第13話 帰郷への旅路
カイトスも加わり、総勢六名となったエバンらは、まずリヴァウェイから一番近い町で休む事にした。
兵士の鎧から軽装に着替えたカイトスは、昔より少し伸びた黒髪を結んで、だいぶ居心地がついたようだった。
後は自身の武器さえあれば何も心配はないのだが、どこにあるのか検討もつかない。
一行は日が暮れる前に宿を見つけ、思い思いに休息をとった。
「グレイがいなくなれば、あの魔物たちも現れなくなるだろう。僕たちは一刻も早くレグルスに会わなければ……」
「焦るな。あんたが慌てたっていい事なんかないんだから」
宿の中で、レウナは顔をしかめてロイルに注意していた。
「分かってるよ。今度は大丈夫だから」
まだ不安そうな顔をしているレウナをなだめるように言う。
「みんなには心配をかけたくないし。焦り過ぎないように急ぐよ」
優しい眼差しで見つめられて、レウナは頷き返す事しかできなかった。
*
翌日からは町に泊まらず、野宿で時間を有効に使う事になった。
現れる魔物はたいした数もなく、一行は順調に進んでいた。
「カイトスの呈黒天……どこにいったんだろな」
「シリウスに奪われたのかもしれん。その場合は奪い返せばいい」
今までずっと気にしていた憧れの傭兵が隣にいる。それだけでエバンは嬉しかった。
なぜ心を閉ざしてしまったのか、この六年の間に何があったのか。聞きたい事は山程あった。
しかし、エバンはあえて問いはしなかった。いつか自ら話してくれる可能性もある。今は触れない方がいいと判断したのだった。
「そろそろトラクが見えてくるぞ」
いつの間にか先頭を歩いていたゼノが振り返る。故郷が近づいて、若干嬉しそうな顔をしている。
「じゃあトラクで休んでからイズールドに向かおう」
仲間たちが頷くのを確認して、エバンは満足げに微笑んだ。
だがただ一人、表情が険しくなったカイトスには誰も気づかなかったが。
トラク、アルタイル砦を過ぎればイズールドは目の前だ。エバンも少し高揚しながら歩みを速めた。
「トラクに着いたら俺ん家で休もうぜ。わざわざ宿取る手間もはぶけるし」
後ろ向きに歩きながら、ゼノは仲間たちに言った。
「いいのか?この人数で」
「気にすんなよ。母ちゃんも気合い入れて料理作ると思うしさ」
エバンが聞くと、それを想像してか、すでに相好を崩している。よほど母の手料理が好物と見える。
「いや、それはやめておこう。今は急いだ方がいいのだろう?」
「……それくらいいいだろ?」
口をはさむカイトスに急に不機嫌そうになるゼノ。
「一刻もはやくレグルスに会い、力を借りて、シリウスの女神を消滅させる。そうだろう」
道中で旅の理由は話したが、召喚する本人より焦っているように見受けられた。
「カイトスさん。少しくらいなら構わないですよ」
「あぁ。このバカがぶっ倒れる前に、一度ちゃんとした所で休んだ方がいい」
「レウナ!……あの、気にしないでください。僕は大丈夫ですから」
レウナとロイルがいつものように言い合っていると、控え目にリンディが話しかけた。
「ロイルさんは……どこか悪いんですか?」
「こいつは昔から体が弱いんだ。限界まで黙ってるから危ないったらありゃしない」
「最近は調子いいんだよ。僕だってずっと昔のままじゃない。大丈夫だって。君は心配性だから……」
「わかった!わかったからもう言うな!」
レウナはロイルの言葉を慌てて遮った。
「おい、見えてきたぞ」
前方に向き直ったゼノが町を指差しながら歓声をあげた。
「……ならばトラクで休息を取ろう。俺は宿を見つけてくる」
「あっ、カイトス……!」
言うなり、カイトスは一人歩き出した。エバンが引き留めようとしたが、振り返りもせず足早に町へ向かって行く。
「あいつ、何が気にくわないんだろな」
不躾な目でゼノがカイトスの向かった先を見つめる。
「人と関わるのが苦手なだけだと思うわ。昔、心を読んでしまった時も思ったけど、それを恐れているような感じもする……」
少し寂しげな顔でリンディが答えた。
「……いつか、聞けたらいいな。カイトスが心を封じた理由」
エバンの言葉は、仲間たちの心を代弁していた。
結局、ゼノの家にはエバンとリンディが世話になる事になった。他の三人は宿を取っている。
「これからイズールドに行くだぁ?また忙しないなぁ」
自宅に帰って来ていたゼノの父、ハンクが目を白黒させて言った。
ゼノはこれまでの事を簡単に説明した。そして最後まで共に行く事も。
「あっ、そうそう。親父ってカイトスの事知ってんだろ?」
不意にゼノが問いかけた言葉に、エバンは息を飲んだ。
確かに先日ハンクが言っていた。カイトスはかつてアルタイルに所属しており、エバンの父や、ゼノの父ハンクと知り合いだったと。
だとすれば、カイトスは顔を合わせるのを避けたくて宿に逃げたのかもしれない。
しかし、エバンが止めるのも間に合わず、ゼノは話し続けた。
「あいつ、ここに来るの嫌がってさー。昔からあんな感じなのか?何考えてるかわかんねぇような……」
「何だ、カイトスに会ったのか!?どこにいるんだ」
「トラクの宿だよ。他の二人もそっちだ」
呆気に取られた息子にハンクは乗り出した身を少し引いて、呆然としたまま呟いた。
「……こりゃ、驚いたな。そういえばイズールドに行くとか言ってたな?大丈夫なのか……?」
「大丈夫って……何が」
真摯な顔で問うてくる父に、ゼノは眉をひそめた。
「大丈夫ですよ。前にも私をイズールドへ連れて行ってくれましたし」
「あぁ、そうだったな。まぁ……今なら大丈夫か」
イズールドはエバンの故郷──つまりは父、イルバの故郷である。
トラクに近づくのも懸念したカイトスはどう思うのだろうか。心境を考えて、エバンはしばし沈黙した。
「確かに、初めて会った時はイズールドに行く事をためらってました。昔の事を嫌でも思い出してしまうから……」
「……お嬢さんは心を読めるんだったね。カイトスが兵士を辞めた理由も分かってしまった?」
「はい……すみません。まだ制御も出来なかったので、そのまま流れ込んでくる感情を受け取りました」
リンディは俯き加減で、表情は暗かった。
一体どんな事を読み取ってしまったのか。カイトスに黙って聞いてはいけない気がした。
「そうか。あいつ、自分を責めてるだろ」
「……そうですね。でもこれ以上は答えません。勝手に人の心を話したくないので……」
「あぁ、当然だな」
ハンクは真摯な顔で頷いた。
「さて、話はここまでだ。明日早速発つんだろう?ゆっくり休んでいくといい」
「ありがとうございます」
エバンとリンディは感謝を込めて頭を下げた。
翌日からは、再び六人で歩き出した。イズールドはもう目前だ。
エバンは久しぶりに帰る故郷に胸を踊らせた。
それと同時にカイトスの心境を思い、複雑な気持ちになる。
いずれ話してくれる事を祈りながら、エバンはまっすぐに故郷へと向かっていった。
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