白黒、或いは勝敗

@G_EALAZ

第1話

だ。


俺は歯ぎしりしつつ、モニターに表示された白黒模様の右下―――「リセット」ボタンがある位置をマウスでクリックする。圧倒的な色の偏りを持つ白黒模様は撤去され、今まで一部を隠されていた緑色が完全に露わになる―――いや、厳密には完全とは言えない。緑の背景を格子状に区切る数本の線があるからだ。64の格子の内4つが白黒初期配置で埋められ―――


新しいオセロが、始まった。



オセロというゲームの構成部品は極めて単純である。


たった2種類の駒、二次元的な盤面、平面直角座標系のもとに構成されるルール―――これだけだ。ルールの分かりやすさとポータブル性に優れるが故、単純さに突き抜けている―――二人零和有限確定完全情報ゲームの典型的な例。そして二人零和有限確定完全情報ゲームというのは、単なるカッコいい文字列じゃない―――AIだってことを如実に示す、いわばタグ付けでもある。オセロの盤面は8*8として3^64パターンしか存在しないし、平面直角座標系の採用を考えれば回転なりなんなりの手法で更に削ることだって可能……当然のことながら、オセロ用AIは進化に進化を重ねた―――まずはありとあらゆる盤面を圧縮してデータベースに突っ込んで。それですら負ける場合のため、今度はの場にさえ足を踏み入れて。AIにとってのオセロは、最早二次元的な駒置きゲームではなく、相手プレイヤーのマウスの動きから、思考時間から、動きのクセから―――何から何まで予測する、三次元的な超解析スポーツと化していったのだ。

非常に喜ばしき科学の進歩と言えるのだが―――こうなると困るのは……


人間様、である。



序盤戦、最新技術を駆使したAIは流石としか言いようがなく、あっという間に白が黒を囲み込んだ……しかしオセロは逆転リバースのゲームだ―――きっと、活路は切り開かれるはず……そう念じつつ俺は格子の一点をクリックし、いくつかの石に反転の処理が為され……再び、AIの手番がやってくる。



ある懐古厨は匿名掲示板で語った。


「AIは非常に強い。だがかつてはその非常に強い存在に選択肢があるから楽しかった。」


懐古厨はスレ民に老害乙と袋叩きにされ、別のスレに移動してもう一度語った。


「だが今のオセロAIは違う、最早オセロというゲームの本来想定された遊び方から明らかに逸脱している。」


彼はまたしても袋叩きにされ、懐古を専門とするスレに移動し今度こそとまた語り出した。


「AI達は盤面ではなく人間を見ている、彼らにとって重要なのは駒ではなくその駒を持つ指、そしてそれが帰属する手、腕、胴体、ひいては人体であり、駒なんてただの画像識別のための色分けシンボルに過ぎない。」


懐古厨は袋叩きにされなかった―――しかし、同調もされなかった。最早オセロの懐古スレなんて、7か月以上書き込みのない廃墟に過ぎなかったからである……そこに住人は無く、ただ長年溜まった愚痴という埃が堆積物となって、無人の廃墟を埋め尽くしていたからである……



かつてのオセロAIは長演算に満ちていた―――ちょっとこちらが角を取れば長考、あえて変な手を使っても長考、酷いときには思考回路ロジックが無限ループを起こすことすらあった―――しかし俺の対局相手からもわかるように、最早そんなのは過去の出来事でしかなかった。俺のうんうん唸って繰り出した渾身の一手に対し、AIは冷徹に、論理的に、無感情に演算を行い―――効果音SEと共に盤上に駒が追加されるまで、1秒も待つ必要は無かった。



さて、こういう非常にめんどくさい懐古厨のために、オセロAI及び開発者たちはと称してオセロのレベル調整が行えるようにしたわけだが―――これが大変不評だった。マズかった。普通に考えて「AIが強すぎる!!!」という苦情に対し「弱くもできるようにしました!!!」と返すのははっきり言って最適解である……しかしオセロAIの懐古厨という生きた三葉虫のような連中に対してだけは違う。彼らはこう抜かしやったのだ―――「それは根本的解決になっていない!!!オセロのAIといういわば人類のに勝って見せて、心の中で人類全体にマウントを取る―――それが楽しみなのに、AIが手を抜いちゃあ叡智の結晶とはとても言えないじゃないか!!!」



逆転が起きた。黒の駒は猛威を振るい、四方八方へとを伸ばしている。角すらも1個取って見せた……いいぞ、いいぞ、いいぞ……!!!!俺はモニターの前で、一人テンションを上げつつあった。これなら……これなら……!!!!



懐古厨たちは……本当に面倒な消費者だった。彼らはSNSでクラスタを結成して昔のオセロAIの素晴らしさを語り、それを気持ち悪がった一般人からブロック・ミュート・不快と感じたので報告、などの社会的な除け者とすら言える仕打ちを受けた―――みんなが「あんな奴らの言う事に耳を貸してはいけない」と声高に叫んだのだ。連日まとめブログは彼らのと表現してアクセス数を稼いだし、誰かを見下さないと生きていけないような連中も、レッテル貼りに勤しんだ。もはや彼らの味方は、一人として残っていなかった。


―――ただ、一つの集団を除いて。



しかし黒の逆転は―――あまりにも脆い物だった。手駒こそ多いが防御が薄く、白がどこに置いても大きなダメージを被るような配置だった。だから一瞬で瓦解した―――瓦解は必然だった。クソッ!!!!!!俺は歯ぎしりする。必死で手を動かすが、AIはそれよりも速いカーソルでどんどん黒石を追い詰める。そしてどんどん緑は埋められ、対戦終了ゲームセットが近づいていることを告げる。



一つの集団……そう、それこそが知る人ぞ知る『評価式オセロAI振興委員会』である。



白いインクを撒き散らしたように、ゲームボードは一色に染められ……



『評価式オセロAI振興委員会』はこう告げた―――ここは昔ながらの方法で、問題を解決するとしましょう。



勝敗の決定を告げるアナウンスウィンドウが無慈悲に現れ、俺に現実を突きつけた―――



そうして『評価式オセロAI振興委員会』は全く新しいオセロAIを作り始めた。古のオセロAIクラスタは、何が起きているかさっぱりわからないなりに、委員会の作るAIについて妄想し―――2か月後、委員会はを公開した。



【B:03 VS W:61】



それは―――「AI」と名付けられた、一つのソフトウェアだった。

委員会は言った。「勝つことでマウントを取れないならば、負けることでマウントを取りましょう―――そのAIに詰め込んだ技術は、あなたの敗北を全力で阻害します」



クソがッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!俺はさっきまで黙々とを置くために使用していたマウスを放り投げ、衝動的にベッドに転がり込んだ。クソ、クソ、クソッ!!!!何が勝てないなら負けてください、だ……!!!!勝つことと負けることの難易度が同じじゃあ何も意味がない!!!!委員会の奴らは自分がさも革新的なことを言ったつもりかもしれんがァ!!!!!要するにこう言いたいだけなんだろ――――



クラスタは炎上した。みんなが怒っていた。それは目的のすり替えだ、「モンゲースジャケント語を喋れ」と言われて「無理です」と返したら「じゃあ『日本語』って名前に変えるからこれで喋れるでしょ?」と返されたようなものだ、バカ、アホ、クソ……個性的な罵倒が飛び交う中、一つ定型句として濫用された罵倒を紹介しよう。


――――「最終的には必ず自分が負けるゲームで勝ちたい」と言ったら、こう返すのはありえないだろ、このゲームでは――――


◆◇


「最終的には必ずあなたが勝つことになっています」って。

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