第9話 現れた男女
「今のは……召喚?」
出現したと思ったらすぐに消えてしまった。リンディはそれを見て精霊召喚かと思ったのだ。
呼び出した本人を見てみると、これまた若い男性だった。先端に緑色の宝石のようなものが付いた長い杖を手にしている。
謎の二人組の登場に、グレイは撤退を決めたようだった。魔物を一体放つと、身を翻して森の中へと消えていった。
赤い短剣を持つ女性はその魔物をひと振りで始末すると、すぐにグレイを追おうとする。
しかし男性はそれをさせなかった。
「レウナ!もういいから」
「……ちっ。せっかくの機会だったのに」
眉間にしわを寄せ不満そうに言う女性だが、立ち止まったのを見て、男性は安堵のため息をついた。
「あの……えっと、ありがとうございます……?」
誰だか分からないが、助けてもらったのは確かだ。そう思いエバンは言った。
「あぁ、突然でびっくりしたよね。僕はリヴァウェイから来たロイル」
二十歳そこらの男性は優しげな眼差しでそう名乗った。薄い水色の髪に長い裾の服という、まさに術者の風体だった。
「あたしはレウナだ。同じくリヴァウェイから来た」
女性の方はさばさばとした口調でざっくばらんに話した。癖のある金髪を無造作にひとまとめにし、肩から垂らしている。印象的な薔薇色の瞳と美しい顔立ちとは裏腹に、服装は肩も足も剥き出しの小者のような軽装だ。
二人は近日、街の周りに妙な魔物──あの赤い目の魔物たち──が増えてきたため、見回りをしていたらしい。
「さっき逃げた兵士が操ってたんだろ?逃がしちまったらまた探さなきゃならないじゃないか」
レウナがじっとりとした視線でロイルを見る。
「だから今はいいってば。また来た時に捕まえればいい。それに……」
言いよどむと、ロイルはエバンらに目を向けた。
「この辺りは危ないからリヴァウェイにおいでよ。僕の屋敷に案内するから」
「えっ、いいんですか?……屋敷?」
唐突な提案に、エバンは目を丸くした。その横で小さく息を飲んだリンディが口元に手を当てる。
「もしかしてあなたは、ドルーウェン家の……?」
ロイルは少し目を見開いた。
「よくご存知で。失礼ですがあなたの名前をお伺いしても?」
自分の名前を知っているなら、どこか名家の出なのだろうと思ったのか。リンディは少し戸惑ったが意を決して名乗った。
「申し遅れました。ルマイトのラミラ家次女、リンディ・ラミラと申します」
そう言って優雅に一礼してみせる。
「リンディ!?それってあの……」
「レウナ、失礼だよ。……お会いできて光栄です。ラミラ嬢」
「いえ、こちらこそ。王族の遠縁にあたるドルーウェン様にこうして出会えるなんて……」
会話についていけないエバンとゼノは呆然と二人のやり取りを聞いていた。
「とにかく屋敷にいらしてください。話したい事もあるので」
エバンたちが手にしているそれぞれの神器を見つめながらロイルは再び招待する。
元々リヴァウェイを目指していた三人に断る理由はなかった。
こうして三人は、ロイルに導かれてリヴァウェイに踏み込んだのであった。
*
リヴァウェイは川沿いに造られ、オリトン国の港も兼ね備えている大きな街だ。様々な商人、市民などで溢れかえっている。
石畳に舗装された街を進んでいくと、目を惹く豪奢な建物が建ち並ぶ地区に行き着いた。おそらく貴族の住まいだろう。
その中でも質素だが、気品に満ちた屋敷がドルーウェン邸のようだ。
中に入ると白亜の壁が目についた。装飾も調度品も繊細な造りだ。
貴族の屋敷などに入った事のないエバンとゼノは、口を半開きにしたままそわそわと落ち着かない様子で辺りを見渡している。
ロイルは部屋に案内すると、早速本題に入った。
「ラミラ嬢、先程の魔物の事ですが……」
「リンディでいいです。それにその言葉遣いも。私は今ルマイト家から出ていますから……」
「……そうですか。ではリンディ、僕の事もロイルと呼んでくれるかい?」
「えっ……?そんな……」
焦るリンディと対照に、側に控えていたレウナがくつくつと笑い声を上げた。
「こいつはそういうやつなんだよ。階級だとか年齢だとか関係ない。まぁ慣れてやってくれ」
あまりにもざっくばらんな言葉に、エバンらは目を白黒させるしかない。
「レウナだって人の事言えないだろう?」
「貴族の屋敷にこっそり遊びに来る孤児を従者に雇うような変わり者だもんな。どっちもどっちさ」
肩をすくめて言うレウナに、ロイルは一つ咳払いをすると話を進めた。
「では改めて。魔物というのは野生動物の変異種……食料不足などで人間すら襲うようになった凶暴な生き物──というのは知っているよね?」
「はい」
「一説には精霊の力に触発されて変異したとも言われている。でも、あの赤い目の魔物たちはそれとは明らかに違う。君たち……あれが何か知っているかい?」
「えっと……」
エバンが戸惑っていると、隣に座っているリンディと目が合った。気付いたリンディが少し頷く。
「ボイド博士の魔物、らしい……です」
今度は向かいの長椅子に腰かけたロイルとレウナが目を合わせる。
「ボイド……やはり彼が」
「……何か知ってんのか?」
しばらく口を閉ざしていたゼノが問う。
「ちょっとした伝があってね。ボイドが不穏な動きを見せている、と」
「そのボイドって……何者なんだ?」
今度はロイルが口をつぐむ。話していいかどうか思案しているのだろう。
「ボイドというのは……聡明な博士だ。最近はシリウスに入り浸っているらしい。カンザ司令官とも関わりがあるとか」
簡単な説明を聞いたエバンは、ある名前に引っかかった。
「カンザっていう名前も、アルタイルから聞いた。黒幕かもしれないって……」
そう言うエバンに頷くロイル。
「これは推測だけど、カンザ司令官はボイド博士と共に、シリウスで神を作り上げたんじゃないかな」
言葉を理解できなかった三人は一斉に沈黙した。
「それは……どういう事です?」
かろうじてリンディが聞くと、レウナが答えた。
「まぁ簡単に言うと、レグルスもどきを作ってるんじゃないかって話。偽りの神さ」
今度は想像つかない事態に言葉を失う。
しかしリンディは、気丈に自分の持つカギを示してみせた。
「つまり私が魔法を使うと呪縛がとけるのは……レグルス様本来の力が紛い物を打ち消すから、という事ですか?」
「あくまでも推測だからね。本当の所はまだわからない。後は報告待ち、か」
気になる言葉だったが、エバンは聞くのをやめた。これ以上の情報を知るには少し疲れすぎた。
少年たちの疲労に気づいたのか、ロイルは申し訳なさそうに微笑した。
「突然こんな話をしても混乱するよね。部屋を用意させよう。今日はゆっくり休んでいってほしい」
さすがに遠慮する余裕もなかった三人は、ありがたく休息する事にしたのである。
一人一部屋、質素ながら洗練された寝台に、エバンは恐る恐る横になった。
これでもロイルの離れというから驚きである。ならばドルーウェン家本館はどれ程の物か。エバンには想像もできなかった。
気を紛らわすために先程の会話を思い出す。
(シリウスに偽物のレグルスがいる……?それの力で兵士たちが操られているなら──)
レグルスの力は紛い物を打ち消す。ならば答えは一つだった。
(俺たちがシリウスに行って、偽物を消す)
決意を新たに、エバンは眠りについた。
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