一週間の同居生活⑩
金曜日になった。 両親の言葉通りなら、今日と明日でこの共同生活も終わり。 いつまでも、ここにいるわけにはいかない。
―――最初は嫌だったけど・・・。
人間とは環境に慣れる生き物だ。 ただそれとは別として、明希といる時間を悪くないと思う自分がいた。
「真依、おはよ」
「お、おはよ・・・」
歯磨きをしている時、後ろから声をかけられ何だか恥ずかしくなった。 鏡越しに明希の顔を見ると、昨夜密着していたことも思い出してしまう。
「うわ、ここに寝ぐせ付いてる」
「え、嘘!?」
「嘘だけど」
「もー!」
身体を捻り見ようとしたが、やはり寝ぐせは付いていない。 本当にからかわれただけだ。 なのに気分は悪くない。 寧ろ、この時間を楽しいと思ってしまう。
明希はくしゃっと真依の髪を撫で、キッチンへと向かった。 明希の様子が明らかに変わっている。 『必要な時以外は関わるな』といった過去の明希は、もういない。
二人の明希の間で、まるで弄ばれてるようだ。
「なぁ。 今日も一緒に、学校へ行っていい?」
「え? いいけど・・・。 明希くんは、気にならないの?」
「明希でいい。 というより、明希って呼んで」
「ッ・・・。 じゃあ、明希?」
自分で口にしてみて、少し気恥ずかしかった。 ただそれを明希が喜んでいるので“まぁいいか”とも思えた。 それに他の女子で、明希を呼び捨てにしてる人は見たことがない。
やはり優越感を感じるというもの。
「ん。 で、気にならないって何のこと?」
「周りのことだよ。 一緒に登校しているところを見られると、私たち噂されるよ?」
「噂ってどんな?」
「え、え。 そ、そりゃあ、その、ふ、二人は付き合って・・・とか」
今まで湊と毎日一緒に登校していたことを思い出した。 美桜がやたらとからかってきていたのも、今なら何となく分かる。 そう言えば、明希と一緒に登校といっても湊もいた。
―――二人は・・・。
相容れないだろうということは分かっていた。 友達として仲よくしてほしいとは思うが、それは真依の勝手な気持ちだ。
「ふッ」
「あ、今笑った! もしや、どんな噂が立つのか最初から知っていたな!?」
「まぁ、俺は別に鈍感じゃないし大体は予想ついていたから。 真依は嫌なの? 噂されんの」
「・・・え。 あ、明希は、いいの?」
「そうだな。 実際俺たちは付き合っていないんだし、気にしないかな。 嘘の噂を信じている人は、どうぞ妄想をご自由にって感じ」
「・・・」
いつもはほしい言葉を言ってくれる彼。 今回だけは違った。 この流れは『噂されるくらいなら俺たち本当に付き合っちゃう?』だと思った。 だから、まるで違ったため何だか自分が馬鹿らしい。
明希を独り占めできないのは確かだ。 周りにファンがたくさんいるというのももちろんある。 昨日の明希を見ている限り、亡くなった彼女のことをまだ愛しているのだろう。
その彼女に、自分が敵うわけがなかった。
「真依? ・・・おい、真依。 どうかした?」
「あ、ううん。 何でもない」
「もし真島に申し訳なさを感じるなら、俺は引くよ。 真依の気持ちを優先する」
元々断るつもりはない。 というより、既に認めたつもりだった。
「・・・いいよ。 一緒に登校して」
「本当? 嬉しい」
そうして真依と明希は、湊のもとへ向かった。
湊は並んで歩いてくる二人を見て、心の中で溜め息をついていた。 明らかに二人が変わったのを、おそらく誰よりも敏感に感じている。 昨日一緒に来たのに、今日一緒に来ないはずがない。
二人は同じ家で寝泊まりしているのだから。 そう考えると頭の中がぐるぐると回り、気が狂いそうになる。 ずっと好きだった人が、横から突然現れた誰かに掻っ攫われそうになっている。
イライラして仕方がなかった。
「湊! ごめん、今日も明希と一緒で」
「いいよ、別に」
言いながらも、真依が明希のことを下の名前で呼び捨てにしたことが気になっていた。 今まで、真依が男子のことを呼び捨てにするのは自分だけ。
真依が明希の行動に優越感を感じていたように、湊も真依の言動に優越感を感じていた。 誰よりも仲がよくて、信頼されているのは自分だと思っていた。 それが崩れようとしている。
「どうしたの? 湊。 早く学校へ行こうよ」
「・・・あぁ」
しかも二人は湊に声をかけただけで、並んでいくのを変えようとはしない。 まるで負け犬のように二人の後を追いかけるだけ。 楽しそうに会話し、自分はそれをみじめに聞いているだけ。
それで平気にしている真依のことも、信じられなくなりそうだった。 真依は元々友達が多いタイプではなく、特に男子となると交流自体が少ない。
だから安心していたのに、ゆっくり歩んでいけばいずれはと思っていたのに。 ここにきて湊も、行動を起こさないといけなそうだった。
昼休みまで進み、真依は少々狼狽えていた。 というのも、朝予想した通り明希との関係を噂されることが増えたからだ。
噂というのは尾ひれが付くもので、まさかの公認カップル認定まで言ってきた人もいた。 全て否定しているが、明希の人気者という立場からか謙遜と思われたり、隠していると思われたりもしたのだ。
―――マズいよね。
―――でも明希くんは気にしていなさそうだし、前より楽しそうに見える。
それを当の本人である明希が、強く否定しないのも噂を助長させていた。 わざと曖昧にはぐらかしたりしているようなのだ。 真依は人目を気にしながら、職員室へと向かっていた。
もちろん、明希の兄である先生に相談するため。 だがタイミング悪くというべきか、応接室から先生と明希が出てくるところに鉢合わせてしまった。
「羽月さん、こんにちは」
「こ、こんにちは。 水瀬先生」
ニコリと笑うと先生は去ってしまう。
「あ、あの・・・」
「・・・ん? 何だい?」
「いえ、何でもないです」
明希を前にしてだと、非常に言いにくかった。 それに今の状況を心から嫌がっているのかと聞かれると、嘘になる。 やはり悪い気分はしないのだ。
「真依、職員室に何か用でもあったの?」
「あー、ちょっとね」
「ふぅん。 まぁ、いいや」
「明希は先生と何を話していたの?」
「家で二人で過ごしていて、不自由はないかだって。 過保護なのか、過保護じゃないんだか」
確かに不自由はないかもしれない。 ただ話が違うということを真依は言いたかったのだが、その機会を失ったようだった。 諦めて教室へ戻っていると、明希が何気なく聞いてきた。
本当はこういったとこを見られて噂が広がっているのだが、帰る方向が同じなら仕方がない。
「そう言えば真依、明日は空いてる?」
「明日って土曜日? どうして急に?」
「よかったら、一緒にどこかへ遊びに行かないかと思って」
まさか遊びに誘われるとは思ってみなかった。 もっとも明希が、土日に何をしているかなんて知るはずもない。 それでも人気者なら、予定が全くないわけがなかった。
「え・・・」
「嫌なら別にいいけど?」
「え、待って。 他の人からは誘われていないの?」
「三件くらい誘われているよ? でも俺は真依を誘いたかったから、一応保留にはしてる。 もし真依が断ったら、誘いを受け入れるつもり」
「そっか・・・」
“やはり人気者なのだ”と改めて実感した。 ただそんな彼が他の誘いを保留にして、自分を誘ってくれている。
「どうする? 俺の予定は、真依次第なんだけど」
その言葉がトドメだった。 周りの目が気にはなるが、遊びに行ってしまえば別。 憧れの人、だったかどうかは分からないが、距離が縮まることを望んでいる自分がいた。
「い、行きます!」
「決定な。 ・・・この一週間、俺が真依に甘えっぱなしだったからさ。 せめて、カッコ良いところを見せたくて」
「カッコ良いところ?」
だがそんな浮かれた気分も、教室の異様な雰囲気でガラリと変わった。 教室の真ん中には湊がいる。 湊は明希に近付き、ボソリと何か呟く。
それに明希は一瞬顔をしかめたが、すぐにそれを隠し湊の後を追っていった。
「・・・え。 何か、嫌な感じ・・・」
それは真依にも分かる程だった。 湊のあんな顔は、見たことがない。
「わぁー。 これは修羅場だねー」
「修羅場!?」
「原因は分かってる? 真依ちゃんだよぉー?」
「・・・」
気付いて、気付かないフリをしていたのかもしれない。 今の関係が心地よくて、それでもみんなと仲よくできて。 そんなことは無理だって、本当は分かっていたというのに。
「湊くん、運動神経がいいから結構モテるんだよー」
「湊が・・・?」
「それに明希くんは、男女共に人気だからねぇ。 そんな二人に、真依は好かれているんだぁ」
「そんなこと、ないと思うけど・・・」
と、真依は言うしかなかった。
真依が不安に心を痛めている間、湊と明希は以前話した踊り場まで来ていた。
「単刀直入に聞く。 水瀬は真依のこと、恋愛対象として見ているのか?」
「恋愛対象? ・・・考えたこともなかった」
明希は悩む素振りを見せずそう言った。 まだ中学の時の彼女のことは忘れていない。 寧ろ一人になるといつも思い出してしまう。 なのに、新しい女子と恋愛するなんて本当に考えていなかったのだ。
ただ湊は、その言葉を信じるつもりはないらしい。
「嘘つきだな。 真依の魅力に触れて、何も思わないはずがない。 一緒の時間を過ごして、好きにならないはずがない」
「は、はぁ? 何だそれ。 確かに一緒の時間を過ごしたかもしれないが・・・。 お前は、真依の何を知っているっていうんだ?」
「軽々しく真依を呼び捨てすんな!」
「・・・」
湊でさえ、真依と呼び捨てで呼び合えるようになるまで何年もかかっている。 それをたった数日で奪われてしまった。 明希にそんなつもりはないが、感じ方は人によって違うのだ。
「俺は真依と、誰よりも長い時間を過ごしたよ。 登校も下校も、ほとんど一緒だった。 本当は真依は、俺のところへ泊まりに来ればよかったんだ。
そしたら、朝から晩まで寝る時も何もかも全て、一緒にいられたんだ」
「・・・お前、大丈夫か?」
「水瀬、お前は本気で人を好きになったことはないんだろうな」
「・・・ッ!」
だが明希も、湊の言葉は聞き捨てならなかった。 元カノが死に、平静でいられたはずがなかった。 毎日泣き崩れ、食べ物が喉を通らず、吐いて吐いて、病院に運ばれたこともある。
「・・・俺さ、真依のこと本気なんだ。 だから、もし水瀬がその気がないっていうなら、金輪際真依に関わらないでほしい。 ・・・逆に、真依にその気があるっていうなら、正々堂々と戦おう。
俺は何も言わない」
「・・・」
だから、湊の言葉に腹を立てても、痛い程気持ちは分かった。
「水瀬は、真依のことが好きか?」
「・・・分からない」
「じゃあ、真依のことを大切に想っているか?」
「ッ・・・」
湊はそう言うと、一人階段を下りていく。 明希は目を伏せ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
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