第3話 俺はどこまでついてないのか……

 猛勉強のかいあってか、俺はみごと第一希望の進学校へ進むことができた。そこは私立の男子校だった。


 幼いころに母に死に別れた俺は、父一人子一人の生活をしていた。親父はサラリーマン時代に貯めた貯金を元手に事業を始め、仕事がようやく軌道に乗り始めていた。これからが勝負時という頃の事だった。高校生になった俺は、これから何不自由なく暮らし、安心して学校へ通うことができると思っていた矢先のこと、景気はどん底のように悪くなり、父親の会社はあっけなく倒産してしまった。あんなに苦労して貯めた預金はほとんどなくなった。


 さらに借金がかさみ、父親は宮城県の実家へ戻って行った。といっても、もうすでに祖父も祖母も他界していたので、頼ることはできない。一緒に都会へ出て来た父の兄がこちらで生活していたので、俺は一人、高校へ通うために、叔父の家に居候することになった。叔父の話によると、親父は知人の農園で農業の手伝いをしているらしかった。再びそこでお金を貯め、再起を果たしたいと言っているらしい。なんせ逃げるように帰ったので、行き先などは後から知ったぐらいだ。



 そんなある日、学校では三者面談が行われていた。三社とは生徒、保護者、教員の事だ。俺は、叔父夫婦のどちらかに来て欲しいと頼んで見た。断わられてもまあ仕方がないと半分諦めていた。


「あのう、学校で面談があるんです……」

「あら、じゃあ私が行ってあげるわよ」


 おばが、気軽に返事をしてくれた。


「え、いいんですか。別に行かなくても大丈夫です。それに、悪いです。忙しいのに」

「いいのよお、来夢君。遠慮しないで。何でも一人でやって、大変じゃない。私に任せといて」

「……す、すみません」


 彼女は、外へ仕事に行っているわけではなかったので、昼間の時間でも快く来てくれた。すべての事についていなかった俺だが、少しはいいことがあるのだと安心しかけていた。そんな心優しいおばと、学校の廊下を歩いている時、同級生の男子生徒がクスリと笑った……ような気がして、そいつの顔を見た。


「何だよ?」

「あのブスな叔母さん、お前のお母さん?」

「いや、おばさんだ。ぶすってなんだ! 失礼だろ!」

「本当の事じゃないか。へえ~、おばさんと来たのか。とうとう父親もいなくなっちゃったのかよ」


 美人の母親と一緒に着たそいつは、顔に優越感を浮かべてせせら笑った。


「何だとおおおっ!」


 いつもは父親が来ていたのだが、父が事業で失敗し、叔父の家で居候していることは、なんとなくクラスメイトに伝わってしまった。俺をからかうつもりで、ちょっかいを出してきたのだろう。その辺でやめておけばよかったのだが、それでなくても己の身の上の惨めさにむしゃくしゃしていて、かっとなってしまい、相手の方が図体がでかいのに、何とこぶしを握り締め、あごめがけてパンチを見舞ってしまった。


「いってええええ~~っ! 何するんだよお!」

「うっせええ! これでもくらえっ!」


 と、放ったパンチは相手の顎を直撃し、見ると切れた皮膚からはたらりと血が流れて廊下にポタリと垂れていた。


「ひでえことするなあ!」

「先に酷いこと言ったのは、お前の方じゃないかあ! 誹謗中傷した方が悪いんだろ!」

「手を出した方は、もっと悪い!」


 その騒ぎを聞きつけた教師が、教室から廊下に出て来た。その場面だけを見ると、俺が一方的に相手を殴り、怪我をさせたような格好に見えてしまうだろう。案の定、俺が悪いことになり、職員会議が開かれ、退学となってしまった。そいつの両親は強力に自分たちの子供が正しいことを主張していた。


 叔父の家で、俺は我慢の緒が切れてしまった。


「こんな理不尽なことってあるかよお! もう高校何てまっぴらだ、中卒だって働ける!」

「あたしのせでしょう! あたしの事から買ってきたから、来夢君がかばってくれたのよね。来夢君は優しい子なのに。酷いのは、からかってきた相手の方よ!」


 おばがかばってくれたのが、救いだった。


 働くといっても、雇ってくれるところを見つけるのは、簡単ではなかった。結局俺は、叔父さんの会社、明月組で働くことになった。組と名前が付くが、れっきとした建設会社で、道路工事などの土木工事などを請け負う地元の優良企業だ。細くてひょろりとした俺は、そこで叔父に教えられ、一から仕事をすることになった。言いたくなかったが、事の顛末を携帯電話で父親に注げた。


「父さんも、ここ宮城県で働いて再起を狙ってる。お前も高校から大学へ進み、アッと驚くような会社を起して、俺の仇を取ってくれると思ってたんだが、悔しいよ。全くもって、悔しい。ああああ、お前がいつか、いつの日か俺の恨みを、晴らしてくれえㇽと思ってたんだよおおお――――っ! 俺たちは何てついてないんだあああ―――っ!」

「親父い、御免っ! おれもむしゃくしゃしてて、つい。今考えてみたら、手なんて出すべきじゃあなかった! 我慢が足りなかった!」

「もういい、お前のせいじゃない。俺たち、本当についてないなあ。神がいるとしたら、見放されたのかもしれない」

「神も仏もいないんじゃないのか。こんなことになって」

「本当に済まないなあ。そこでじっと耐え忍ぶんだぞ。住むところだけはあるからよかった」

「まあ、俺の事なら心配しなくていいよ。おじさんの会社で働くことになったから」

「そうか、体にだけは気を付けるんだぞ」

「いつかまた会えるさ」


 これ以上話していても、らちが明かない。どちらからともなく話は終わり、静寂があたりを支配した。

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