第4話 神々の武器
「よかったのか、ゼノ」
心配そうにエバンがゼノを覗き込んだ。
一行は三人となってトラクの外へ出ていた。目指すは東にある橋だ。
ゼノは耳当て付きの帽子を被り、鞘に収まっている槍を担ぎながらエバンに聞き返す。
「何がだよ」
「何が、って……母さんとケンカしちまってさ」
「別に……あんなのいつもの事だ」
親子の凄まじい言い合いを思い出し、あれがいつもの事なのか、と苦笑いするしかなかったエバンだった。
槍を持つゼノは割と軽装で二人と歩いていた。空色の半袖に膝下まである幅の広いズボン。袖のない黒く長い上着は開きっぱなしで風になびいている。
とはいえ、黒一色の上下繋がった服に、赤い丈の短い半袖の上着というエバンも人の事は言えない。
「で、そっちこそ……どうやって砦に入るつもりだ?」
「あぁ、それは……」
答えようとした時、道の側の茂みが、がさりと音をたてた。一同に緊張が走る。
エバンは腰に下げられた剣の柄に手を伸ばした。
物音は次第に近くなり、やがてそれが躍り出てきた。
「魔物だ!」
ゼノが声を上げたと同時に、その白い狼のような魔物はエバンに向かって飛びかかっていった。
「吠えろ、金聖!」
エバンは慌てる事なく自身の武器を抜き払い、声をかけて一閃する。
呼びかけに応えた金の剣は輝きを放ち、魔物をその一撃で葬った。
「すごい……こんなに力を出せるんだ」
「あっという間だったわね……」
金聖の力に目を見張る二人にゼノが驚愕した。
「おまえ、それ……
「しんき?」
耳慣れない単語にエバンは首を傾げた。
「大昔、神が使っていたっていう伝説がある武器だ」
「神が?」
「オレの親父も似たような槍を持ってる。選ばれた使い手が持つと武器の名前がわかって──その名を呼べば応えてくれるって」
エバンは初めて金聖を鞘から抜いた時を思い出した。頭に入り込んできた声と呼べぬ声。あれは自分が武器に選ばれた瞬間だったのだ。
「へぇ……そうだったのか」
改めて鞘に収めた金聖を眺める。普通の武器と違う雰囲気だと思っていたのは、父の形見だからというだけではなかったのだ。
「オレはいつか、親父から譲ってもらうのが夢なんだ」
「……俺の金聖も、父さんからもらった物なんだ」
「そうなのか」
「戦う所、見た事なかったけど……きっと強い兵だったと思う」
過去形で話すエバンに相槌を打てなくなるゼノだったが、話は続いた。
「ゼノの父さんと同じく、俺の父さんもアルタイル兵だったんだ。でも、十三年前の大戦で戦死してさ──オリトン国の勝利だったのに、うちはそれどころじゃなかった……」
兵士ならば、いつ命を落としてもおかしくない。
わかっているはずだったが、遠くの空を見つめるエバンに、どう声をかけていいかわからなくなった。
返答に困っていると、少女の声が割り込んできた。
「ねぇ、ゼノ。だったら私の白凛もそうなのかしら。ラミラ家の家宝だって、家から出る時に母から渡されたの」
そう言ってリンディは胸元を飾るブローチに触れる。
白い輪の中に赤い宝石のような物が収まっているそれは、リンディの持つ杖に酷似していた。否、杖そのものだった。
普段はブローチとして身につけているが、必要な時は柄が伸びて輪も同時に大きくなるのだ。
不思議な仕組みも、神の武器というなら納得がいく。
「あぁ、そういえば初めて触れた時、名前がわかったって言ってたもんな」
そう言って白凛を見つめるエバンの顔には、先程までの神妙なものが消え失せていた。
「えぇ。もしかしたら武器の思考まで読めるようになってしまったのかしら、と思ったけど……そういう事だったのね」
「……そうらしいな」
ゼノは曖昧に応えた。
「無駄話して悪かったな。そろそろ行こう」
先を促すエバンの後をリンディが軽やかに追いかける。その背中にゼノが呼びかけた。
「おまえ……」
振り返った少女は微笑んでいた。その柔らかな笑みに一瞬目を奪われる。
わざと話題をすり替えた事を指摘しようとしたのだが、先手を打ったのはリンディの方だった。
「私ね……エバンの暗い顔、見てたくないの」
それだけを言うと、くるりと踵を返し、エバンの元へ駆けていった。
残されたゼノは、心を読まれたのか否か判断ができず、あっそ、とだけひとりごちた。
道なりにしばらく歩き、橋を越えた先。そこにようやく砦らしき建物が見え始めてきた。
砦から堂々と見える場所に立っていては怪しまれてしまう。一行は近くの木々の影に隠れて作戦をまとめる事にした。
ゼノは聞きそびれていた砦への潜入方法を再び問いただす。
「門番にこれを見せて、事情を話せばいいって」
エバンが懐から取り出したのは村へやってきたアルタイル兵の短剣だった。
簡単に今までの成り行きを聞いたゼノは、少々呆れ気味になりながら槍を担ぎな直した。
「わざわざそんな事しなくたって、オレがいればだなんとかなるだろ」
「どういう意味だ?」
「親父の仲間なら何人か知ってる。門番が知り合いだったら通してくれるかもしれないだろ?」
見知らぬ少年より、知り合いである自分が直接言った方が確率が高い。そう考えてゼノは言ったのだが、予想に反してエバンは感心したように瞳を輝かせた。
「なるほどな〜!それはすごいな、ゼノ!」
「べ、別にすごくねぇよ」
真正面から見つめられる気恥ずかしさに、たじろぎながら応えてしまう。
「いいか。まずオレが先に様子を見てくる。おまえたちはここで待ってろよ?」
ゼノが木々から離れようとした時、鋭い声が背中にかかった。
「待て、ゼノ。誰か来る……!」
動きを止めたゼノの耳にも、複数人の足音が入り込んできた。
物音を立てぬように屈み込む。茂みの隙間から見えたのは二人の兵士の姿だった。そのうち片方の顔をみとめ、ゼノは弾かれたように立ち上がる。
「あの人……!」
エバンが止める間もなく、ゼノは二人へ駆け寄って行ってしまった。おそらく顔馴染みなのだろう、名前を呼んで話しかけている。
しかし、兵士らは剣の柄に手をかけた。それが見えた瞬間、エバンはゼノと兵士の間に飛び込んでいった。
「待ってくれ!」
「こそこそと隠れて何をしている。砦に何の用だ?」
兵士の一人が飛び出してきたエバンに問いかける。冷たい物言いに既視感を感じた。
「何だっていいだろ。俺たちは行かなきゃいけないんだ。どいてくれ」
そう言って金聖に手を伸ばす。
後ろにいたゼノも、気を取り直して槍を構えた。
「怪しい人物を砦に近づかせる訳にはいかない。──おい、グレイ!」
兵士はエバンたちが隠れていた林とは別方向へと呼びかける。
すると、わずかな物音と共に一人の男が現れた。剣を背負った灰色の兜の兵士だ。その兜は口元以外を覆い、顔立ちや表情が全くわからない。
その存在自体が『異質』だ。
普通の兵士とは違う面妖な出で立ちに、エバンとゼノは緊張に体をこわばらせた。
「グレイ、あいつらを捕らえろ」
「承知」
短く答えた兜の兵士──グレイは、すらりと背負った剣を抜いた。
周囲の空気が一瞬にして張り詰めた。
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