第12話 懐かしい瞳
ぐったりとしたままの兵士を木陰へと運び込み、エバンたちはその周りに輪になり座った。武器は念のためレウナが預かっている。
全員が兵士の服装を着た男を神妙な顔つきで見る中、リンディが切り出した。
「初めて会った時から、何だか変な感じがしてたの。普通の人とは違う、意思の感じられない……人とは思えないような。……ごめんなさい。言葉では表現できないわ」
曖昧に言いながら、兵士の胸元を探る。そうして、ある物を見つけ出した。
「やっぱり……」
「……何かあったのか?」
エバンの問いに頷き、リンディはそれを仲間に見せながら続けた。
「おそらく……この人は心にカギをかけてる。今この人の感情はないのも同然」
仲間たちはリンディの持つ物を見てざわついた。どう見てもリンディが首から下げているカギとまったく同じ物だったのだから。
「レグルスの……カギ?」
間の抜けたような声は、黄金の女神を象ったカギを呆然と見つめたロイルの口からこぼれたものだ。
レウナも同じように見つめていたが、不意に眉間にしわを寄せた。
「感情をなくして、シリウスに利用されてたのか」
「レグルス様は本人の望みしか叶えません。だからカイトスさん自身が望んだ事のはず……」
「何で感情を封じたかったんだ……?」
誰もが疑問に思っていた事をゼノが言った。
その時、兵士が呻いた。エバンたちは息を飲んで身構える。
ゆっくりと目を開けた兵士は、辺りを見回し、気怠げに身を起こした。木に背中を預け、エバンらを何の感情もなく見つめる。
「……カイトス?俺たちを、覚えてるか?」
たまらずエバンが問いかけた。リンディも身を乗り出す。
「昔……会った事があった……はずだ」
返答は随分ゆっくりだった。先程までとは印象が違う。
かつてのカイトスを知らないゼノたちは、その瞳を見てぞっとした。まるで生きている者の目をしていない。混濁した暗い青。
それが元々なのかカギのせいなのか、問う事はできなかったが。
「どうしてシリウス兵なんかやってるんだ?前はリンディの護衛をしてくれたのに……どうして……」
エバンの声は次第に小さく消えていった。
「ボイド博士が、カンザ司令官に会わせた。それからやれ、と言われた事をしてきただけだ」
俯いたエバンとは対照的に、カイトスは淡々と答えた。まさしく「何とも思っていない」のだ。
「護衛してた奴の事を狙えって?断ったりしなかったのかよ」
ゼノは若干苛立ちを含んだ声で詰め寄った。
「ゼノ、カイトスさんは心を封じているの。自分で善悪の判断はできないわ」
「言われたからやる。疑問には思わない。シリウスにとっては都合のいい人形だろうな」
舌打ちしそうな勢いでレウナが言った。
その時、俯いていたエバンが顔を上げた。真っ直ぐにカイトスを見据える。
「カイトス。話を聞いてほしい。シリウスはあんたを悪用してる。あんたは……そんな事をするやつじゃないのに……。俺たちはあんたを必要としてる。頼む、そのカギを開けて本当の心で判断してくれ……!」
懇願しているかのような声だった。あるいは祈るようなような眼差しで、エバンは感情を映さない瞳を見つめた。
仲間たちも答えを静かに待っていてくれる。
やがて、カイトスは虚ろな瞳のまま、リンディが差し出す自身のカギを受け取った。
「俺を必要としている……か」
「あぁ」
「今、俺がやっている事は誤ちだと言うのか」
「少なくとも俺たちにとっては」
射抜くかのような緑色の瞳にたじろぐ事もなく、カイトスは静かに見つめ返した。
「俺はもう一度、あんたの力を借りたい。お礼すらちゃんと言えてないんだ。だから、今度こそ……」
やがて男は少年の眼差しから手のひらのカギに視線を戻し、手を握って再びゆっくりと目を閉じた。
すると、カイトスの握りしめた手の中から淡い光が漏れ出してきた。
──その時エバンは、カギが回った小さな音を聞いた気がした。
カギの光がおさまった瞬間、カイトスの顔が苦痛に歪み、エバンが思わず声をかける。
「カイトス!大丈夫か……?」
「……っ」
答えようとしてエバンを見上げる直前に、カイトスは顔を背けた。若干青ざめているようにも見える。
「カイトス……?」
「カギをかけた理由は分からないけれど、急に感情を取り戻すと……苦しみを思い出すから」
「あ、あぁ……」
顔を覗き込もうとするエバンの肩を引き、リンディも心配そうに言った。ずかずかと入り込んではいけない部分なのだろう。止めてくれたリンディに申し訳なさと感謝を込めて小さく頷く。
一つ大きく深呼吸すると、カイトスは目を開けた。空を映したかのような薄い水色の瞳。
それは、エバンの知っている傭兵の眼差しだった。
手の中にあったはずのカギは跡形もなく消えていた。
「カイトス……」
「……情けない限りだな。心をなくして、いいように利用されて……他人に迷惑までかけて」
シリウス兵の姿をした、かつての傭兵カイトスは、片手で頭を抱え、ため息をついた。
「……それじゃあ」
再びエバンが身を乗り出す。全身が歓喜で打ち震えていた。
「可能なら、俺はおまえたちの力になろう。シリウスを倒すと言うのなら好都合だ。俺もあれには用がある」
エバンは涙ぐみそうになりながら力強く頷いた。
「もちろんだ。俺たちと来てほしい。シリウスの女神を消滅させるために」
「……勝手に話を進めてるけど、もう大丈夫なのか?」
まだ少し警戒している顔でレウナが言う。
「大丈夫ですよ。カイトスさんはもう、私を狙うシリウス兵じゃありません」
真摯な目でリンディが答えた。心を読まなくても分かっている、という表情だった。
「ところで俺の武器はどこにある?」
カイトスは辺りを探りながら言った。
兵士の剣を持っていたレウナは、それ思い出してカイトスへ返却する。
「あぁ……これの事か。万が一を考えて預からせてもらったんだ」
「いや、それじゃなく……」
受け取ったものの、落ち着きのないカイトスに、エバンが声をかけた。
「……もしかして、呈黒天の事か?あんたの神器」
「あぁ、そうだ。知っているか?」
「いや……俺は知らない。グレイは呈黒天を持ってなかったし。いつも使ってたのはその剣だ」
そう言ってエバンはカイトスの手に握られている剣を指差した。兵士に与えられる、特に突出したところのない凡庸な造りの剣。
かつてのカイトスが持っていた呈黒天は、黒い刃を持つ刀だった。当時は知らなかったが、名前が付いているあたり神器なのだろう、とエバンは解釈していた。
「シリウスに取られてしまったのかしら……」
「でもあれは使い手に選ばれないと使い物にならないぜ。俺も親父からもらうまで名前も聞こえなかったし」
ゼノは自分の蒼槍を見上げ、リンディに答えた。
「運があればまたどこかで出会えるだろう」
そう言うと、兵士の剣を背負い、カイトスはようやく立ち上がった。それからおもむろに自身の身に纏っている大犬の鎧を見下ろして、露骨に嫌そうな顔をしながら言った。
「とりあえずは……服を変えたいのだが。近くに町はないか?」
「あぁ。じゃあまずそこまで行こう」
エバンはようやくいつもの笑顔になっていた。
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