第6話 銀の部屋
ゼノと顔見知りである兵士に連れられて、一行はアルタイル砦に潜入していた。もちろんエバンらは囚われの身としてである。
砦内の兵士に怪しまれる前に、手早く地下へと連行される。そこに簡易的な牢屋があり、三人を収容する設定になっていた。
「怪しいのはこの先の部屋だ。ここだけ見張りがいる。……けど、俺は持ち場が違うんだ。あとは頼む」
先導してきた兵士たちは地下の廊下の曲がり角を指し、まわりに気づかれる前に足早にその場を去っていった。
「……ここに、何か手掛かりがあるかもしれない。気をつけて行こう」
エバンを先頭に、三人は慎重に歩き始めた。
薄暗い地下にも関わらず、その部屋はすぐに見つかった。扉の前に兵士が一人立っている。
「あれだな。なんとかして部屋に入らないと……」
声をひそめ、暗闇に隠れながらエバンが言う。
「私の魔法が使えればいいのだけど……その前に気づかれてしまうかも」
「だったら先に気絶させちまえばいいだろ」
その勝気なゼノの声に兵士が反応した。自分の身長ほどの槍を持ち、ずんずんとこちらへ向かってくる。
「……まずい!」
エバンがとっさに金聖を引き抜いて、兵士の振るう槍を受け止めた。
「くそっ……!」
かろうじて受け流し、槍が届かない距離まで飛び離れる。
エバンが後ろに下がったことにより、ゼノと兵士が向かい合う形になる。その距離になって、ゼノが相手の顔を見て息を飲んだ。
「お、親父……」
震えた声が静かな廊下にやけにはっきりと響いた。
「親父!?ゼノの……!?」
エバンはゼノの背中の向こうの兵士をまじまじと見つめた。暗がりの中でも、その顔はゼノのそれによく似ていた。
「親父!オレだよ!オレ!!」
しかし、父は息子の声に何の反応もしない。それどころか、無言で槍を振るってきた。
「危ないぞ、ゼノ!」
呆然としたまま動けないゼノのかわりに、エバンが再び金聖で槍を受け止めた。
表情の消えた父の顔を凝視していたゼノだったが、槍を払い除けたエバンの後ろを走り抜け、そのまま頭から父に体当たりする。そして、もがく父を組み伏せるとエバンを振り仰いだ。
「早く!その部屋に入っちまえよ!」
普段の親子喧嘩の成果なのだろうか。
呆気に取られていたエバンとリンディは、その言葉に慌てて扉へ向かった。
息子の下敷きになった兵士は呻きながら愛用の槍に手を伸ばす。
「こんな親父なんかに渡すかよ!」
その手より速く、床に転がる槍を奪い去る。
途端、ゼノの顔が固まった。心臓がどくりと脈を打つ。
「……!?」
違和感に手中の槍を凝視してみても、その穂先は蒼白く煌めいているだけだった。
一方、部屋に飛び込んだエバンは目の前に広がる光景にのけぞった。
「何だ、これは……!?」
部屋全体が銀色に輝いている。よくよく見てみると、その正体が正面の壁に下げられている無数のカギたちだとわかる。それも女神が象られたカギである。
「レグルス様!?……いいえ。似てるけど何か違う……」
リンディは自身の首から下げていた金のカギに手を触れた。色の違いのせいなのか、瓜二つに見える女神は、銀色の方が冷たく、頼りなさげに見える。
「もしかしたら、これで兵士たちが操られているのかしら?」
「だったら……!」
二人は頷き合い、銀色のカギと対峙した。
「照らせ、白凜!ライトオーバー!」
リンディが白い杖を掲げ詠唱すると、部屋の中が暖かな光で満ちた。あまりの輝きにエバンは顔を覆う。
光がおさまると、無数のカギたちは姿を消していた。まるで元々ここには何もなかったかのように。
「消えた?」
「これで兵士たちは戻るのかしら……?」
実感がないまま立ちすくむ二人の耳に、少年の叫びが入り込んだ。
「親父……っ!」
部屋から出ると、ゼノは父親から降りてその顔を覗き込んでいた。息子の呼びかけに、父親はぐったりとしたまま動かない。
「部屋が光ったと思ったら親父が……」
駆けつけた二人に動揺を隠せないゼノが言う。
リンディは床に倒れ伏した兵士を窺い、安心させるようにゼノに微笑みかけた。
「大丈夫。気を失ってるだけ。きっと、操っていた術か何かが切れたせいよ。すぐに目を覚ますわ」
「そう、か……」
肩の力が抜けたゼノが、ぺたりとその場に尻餅をつく。
エバンはその手に蒼白い穂先の槍が握られていることに気付いた。しかも、先程ゼノの父が持っていた時より若干柄が短くなっているように見えた。
まるで、持ち主に合わせたかのように──
「ごめん」
元の静けさを取り戻した地下の廊下に、小さな謝罪がやけにはっきり響いた。声の主は座り込んだまま槍を持って俯いている。
何の、誰に向けての言葉なのかわからず、エバンとリンディは揃って首を傾げた。
「ぶつかって、ごめん。あと……あんな事言って、ごめん」
出会いがしらの衝突と、「リンディ・ラミラ」への暴言。考えてみるとまだ謝ってもらっていなかったのである。
遅れてそれを理解したエバンが破顔する。
「なんだ。そんな事ならもういいんだ」
「そうよ。思ってる事も、わかってたもの」
二人の声に顔を上げたゼノは、いつもの不躾な眼差しを少しそらした。その頬がわずかに赤みを帯びているのは気のせいではないだろう。
「だったら、言わなくてもよかったな」
「ううん。言ってくれてありがとう。声にして伝えてもらえるのは嬉しい事よ」
「伝える意思って大事だよな」
まぶしい太陽が二つもあるようだ。
笑顔の二人にもう何も言い返せないゼノは、今度こそ熱くなった顔をそっぽ向けたのだった。
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