気がつけば年下の同級生がいつの間にか俺になついていました

東雲まいか

第1話 小学生の女の子を送り、ファーストキスを奪われる

主な登場人物

・明月来夢(あかつきらいむ)……高校一年生。だが分け合って某私立男子校を退学になり、再び高校入学をしたため、年齢は十八歳。母を幼いころに無くし、父親に育てられるが、事業に失敗し、父の兄である叔父宅に居候し、父は知人のいる岩手県の農場で働きながら身を潜めている。


・竹芝野乃香(たけしばののか)……両親が離婚し母子家庭として姉と共に育てられるがなぜか母から父親は亡くなったと教えられて育った。成長してから、姉からその事実を知らされる。彼女が中学生のころ、母親は新しい彼氏を作り出て行て行ってしまい、姉の梅香と二人暮らしをするようになる。姉に負担を掛けまいと昼間は働きながら、定時制高校に通学している。


    ―――・―――・―――・―――・―――


 俺の名前は明月来夢、これは、俺が中学三年生の時の事出来事だった。


 当時の俺は、白いワイシャツに黒いズボンの制服を着て、どこから見ても地味な中学生にしか見えなかった。ほんの少しだけ髪の毛を刈込み両サイドを短めにして、精いっぱいのお洒落をしているつもりだが、皆の中へ入ると全く目立たなかった。鏡を見ても、冴えないという表現がぴったりくる。まあ、それでも仕方ない。中学生というのはこういうもんだ。目立たないほうが、安全に学校生活を送れる。と、別段気にすることはなかった。


 そんな俺は、どうしても欲しい高校受験の参考書があり、神奈川の大都会横浜駅に隣接するビルの中にある書店へと自転車で買い物に行った。その当時、俺はどこへ行くにも自転車を愛用する中学生だった。小回りが利き、小遣いが節約できるからだ。探していた参考書が見つかり、さあ帰ろうかと思っていた矢先だった。


 駅前で、壁に寄りかかり、下を向いてしょんぼりとたたずむ一人の女の子が目にはいった。人ごみの中でどうして目についたかというと、その子の履いていたスカートが身長の割に短かったのと、赤い髪飾りが目立っていたからだ。だからと言って、声を掛けるつもりはなかった。俺は急いでいたから、知らん顔を決め込み帰るつもりだった。しかし、一人で女の子が立っていることが気になり、ちらりとその顔を見ると、眼には涙が光っていた。


―――あれ、泣いてるのか。


 あろうことか、俺は思わず声を掛けた。


「どうしたの?」

「うん、迷子になっちゃって」


―――迷子になるほど小さな子供とは思えなかったが。


―――多分、小学校高学年だろう。


―――どんな事情があって、泣いていたのだろうか。


「君何年生なの?」

「小学校六年生」


―――やっぱり。


 そんなに大きいのに、なぜ迷子になるのか。まあここは神奈川の大都会横浜だから、そんなことがあるのかもしれないが。


「道がわからないの?」

「滅多に、駅に来たことがないし、お母さんとはぐれちゃって……帰り方がわからなくて……」


―――何だ、そんなことか! 


―――よっぽどの箱入り娘なんだろう。


 初めて駅へ来る小学六年生がいることに驚いた。


「住所は?」

「横浜市○○区○○町〇丁目の……」

「ふ~ん、それなら。俺がバス停まで案内してやるよ」

「お兄さんわかるの?」

「まあな。バスの路線なら詳しいから」


 なんせ、俺は市内のバス路線を知り尽くした男。分からない道などほとんどない。住所を聞けば、脳内にぱっと地図が広がり、最短のルートがわかるんだ、アハハ。


「あり、がとう……ございます」

「こんな都会のど真ん中で、しかもそんなに短いスカートを履いて立ってると、悪い奴らに誘拐されるぞ! さらわれて、売り飛ばされてしまうかもしれない。気を付けた方がいいぞ!」


 俺は、ちょっと脅かしてみた。そうそう、やたら人に声を掛ける人もいないだろうが、こういう箱入り娘は、用心した方がいい。


「えっ、そんなああ。いやよ! そんな人がいるなんて、あたし、知らなかったあ!!」

「そうだろう、さあ急ごう。それにしても君のスカート短いなあ」

「これは……」


 少女は、じっと唇を噛んだ。俺を上目使いに見ていった。


「これは、小学校三年生の時から履いてるから……背が伸びたら、短くなっちゃって」

「そうなのか」


 お金持ち程、愛着のあるものを長く使うものなのだろう。


「随分物持ちがいいんだな」

「家、お金がないから、洋服もなかなか買ってもらえなくて……」


―――悪いことを聞いてしまったか……。


 お嬢さんだと勝手に思い込んでいたが、どうやら違っていたらしい。人を見かけで判断してはいけない。これ以上詮索しないで、バス停まで連れて行こう。


「お兄さんは、この通り真面目な中学生。バス停まで案内してやるからついてきなよ。君の街へ行くバスは、向こうのバス停の〇番乗り場から出るよ。俺はバスルートには詳しいんだ」

「凄いのね」

「感心するほどの事はないけどな」


 俺は、自転車を押して歩いた。少女は、黙って俺の後ろを歩いている。俺のような善良な少年が案内してよかった。そうじゃないと、本当に誘拐されそうなほど、何もわからないようだ。


「さあ、ここのバス停で待ってろよ。バスが来たら、お金を払って乗れば近くまで連れて行ってくれる。降りるバス停のアナウンスがあったら、チャイムを押すんだ」


―――こんなことまで説明しないとわからないのか。


「チャイムを押すのね。それでお金って……」

「あれ、お金持ってないの?」

「……ないの」

「ないって……、それじゃあバスには乗れないだろう」

「そうね」


―――どうしようか、帰ってくる当てもないけど百円玉一つぐらい、この少女に上げようか。


 少女の身長は俺の肩までもない。彼女の髪の毛は二つに結わえられて、ちょこんと豚の髪飾りが乗っかっていた。子豚と言ってもいいだろう。そいつが俺の方を見つめ、訴えていた。何とかしてくれ! と。まるで豚に頼まれているようだった。


「このお金で乗ればいいよ。どこかで出会ったら返してくれれば」

「貸してくれるの。でもあたし、返す当てはない。家貧乏だから、お金がないから……」


うっ、うっ、う~~っ。


 何を唸ってるんだ、こいつ。俺はなにも悪いことをしてないぞ。


「あ、あああ。お金の事なら心配しなくてもいいよ。あげるよ」

「そ、そんなああ。あたしどうしよう!」


うわ~~~ん。


「な、な、なんだよ! 泣くなあああ――っ!」


ううぇ~~~んん! うぇ~ん。うぇ~ん、うぇ~んん。


―――これでは俺が誤解されてしまう。


 周囲の大人たちは、俺の事を白い目で見ている。まるで、兄が妹を泣かしている図だ。


「じゃあ、バスに乗らないでいいから、俺が送って行くよ」


―――仕方ない、歩いて送って行くことにするか。

 

 この子と二人で歩くと、ゆうに三十分はかかるだろう。


「本当?」

「ああ、その代わり歩くんだぞ」

「えっ、歩くの?」

「俺は愛車があるけど、お前は何も持ってない。歩くしかないだろ?」

「自転車がある、でしょ?」

「はああ、二人乗りするつもりかっ! 危ないし、交通法規に違反してる。俺は、そんなことはしたくない」


―――なんせ、これから受験を控えてるんだ。


―――問題を起こしたくないんだ。


 えっ、えっ、えっ、えっ……。


 又しゃくりあげてる。


「しょうがないなあ。じゃあ、駅から少し離れたら、後ろに乗れ」

「乗って、いいの?」


―――そうしろって、訴えてるのはお前だろうがああ!


 駅前の雑踏を通り越すと、俺はその少女を自転車の後ろにまたがらせた。横座り何ていう格好つけた座り方じゃあ、危なくてしょうがない。


「そういえば、名前を聞いてなかったな」

「あたし、あたしの名前は……」

「俺は別に怪しいもんじゃない」

「野々葉。野原の野に、葉っぱの葉」


―――可愛い名前だな。


「俺は来夢。未来の来に、夢と書く」

「いい名前ですね」

「そうか、親父が希望を込めて付けてくれた名前だ」


 俺は小学生相手にそんなことを語っていた。野々葉と名乗った少女のスカートは、自転車の後部座席にまたがると、ほとんど履いているかどうかわからないぐらい短くなった。その足はすらりと長くて、とても綺麗だった。小学生相手に、何ということか。俺は慌てて自転車をこいだ。


「しっかりつかまってろ! 振り落とされるなよ」

「は、ハイー」


―――調子のいい奴だ。


 先ほどまでの情けない声は吹き飛んでいた。彼女はしっかりの俺の体にしがみついていた。両手をぎゅっと俺の体に回し、前で固く両手を繋いで離れないようにしている。こんなに強く、女の子に抱きしめられたことはない。というか、こんなことは初めてだ。体がきつい。小さな胸のふくらみが、俺の背中に押し付けられているが、少女はそんなことは気にならないのだろう。振り落とされまいと必死でしがみついている。


 両足は、ぶらぶら後方で揺れている。その白い足が、揺れている様はかなり気になるが、この子を送り届けることに集中しよう。


「ああ、この辺よ」

「そうだな。住所を辿ってるから、そうだろう」

「この先を右に曲がって……」

「オーケー」


 最後は狭い路地に入った。


「ここで~す―」


 声は、再び小さくなった。目の前に現れたのは……木造の二階建て、築四十年位は経っていそうな年季の入って茶色くなった長屋のようなアパートだった。小さな窓からは、たくさんの洗濯物がぶら下がっていた。


「よかったな。着いて」

「ありがとう、ございました。お兄さん」


―――彼女は、もう俺の名前のことなど忘れてしまったのだろう。


「じゃあな。お金がかからなかったから、返す必要もない」

「えへっ、よかった」

「これからは、チョットは道を覚えろよ。バイバイ」


 俺が屈んで、その子の顔を覗き込んだ瞬間。


「バイバイ。ありがとう」

「あっ、何だよ」

「お礼です」


 チュッ、とその少女の唇が俺の頬に触れた。


―――な、な、な、何だよお。これはあ! 


―――俺は、な、な、何と、小学生の女の子にファーストキスを奪われた。


 顔がほんのり赤らんでしまった。


 焦った俺は、自転車に再びまたがり、手を振った。遠回りをしてしまったが、少しだけ人助けをして、いい気分で家に帰り受験勉強に取り掛かった。


 その少女の事が気にかかり、たまに横浜駅へ行ってみることもあったが、彼女に会うことはなく受験のシーズンになると、その少女の事はすっかり忘れていた。


――――・――――・――――・――――・――――

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