第11話 仮面の下
フリックとの出会いからしばらく道なりに歩いていた一向は、ふいに立ち止まったレウナにならって歩みを止めた。
「なんだよ、いきなり止まって」
「しっ」
眉をひそめたゼノに目配せしたレウナが人差し指を口に当てた。その視線は林の中に向けられている。
「何か、来る…?」
気配に気付いたエバンも、レウナが警戒している木々の奥を見つめて言った。
「奴らかもな。あの操られてる、赤い目の魔物」
抑えた声でレウナが答える。
全員が構える中、徐々に魔物の唸り声が近づいてきていた。
林を睨むように見つめていたレウナが、ゆっくりと腰に帯びた短剣を引き抜いた。
その赤い刃が煌めくと同時に、木の陰から熊のような巨体の魔物が二頭現れた。瞳は赤に染まっている。
「来たぞ!唸れ、赤月!」
魔物に向かって飛び上がり、切りつけては一転して距離を取る。
エバンはレウナが離れた瞬間に、魔物に剣を突き刺していた。すると魔物は苦し気に呻いて、刃物のような爪をエバンに向かって振り回す。
しかし、その爪は空を切り、エバンに気を取られていた魔物は、レウナの一閃で絶命した。
「あんたすごいな。この大きさに苦戦しなかったのは初めてだ。よく合わせてくれたな」
振り向いたレウナは大胆不敵な笑みを浮かべていた。あんな巨体に臆せず立ち向かう女性も初めて見た、とエバンは思ったが、懸命にも口にしなかった。
「いや、合わせたっていうか……勝手に体が動いただけで……」
少し恥ずかしげに答えて、エバンは金の刃を染めた血を払った。
「さすが。神器に認められただけあるな」
一方の魔物は、ゼノの振った槍に怯んだ隙に、ロイルが召喚した輝く獣によって引き裂かれていた。
「普通なら簡単に倒せるもんじゃない。助かるよ」
ロイルの様子を見て、レウナは艶やかに微笑んだ。整った顔立ちなだけに、まるで花が咲いたような笑顔だった。
着飾って黙っていれば深窓の令嬢にも見えるだろうに、本人にまるでその気はないし、主人であるロイルも服装や言動を咎める事はない。後者の方は諦めているのかもしれないが。
「その召喚は……はやり直接その場に行って力を手に入れるんですか?」
様子をうかがっていたリンディがロイルに問う。
「そうだよ。精霊が住む各地に赴いて力を貸してもらう。場合によってはこちらの力を試される事もあるけど」
「それは……戦闘になるという事ですか?」
ロイルは少し眉を下げて頷いた。
「でもレグルスはそんな事しないと思うな」
魔物を片付けたエバンが二人の元へ歩いてきた。
「……エバン」
「だってリンディを救ってくれた女神だぜ。きっと力を貸してくれるさ」
「そう……そうね」
少しずつリンディの顔に笑みが戻り、エバンも安堵して笑った。
そんな会話をしたのもつかの間、新手の魔物が次々と現れてきた。
「まだ来るぞ!赤い目の奴ら!」
ゼノは言いながら槍を繰り出した。
「走れ、蒼槍!」
「吠えろ、金聖!」
全員でかかれば魔物の数はすぐ減っていった。以前の戦いとは違い、人数が増えただけでこんなにも動きやすくなるのか、とエバンの心は昂った。
「照らせ、白凜!ライトオーバー!」
戦うエバンらの後ろからリンディの魔法が輝く。光を浴びた魔物は、目の色が正常に戻り、森の中へ帰っていく。
それを見たロイルがリンディに声をかけた。
「やっぱり、君の持つレグルスのカギの影響なんだろうね。全員が神器を持っているけど、カギは君しか持っていないからね」
「レグルス様の力……」
「力を借りるためにも、先を急ごう」
大量にいた魔物はいなくなっていた。辺りに静けさが戻ってくる。
しかし、逆にその静けさのせいか、エバンはある気配を感じとった。
「……やっぱり、あんたもいたんだな」
仲間たちがエバンの視線を追う。
すると、暗い木々の間から灰色の兜の兵士が現れた。
「グレイ」
兵士はただ静かに、エバンを見ていた。
「あの赤い目の魔物を連れてきた奴だな」
レウナが表情の見えない兵士を睨み付ける。
そのグレイは微動だにせずその場に立ち尽くしていた。視線がゆっくりとリンディをとらえる。
エバンは自分の後ろでリンディが後退る音を聞いた。
「その娘を渡してもらおう。邪魔をすれば斬り捨てる」
抑揚のない低い声でグレイが言う。
「そう言われて渡すと思ってるのか?」
金聖を握りしめ、エバンはリンディを庇うように前に出た。
隣にはゼノだけではない。今はかなりの手練れのレウナもいる。後方でロイルも構えているはずだ。
もう負ける気はしなかった。決着をつけるなら今しかない、そう思った。
グレイが背中に背負った剣に手をかけた瞬間、仲間たちが一斉に動き出した。
手強い相手だが、手数はこちらの方が多い。ここぞとばかりに一気に畳み掛ける。
「謳え、翠樹!我に力を貸したまえ!捕らえろ、猟犬レラプス!」
後方からはロイルの召喚した大型の犬のような輝く獣が飛び出してきた。
召喚獣は真っ直ぐにグレイに突っ込んでいく。三人を相手にしていたグレイは、対応する間もなく獣に押し倒された。
地面に仰向けになりながら獣から逃れようとするが、獣はグレイを離さない。
しかし、エバンが近付こうとすると、グレイは隙間を見つけて猟犬を突き飛ばし駆け出した。
「待てっ!」
「追うんだ、レラプス!」
ロイルの声に、再び獣がグレイに飛び付く。
その衝撃でグレイの灰色の兜が飛ばされる。自身も頭を打ったのか、そのままぐったりと倒れて動かなくなった。
すると、確認したかのようにレラプスが姿を消した。役目を終えたからであろう。
エバンは動かないグレイに、ゆっくりと近付いて行った。突然起き上がって来ないとも限らない。
しかし、兵士は動かない。そっと顔をのぞき込む。
「──……っ!」
エバンはその露になった顔を見て絶句した。声の震えを抑えられない。
「なんで……どうして……」
仲間たちが駆け寄って来ても、エバンは硬直したまま倒れた兵士の顔を食い入るように見つめていた。
時が経っていようと見紛う事はない。その顔はエバンがもっとも憧れている傭兵のそれだった。
「……カイトス」
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