第7話 傭兵の足跡
無事、ゼノの父が目を覚まし、共に一階へ戻るとアルタイル兵たちは困惑したように話し合っていた。おそらく自分たちの身に何が起こったのか理解できていないのだろう。
「ありがとう。おかげで自分を取り戻せたよ。迷惑をかけたね」
「迷惑だなんて、そんな……」
「ホント、困った親父だぜ」
恐縮するエバンに対して、ゼノはふんぞり返る。兵士はそんな息子の頭を軽く小突いた。
そうして明るい場所で並んでいると、ますます似ている親子である。
微笑ましく見つめるエバンの視線に、ゼノの父は薄紫の瞳を見開いた。そして腰に下げている金聖をまじまじと見やる。
「き、君は……いや、まさか」
「な、何ですか?」
急に慎重な声になった兵士は、首を傾げるエバンをもう一度見つめ、確信を得たように口を開いた。
「……間違っていたらすまないが、もしかして君はイルバの息子かい?」
「え……!?」
不意に告げられた名前に鼓動が早まる。
イルバ──エバンが幼い頃に戦死した父の名であった。
「父さんを知っているんですか?」
「やはり……君はイルバの息子なんだな。いや、驚いた。瓜二つだな」
兵士は、ははっと軽快に笑いながら頭を掻く。
「あいつとは戦仲間だったんだ。イズールドに顔を出した時、小さい君を見かけたんだが……俺はハンクだ。覚えてないよな?」
さすがに幼すぎて記憶には残っていない。エバンは申し訳なさそうに小さく頷いた。
「まだ小さかったもんなぁ。無理もない。君の事はよくイルバから自慢されていた。俺の息子の一つ上で……名前はエバン、だったかな」
ハンクは帽子の上から息子の頭をガシガシ撫でた。ゼノの睨むような視線に全く動じていない。
「イルバといえば、あいつはどうしたかな」
「あいつ?」
「中々他人と関わりを持つのを嫌がって、それでもイルバにだけは懐いてた少年兵がいたんだよ。でも、イルバが戦死した直後に兵を辞めちまってさ……」
記憶を遡るようにハンクが唸る。やがて、はっとして手を打った。
「そうだ、カイトスだ!あの若造、今どこにいるんだろうなぁ……」
「カイトス!?」
父の名を聞いた時より大きな衝撃を受け、エバンは目を見開いた。
(カイトスは昔、アルタイル兵だったのか…?それも、父さんと知り合いだった?)
「カイトスを知ってるのか!?」
「昔、私を護衛してくれた傭兵なんです」
ハンクも目を剥き戦友の息子に詰め寄る。しかし、驚きのあまり声も出なくなったエバンの代わりにリンディが答えた。
「傭兵?あいつ、傭兵なんてやってたのか。意外だな……」
複雑な表情で苦笑しながらハンクが言う。
「俺も、昔カイトスに助けてもらったのに、ちゃんとお礼も言えてなくて……。今はどこにいるのかもわからないんです」
ようやく衝撃から立ち直ったエバンが口を開いた。その口調からはいつもの明るい輝きが見られない。
「そうか。まぁ、ちゃんと生きてるならそれでいいんだ。……それで、これから君たちはどうするんだい?」
「シリウス砦に行ってみようかと思います。そこが発端のはずだから」
根元を断たねばいつまでも終わらない。
しかし、ハンクは不安げな表情だ。子供だけで向かうことを危惧しているのだろう。
「俺も加勢したいところだが、だいぶ歳だ。それに仲間たちに事情を説明しないとな」
ざわめき立つ兵士たちを眺め回すと、ふいにハンクはため息をついた。
「何が何だか訳がわからねぇ。シリウスのカンザ司令官に会った所までは覚えてるんだが……。どうやら奴に何かされたんだろうな」
自らの上官でありながら、カンザという人物を良くは思ってないらしい。眉間にシワを寄せて続けた。
「あいつが司令官になってからロクな事がない。先代は隠居してしまったし、困ったものだ」
それからエバンの方へ向き直る。
「というわけだ。無理しないで行けよ」
「わかりました。アルタイルをよろしくお願いします。じゃあ俺たちは……」
「俺も行く」
背を向けようとしたエバンとリンディは驚いて振り返る。そこには不機嫌そうな顔で仁王立ちしたゼノがいた。
「親父を……アルタイルのみんなをこんな目にあわせたヤツをぶっ飛ばしてやる」
「ゼノ……ありがとう」
エバンは素直に微笑んだ。一緒に来てくれるのが嬉しかったのだ。
「おいおい、本気か?」
「親父はとにかく母ちゃんに連絡しろ。きっと怒ってるぞ」
「げっ……勘弁してくれ」
ゼノの母は夫にも容赦ないらしい。げっそりと肩を落としてハンクは再びため息をついた。それから自身の槍を見やる。
「だったらこいつも連れていけ」
「は?何言ってんだよ」
「俺には反応しなくなっちまった。不甲斐ないと飽きられたらしい。おまえには、名前が聞こえたんじゃないか?」
ゼノが目を見張る。先程の地下での感覚を思い出して身震いした。
ハンクは息子に蒼い槍を差し出し、ゼノはそっとそれを受け取った。ゼノの手に渡ると、その輝きが増したように見えた。
「
ゼノの呟きに、ハンクは満足そうに頷いた。
「こいつはおまえを選んだ。だからおまえが持っていろ」
「……わかった、親父」
父に頷き返して、旅を共にする二人へ向き直る。
「じゃあ改めて、よろしくな」
エバンとリンディは満面の笑みでゼノを迎え入れた。
三人はアルタイルから離れると、近所にあるゼノの親戚だという人物の家で休む事になった。トラクの町まで戻らずに済んで安堵したのと同時に、体が疲弊していたことに気づく。
食事と入浴まで勧められて、十分に堪能させてもらってからシリウスへ向かう方法を考え始めた。
「とにかく、近くまで行ってみよう。シリウス砦の侵入方法はそれからだ」
エバンの言葉にリンディとゼノは頷いた。
*
「只今戻りました」
「……手短に報告しろ」
暗い地下、とある部屋の前で男は声のした方を振り向いた。目の前に無表情な灰色の兜が立っている。
「例の少女は二人の少年と共にアルタイル砦へ向かいました」
「捕らえろ、と言ったはずだが?」
男は髭を蓄えた顔をしかめた。恰幅の良い体がため息で大きく動く。
その巨躯の全体は鎧に包まれている。外套を羽織っているところを見ると普通の兵士たちとは違う、見るからに上に立つ者の風貌だった。
「少女がなんらかの力を使って兵士の呪縛を解いたのです。アルタイルには最早頼ることはできないでしょう。指示を仰ぎにきました」
抑揚のない低い声。この兵士は機転がきかない。予想外の事態が起きると対処しきれないのだ。
無意識に痛烈な舌打ちをした。そんな事をしても、感情のない兵士は何とも思わないのだが。
(余計な事は口にせず、腕も立つくせに、肝心な所で役に立たん)
男はこの兵士が嫌いだった。表情のない瞳を見ていると吐き気がする。そのため、兜を付ける事を義務付けたのだ。
もう一度ため息をつく。
灰色の兜の兵士は黙って命令を待っていた。
「……しばらく様子を見ろ。間合いを見てリンディを連れてこい。もし邪魔をするようなやつがいたら切り捨てて構わん」
そしてふと思い出し、もう一つ命令を加える。
「ボイドが話があると言っていた。あいつに会ってから向かえ、グレイ」
「承知しました。カンザ司令官」
灰色の兵士──グレイはなおも感情のない声で返事をした。
命令を聞くとすぐさま踵を返すその後ろ姿を、カンザは気味の悪いものでも見たような顔で睨み付けていた。
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