第5話 灰色の仮面

 グレイと呼ばれた兵士は静かに剣先をエバンに突き付ける。


「大人しくついて来てもらおう」

「それはできない相談だ!」


 エバンもまた、兜の兵士に向けて金聖を構えた。

 しばしの静寂の後、一陣の風が木々をざわめかせる。次の瞬間、両者は距離を詰め、激しい打ち合いが始まった。

 片手で振るわれる刀を両の手で構える金聖で受け止める。矢継ぎ早に襲いかかる攻撃に、どうしても防戦一方にならざるを得ない。

 どう見てもエバンが押され気味だった。


(俺は……見てるだけかよ。確かに実戦経験なんてないけど……!)


 槍を構えたものの、ゼノは響き渡る金属音を耳にしながら、踏み出せない自分に歯噛みした。

 剣戟を繰り広げる二人の後ろには、指示を出した兵士たちが控えている。どうやらグレイの働きぶりを監視しているようだ。

 そこから少し視線をずらすと、木々に身を隠しながらこちら側へ近づいて来ているリンディに気がついた。その手には新雪の如き眩い杖が握られている。


「くっ……!」


 声のした方を振り返ると、エバンがゼノの側まで飛び離れて来たところだった。

 息を上げ、紅潮した横顔はよく見ると薄く斬られている。


「あの兵士、強い。全然歯が立たない」


 エバンの言う通り、目の前の兵士の息は少しも乱れておらず微動だにしない。


「気付いてるか。リンディがこっちに向かってるのを」

「……!」


 相手に勘付かれないよう小声で伝えられた言葉にゼノはわずかに頷いてみせる。同時にあの攻防の中で気づいていたのか、と驚嘆した。


「リンディは目眩しの魔法を使える。俺が合図したら目を庇ってくれ」


 言い終わるや否や、先程まで仁王立ちしていたグレイが構えを変えた。身を低くし、剣先を静かに後方へ持っていく。

 嫌な予感がしたエバンはリンディにも聞こえるように叫んだ。


「伏せろ!!」


 叫びつつ、ゼノの肩口を引っ掴み地面に伏せる。


 直前、グレイの剣から衝撃波のようなものが放たれた。それは辺りの木々を刈り倒し、グレイの前方の林は半円を描くように視界が開けた。

 エバンは唖然として切り株となった木を見つめた。この威力に対峙するには自分は非力すぎる。


「この場は一旦退こう。……リンディ!」


 悔しさを滲ませながら林の中へ呼びかける。

 衝撃波から逃れた木の後ろに隠れていたリンディはすぐさまエバンに応えた。


「照らせ白凛!ホワイトウォール!」

 ‪

 突如現れた光の壁が兵士たちを取り囲んだ。叩いたり斬りつけたりしても壁はびくともしない。ただ目を眩ませることしかできなかった。

 目を伏せているエバンとゼノにも光の強さが伝わるほどだ。不意打ちをかけられた兵士たちにとってはひとたまりもない。


「今のうちだ!」


 エバンの声を合図に三人は砦とは逆方向に駆け出した。




 少年たちが立ち去った後、ようやく光の壁から解放された兵士たちは次々と倒れた。ただ一人を除いて。

 灰色の兜にきつく結ばれた口。

 その兵士は何事もなかったかのように、ただ少年たちが走り去った方向を見つめていた。


 ‪


 *




 兵士から逃れたエバンらは、再び砦へ歩き出していた。道を外れ、林の中を歩いているため、草木が体に引っかかってくる。

 やがてグレイと斬り結んだ場所へ戻ってくると、そこに倒れていたのは二人の兵士。


「やっぱりリンディの光で倒れたんだな」

「よくわかんねぇけど……あいつ、いないな。シリウス隊の強いヤツ」

「……シリウス隊!?」


 辺りを見回すゼノがなんとなく放った言葉に目を見張る。


「見ればわかるだろ。胸当てに描かれてたの、大鷲の横顔じゃなく、大犬だったからな」


 ゼノは自身の左側の胸元をトントンと示してみせる。

 記憶を辿ってみても、特に注視していなかったエバンは思い出す事ができなかった。


「そのシリウス隊のグレイって人、なんだか変な感じがしたわ……」


 俯きがちにリンディが言う。その顔は若干青ざめてさえいた。


「変、って?」

「……ごめんなさい。私にもよくわからないの。うまく説明できそうにないわ」


 エバンの問いにリンディは力なく首を振った。


「ここは……」


 ふいに兵士の一人が口を開いた。上半身を起こし辺りを見回す。そして少年たちの中に見知った顔を見つけ驚きの声を上げた。


「ゼノ?……ハンクのとこのゼノじゃないか?どうしてこんな所に」


 戸惑う兵士に、エバンとリンディは操られていた事と光の魔法でそれを解除した事を伝えた。途中でもう一人の兵士も起き上がり、同じように話を聞いて目を見開いていた。


「グレイってヤツはどこ行ったんだよ。あいつも光を浴びたのにいないじゃないか」

「それはわからんな。そもそもそいつの事も記憶が曖昧でな……」

「頼りねぇなぁ……」


 顔見知りの兵士の答えに思わずゼノがぼやく。


「ひとまずオレたちを砦に連れて行ってくれよ。そうしたら他の操られてる連中も元に戻せるからさ。……そうだろ?」


 二人はゼノの視線を受けて頷いた。


「もしかしたら……親父も操られてるかもしれないんだ。だとしたら──さっさと目を覚まさせてやらないとな……」

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