第10話 十二の神々
「僕たちはやっぱりレグルスに会いに行かなきゃならないね」
「だから、そんなの無茶だろって言ってるじゃないか。ここからどれほど距離があると思ってるんだ」
翌朝、朝食に招かれたエバンらが部屋に入った途端、ロイルとレウナが言い合いをしていた。
どうやら日常茶飯事のようで、女官たちは素知らぬ顔で食事を運んでいる。というより、見えないフリをしている。
「あんたが自力でそこまで行けるとは思えないね」
「だからって諦めるのかい?僕は行くよ。君が何と言おうと行かなければならないんだ」
「まったく、このバカは……」
秀麗な顔をしかめ、レウナが悪態をつく。幼なじみとは言え、従者のとる態度ではないのは明らかだ。
そんな二人のやり取りを呆然と見ていたエバンたちにようやく気づいたのか、ロイルはぎこちない笑みを浮かべ挨拶をした。
「おはよう。朝から見苦しい所を見せてしまったね」
「あんたがバカな事言うからだろ」
バカを連呼するレウナをロイルが視線だけでたしなめる。
「少し相談があるんだけど、いいかな」
「えぇ。構いませんわ」
全員が席に着くと、ロイルは顔ぶれを見渡した。
「君たちは女神レグルスに会った事があるんだよね」
エバンとリンディが頷く。その隣のゼノは独り言のように呟いた。
「俺はないけどな」
「じゃあ二人は場所を知ってるんだね?」
「あぁ。だいぶ昔だけどはっきり覚えてる」
エバンの答えを聞いて、ロイルの顔に満足げな笑みが広がる。対照的にレウナは、げんなりとした表情で頭を抱えた。
「もしよかったら、僕をそこに案内してもらいたいんだけど……」
「えっ!?」
「僕をレグルスに会わせてほしい」
この屋敷に来てから何度目か。エバンたちは再び絶句したのである。
レグルスに会いに行くというロイルに、エバンは少し迷った。リヴァウェイにいる今、シリウスはもうすぐなのだ。またイズールドに戻るとなると時間がかかってしまう。
沈黙したままのエバンを見たロイルが、気を落としたように話しかけた。
「ごめん。やっぱり無理かな……?」
「当たり前だ、バカ。あんたはしばらくおとなしくしてるんだな」
レウナはなおも容赦ない。それはロイルを心配しての事だろうが、慣れない三人は肝を冷やしてしまう。
「あの……レグルスに会ってどうするんだ?カギをかけてもらいたいのか?」
遠慮がちにエバンが問う。しかしロイルは首を横に振った。
「カギが欲しいわけじゃない。女神レグルスの力を借りたいんだ」
「力を借りる?」
「見てたと思うけど、こいつは精霊を召喚する事ができる。女神レグルスを召喚したら、シリウスの偽女神を消せるかもしれない……って考えてるのさ」
「女神と契約できるかは、やってみないとわからないけどね」
エバンとリンディは目を合わせた。心はもう決まっていた。レグルスの存在を信じてくれている。それだけでも十分だった。
「わかった。じゃあレグルスに会いに行こう」
途端にロイルの目が輝いた。
「本当にいいのかい!?ありがとう」
「まとまったんなら飯食おうぜ」
先程から目の前の食卓に飛び付かんばかりのゼノが言った。
「そうだね。じゃあ支度が済んだらレグルスのいる場所へ向かおう」
*
「時に三人は、全員神器を扱えるみたいだね」
リヴァウェイを堪能する間もなく街を出たエバンらは、来た道を五人で辿っていた。その道中にロイルがふいに問いかけてきたのだ。
「あ、あぁ。そういやあんたたちも神器を持ってたみたいだけど……」
「僕のは翠樹。ドルーウェン家に代々伝わるものなんだ。レウナのは赤月は……」
「気付いたら持ってたんだ。出どころはわからないさ」
孤児であったらしいレウナは腰に括り付けていた短剣を弄ぶ。その刃は名前の通り赤い月のように湾曲しているものだ。
一方ロイルが手にしている杖は、幾重にも細い木が絡まって螺旋状になっている。まさに樹木を模しているようだった。
「俺の金聖は父さんからもらったものだ。リンディの白凛はラミラ家のものだっけ」
「えぇ。そうよ。そしてゼノの蒼槍もお父さんから受け継いだのよね」
エバンの説明を引き継いだリンディの言葉に、ゼノは「あぁ」と返した。
「不思議なものだね。神器を扱える者がこんなに集まるなんて……。ところで神器は大昔の神々が扱っていた物だって聞いた事あるかい?」
「親父から聞いた事あるぜ。詳しい事は知らねぇけど」
「そうか。なんでも人間が誕生するよりもさらに前。世界が始まった頃に神々は争っていたという言い伝えがあるんだ」
ゼノの答えに満足げに頷いたロイルは神々の伝承を語り始めた。
「始まったよ、ロイルの神語り。長いから適当に流しといていいからな」
呆れたようなレウナの声に、エバンは苦笑するしかなかった。
「この世界が生まれた頃、十二の神々は誰が世界を管理するのかで争っていた。ある神は剣を、ある神は杖を、ある神は槍を持って。神の魂が込められた武器はそれぞれ十二色に彩られている。認められた相手しか扱えない特別な武器なのだ」
神々の争いは長く続き、そのうち一人一人姿を消した。戦いに疲れて離れてしまった者、討ち取られてしまった者、と様々だが、ついには一人の女神だけが残ったらしい。
それが今の女神レグルスだ。
レグルスに守られた世界は生命を育み、やがて人間が誕生し、文明を築いていった。その中で、残された神の武器が神器と呼ばれるようになったのである。
「神器がどうやって使い手を選ぶのか、いくつ残っているのかはわからない。けど、少なくともここに五つと──王家にも一つあるはずだ」
現国王、カストル・ハウト・オリトンも神器の使い手だという。
カストルという名は、それこそ二人で一つの神を名乗っていた双子から取ったものらしい。というのも、カストル自身も双子だからだ。弟ポルックスは王位には就かず、将軍として兵を率いるのが性に合っていて、政治は兄カストルに任せたのだとか。
「それ以外にも、傭兵のカイトスが呈黒天って神器を使ってたのを知ってる」
「そうなのかい!なら十二のうち現存しているのは七つ……もしかしたらまだどこかに見つけられていないものもあるかもしれないね」
エバンの言葉にロイルの瞳がきらきらと輝き出す。まるで少年のようだ。
和やかに歩みを進めていた一向だったが、わずかに右手の林が騒めいたのに気付き立ち止まる。エバンはいつでも剣を引き抜けるように柄に手をかけた。
「ロイル。情報を持ってきた」
突然降ってきた声にエバンら三人がぎょっとしたのもつかの間、木の上から全身黒装束の男が飛び降りてきた。着地する物音はほとんど聞き取れないほど静かだ。
ロイルとレウナはたいして驚きもせず、男の方へ近付いていく。
「シリウスにはやはり、『シリウスの女神』と呼ばれる存在がいる」
その男は単刀直入に言った。くぐもった声なのは目より下を布で覆っているためだ。
「そうか……だったらやっぱりレグルスに消してもらわないといけないね」
警戒もせず平然と会話をしているところを見ると、男はロイルの知り合いらしい。
「えっと、その人は……?」
「あぁ、驚かせてしまったね。彼は僕の兄だ。色々偵察なんかをしていてね……」
薄い水色の髪に切れ長の瞳。なるほど目つきこそ違うが、色合いはそっくりだ。年頃は二十代半ばか。かつてのカイトスと同じくらいだろう。
「フリック・ドルーウェンと申します。お見知りおきを」
黒装束のフリックは優雅に一礼してみせた。服装はともかく、そうするとまさしく貴族である。
「フリック様、お会いできて光栄です。リンディ・ラミラと申します」
フリックは少し目を見開き、口元を隠したまま一礼した。
「こちらこそ、ラミラ嬢。こんな姿で失礼します。しかし別の機会にお会いしたかった」
「えぇ……そうですね」
リンディも残念そうに答えた。
「兄さん。僕ら今からレグルスに会いに行くんだ」
「場所は……わかっているのか?」
「うん。彼らが教えてくれる。力を借りてシリウスの女神を消滅させるよ」
決めたら意思は揺るがない。そんな弟の瞳を見て、フリックは止めようとはしなかった。おそらく無駄だと知っているのだろう。
「気をつけて行けよ。レウナ、皆さん。弟をよろしくお願いいたします」
「あぁ、任せとけ」
「兄さんも気をつけて!」
最後に頷いて、フリックは飛び上がり、木々の中へ消えていった。
「貴族なのに偵察とか……変わってるヤツだな」
独り言のつもりが、聞きつけたリンディが返事を返してきた。
「貴族でも、色々な形があるのよ。きっと事情があるんだわ」
「ふーん……」
リンディもまた貴族である。今は家を出ているが、この先はどうするのだろうか。
平民の暮らしからは想像できない世界に、ゼノは何も言えなかった。そのまましばらくフリックが消えた方向を、ただ見つめていた。
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