗れば帰れるんだから、一人でとっくに帰ってきたと思ってたわ」
「もう……お母さんったら! 野乃香は、お金も持ってなかったから、一人で歩いて帰ってきたんだよ!」
「まあ、そうだったの。御免なさいね、野乃香ちゃん」
野乃香は、母の平然とした態度を見て、言い返す気を無くしてしまった。
―――もういいや。どうせ、あたしの事なんか、気にしてないんだわ……。
それから、一か月後の事だった。
家の前に、見知らぬ男の人が来ていた。野乃香が奥の部屋にいた時、その男は母に会いに来ていた。二人の会話から、彼は母のボーイフレンドだということが分かった。そして、駅で野乃香と別れたのは、その人に会っていたからだということも分かり、一人唇を噛んだ。
―――あああ、ひど~~~いっ!
―――あんなに不安な思いをしていたのに、一人で楽しんでいたなんてえ!
―――お母さんったら!
そのことを姉の梅香に告白した。梅香と野乃香は誓い合った。
「お母さんは全く頼りにならないわっ。こうなったら、私は高校を卒業したら独立する。働けば、一人暮らしもできるでしょう。その時は、野乃香も一緒に暮らそう!」
「分かったわ、お姉ちゃん。その時は、あたしも頑張って、働くね」
野乃香が小学校六年生の時の事だった。この時の誓いを実現するために、二人は手を取り合って生きることにした。
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