一週間の同居生活⑫




学校の屋上。 真依の目の前に立っているのは、髪を風になびかせる明希の姿。 朝、下駄箱に入っていたラブレターで呼び出されるという古風な手法。 

以前夢で見たシチュエーションなだけに、現実か夢かの区別が何となくついた。


「俺、真依のこと、本当は嫌いだったんだ」


ただ屋上へ来て言われた言葉が、拒絶。 前回とは真逆の言葉。 夢だからと期待していた真依を、打ち砕くには容易過ぎた。


「どうして・・・」


夢だと分かっている。 なのに、自然と理由を尋ねている。 夢であるのに、心が受け入れることを拒否していた。


「・・・」


明希は何も応えない。 それなのに、その澄んだ瞳はまるで全てを見透かすかのように自分を見つめている。 もうこの夢を見ていたくなかった。 

すぐに飛び起き、やはり夢だったのだと安心したかった。 そのためか、またもや大地震が起きベッドから転がり落ちて真依は目覚めた。 だが今回は、モヤモヤと頭の中に不快感がこびり付いている。


―――涙まで出てるよ・・・。


乾いた笑いが口から洩れる。 明希のことを本気で好きなわけないと思っていたのに、嫌われる現実は重かった。


―――今日って・・・明希と出かける約束をしていたっけ。


出かけるなら準備をしなくてはいけない。 だが、昨日の感じで今日出かけるなんて信じられなかった。 明希の部屋は静まり返り、何の音も聞こえない。 本当にそこにいるのかと不安に思う。

それでも真依は何もできず、ただ準備だけをして声をかけられるのを待つしかなかった。






10時を過ぎて、明希の部屋から音楽が聞こえてきたため家にいることは分かった。 だからこそ逆に、約束を無視されていると感じ悲しかった。 

昨日の約束は、自分の勘違いで元々なかったのかと思ったくらいだ。


―――・・・確認なんて、できないよ。


話しかけて無視されるのが怖い。 冷たい目を向けられるのが怖い。 だがこのまま、この家に居続けていると心がおかしくなりそうだった。


―――まさか私が、こんな風になるとはね。


真依は深呼吸すると、家を出ることに決めた。 このまま待ち続けていても仕方がないし、明希に対してもプレッシャーをかけてしまうような気がしたのだ。 鞄だけを持ち家を出る。 

元々準備は終わっていたし、もしかしたら声をかけてくれるかもしれない。 だがそんな期待は、家の前でシンと静まり返った明希の家を見て打ち砕かれた。 土曜ということもあり、街は人で溢れている。 

仲のよさそうなカップルが目に付き、慌てて目をそらした。 雑貨屋や服屋へ入っては、出ての繰り返し。 

美桜に声をかけようかとも思ったが、明希について何かを聞かれそうで携帯を出したところで思い留まってしまう。 結局何を買うこともなく、何を食べることもなく、気付けば日が落ちかけていた。 

まだ明るいが、街の雰囲気が少しずつ変わっていく。 目に付くカップルの割合が増えた。 そこから逃げるように、繁華街から外れた公園へとやってきた。


―――何をやってんだろ。

―――でも、もう帰りたくないや。


楽しかった日常は、理由も分からず壊れてしまった。 どうせ明日には両親が帰ってくる。 それならこのまま、どこか遠くへ行ってしまうのもいいかもしれない。 

そう思ったのだが、人相の悪い二人組が遠巻きにこちらを見ているのに気が付いた。 どんな理由かは分からないが、気持ちのいいものではない。 足早に公園を去ると、人通りの多い場所へと逃げ込んだ。   


―――どこにも居場所なんてないのかな。


帰る場所がないということが、こんなに辛いとは思わなかった。 その時、携帯が鳴る。 もしかしたら明希かもしれないと期待したが、明希とは連絡先の交換すらしていない。 湊だ。

それでも今は、一人が寂しかったため嬉しかった。 誰かに弱音を吐かなくても、声を聴くだけで安心できると思った。


『真依ー? 真依ってさ、明日のいつになったら帰・・・』 


平静を装おうと思っていたのに、声を聞いた安心感から鼻を啜ってしまった。 湊の様子が明らかに変わったことから、勘付かれてしまったのだろう。 ただ素を出せることに、ホッとしている自分もいた。


『ちょ、真依泣いてんの!?』

「湊・・・」

『今どこ!? 今すぐそっちへ行くから!』


自分が今いる場所がどこか詳しくは分からないが、近くに待合せやすいいシンボルがあったためそこで待合せた。 やがてやってきた湊は、しばらく何も言わなかった。

人前では流石に声を出しては泣けない。 それでも植え込みに座った真依の傍で、湊は黙って待っていた。


「・・・大丈夫か?」

「・・・うん、大分落ち着いた」

「そっか・・・」


二人は無言になり、何も話さない。 聞きたいことはあるが、今は聞けないといった感じだ。


「・・・俺なら真依のこと、絶対に泣かせないのにな」

「・・・え?」

「今まであったか? 俺が真依を泣かせるようなこと」

「・・・思えばないかも」

「だろ? ・・・だから、さ」


その先、湊が言おうとしていることは何となく予想できた。 真依の中にある感情が、猛烈な勢いで膨らんでいく。


「水瀬じゃなくて、俺に――――」

「ま、待って!」


だから、止めた。


「それ以上は、言わないで・・・」


真依は最初から、湊の気持ちに気付いていた。 その上で気付かないフリをしていた。 真依にとって湊は、ただの幼馴染の関係でしかない。 それが最良で、最も居心地がいい。


「私、は・・・」


先程公園で電話がかかってきた時、最初に頭に浮かんだのは湊の顔ではなかった。 つまり、そういうことだ。 本当に必要な相手は湊ではなかった。


―――・・・私、最低だな。


そんな風に自分を卑下してしまう。 明希によって心は傷付けられ、その心を癒してくれたのは湊。 だが湊の想いに応えることはできず、湊の心を傷付けてしまうのは自分。


―――でも、心に嘘はつけない。

―――例え拒絶されても、私の心が選んだのは明希で。

―――必死に否定してきたのは、ただ目を背けていただけだったんだ。


湊と過ごした時間からすれば、明希といた時間はほんの僅かに過ぎない。 それでもやはり、真依が選ぶのは明希なのだ。 真依の目から涙が零れて落ちていった。 

湊と過ごした時間も、偽りのものではないのだから。


「あ~あ。 やっぱりこうなったか・・・」


湊は大きく息を吐き出すように言った。


「分かって、たの・・・?」

「まぁね。 どれだけ一緒にいると思ってんの? 真依のことは何でも知っているつもりだよ。 俺に振り向かせる方法だけは、分からなかったけどね」

「・・・ごめん」

「謝るなって。 余計惨めな気持ちになるからさ」


湊の目から涙が地面に吸い込まれていった。


「はぁぁ、俺の初恋はこれで終わりかぁ・・・」

「・・・」

「俺、真依に謝らなきゃいけないんだよな」

「え?」


湊は寂しそうに笑う。


「水瀬が真依に冷たくなったの、多分俺のせいだから。 ・・・真依のこと本気で好きじゃないなら、近付かないでほしいって言っちまった」

「そう、だったんだ・・・」


何故突然明希が自分に冷たくなったのか、その理由がここで分かった。 ただ湊を責めるつもりはない。 それは自分のことを、本気で考えてくれているからこその言動。


「うん。 幻滅した?」

「いや、するわけないよ。 もし軽薄な気持ちで湊に近付いてくる人がいたら、私も嫌だもん」


湊はキョトンとした顔から、吹き出すように笑った。 真依もそれに釣られて笑う。


「ははッ、そうだよな。 うん・・・。 あ、そうだ! 俺、初恋は終わったって言ったけど、別に完全に諦めたつもりはないからさ。 だから真依は、行動に移すこと。 今水瀬は、家にいるのか?」

「多分・・・」

「じゃあ、行きなよ。 明日には両親、帰ってきちゃうんだろ? 無理にでも近付けるチャンスは、今しかないかもしれないんだから」

「分かった・・・。 じゃあ、その・・・」

「何も言わずに行ってくれ」


明希の家へ行こうとし、振り返ると湊が天を仰ぎながら泣いていた。 真依はそれ以上何も言うことはできず、明希の家へ向かう。


「ずっと、ずっと大好きだった。 今も、今までも、これからも・・・」


湊が言った言葉は、真依には届いていなかった。



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