一週間の同居生活⑨
放課後になり帰る準備を進めていると、明希と友人たちとの会話が耳に入ってくる。
「水瀬ー。 今日も夜、予定入っていたりする?」
「あ、あぁ、悪い」
「相変わらず、引っ張りだこだねぇー。 まッ、暇があったら遊ぼうぜ」
「もちろん。 じゃあ、また明日」
明希は友達と別れると、つかつかと真依のもとへとやってきた。
「羽月」
「わッ、明希くん・・・!」
あまりに突然過ぎて、心の準備ができていない。
―――だ、だから、教室で話しかけられるのは慣れていないんだって・・・!
―――明希くんは分からないの?
―――今私たちが、物凄く注目されていること!
―――明希くんはモテるから、私が女子から恨まれるよ・・・。
困っていると、明希はおかしそうに笑った。
「そろそろ、俺に話しかけられるのに慣れたら? というか、羽月のこの後の予定は?」
「予定? えっと、いつも通りだよ。 スーパーへ買い出しに行ったら、そのまま帰るつもり」
「今日俺、夜はどこにも行かないから」
「・・・え、そうなの?」
友達との予定を断ったのだから、何かがあるのだと思っていた。 なのにどうやら、家に帰ってくるらしい。
「家で羽月の手料理を食べるつもり」
「ちょッ・・・!」
流石に周囲の視線が痛過ぎた。 中途半端に開いたバッグを持ち、明希の手を強引に引く。
「美緒! 私、もう帰るね! バイバイ!」
そう言って廊下へ出た。 一緒に住んでいることがバレたら大騒ぎだ。 というか、既に大騒ぎになっているだろう。 明日からどうしたらいいのか不安だ。 丑の刻参りで、呪われてしまうかもしれない。
「もう! 教室であんなことを言わないでよ!」
「俺、マズいことでも言ったか?」
「言った! もう、明希くんは自分がモテるっていう自覚なさ過ぎるって・・・」
「・・・自覚はあるよ。 自分に好意を抱いていると思った女子とは、極力距離を置いているし」
「へぇ・・・。 そうだったんだ。 じゃあ、克服しようと頑張っている今では、もう距離を置いていない感じ?」
「・・・いや。 流石にそれだけは変えていない。 一気に押し寄せてきたら困るから」
「はは、確かにそうだね。 それで、今日は家でご飯を食べるんだっけ? 何が食べたい? 明希くんのリクエストに応えるよ」
「リクエスト?」
“何もなくてもいいや”といった具合で聞いたのだが、意外にもしっかりとリクエストが返ってきた。
「・・・ハンバーグとか? カレーとか? あ、肉じゃがでもいいかな・・・」
好物がたくさんあるのか、珍しく優柔不断な彼を見て笑ってしまう。
「おっけい! 全て作ってあげるよ。 じゃあ私、スーパーへ行って食材を買ってくるね」
「待って、俺も行く。 俺も一緒にスーパーへ行って、一緒に帰る」
「・・・え、本気?」
「本気だけど?」
一瞬彼が何を考えているのか分からなかった。 だけど期待はしないようにした。 思えば彼は今過去を克服中。 一人一人と少しずつ関係を深めていこうとしているのだ。
自分はその中の、一人に過ぎない。
「・・・分かった。 ちょっと湊に、今日は一緒に帰れないって伝えてくるね」
そう深く考えずに行ったのだが、湊に言って普通に収まるはずがなかった。
「ごめん、湊。 今日、一緒に帰れない」
「え!? 何で・・・。 まさか、水瀬と・・・?」
昇降口で待っていた湊に、大きく頭を下げながら言った。
「そう! 本当に、急でごめん!」
「・・・明日は、一緒に帰れるんだよな?」
「うん、明日はいつも通り一緒に帰れる」
「・・・ならいいけど。 もし襲われそうになったら、俺に連絡しろよ?」
「襲われ・・・? あぁ、ないない! 明希くんに限ってそんなのない!」
「どうしてそう言い切れるんだよ・・・」
その言葉に一瞬躊躇った。 事情を話すわけにはいかない。
「・・・明希くんにも、色々と事情があるんだよ」
「は?」
「じゃあ、今日は本当にごめんね! ありがとう! また明日!」
「・・・何なんだよ」
真依が去ると、一人で湊はそう呟いていた。 この後は明希と一緒にスーパーへ行き、一緒に家へ帰る。 いつもと同じ帰り道なのに、どこか新鮮さを感じた。
相変わらずの優しさを発揮し、明希は色々と手助けをしてくれる。 重たいものは持ってくれたり 長い列は一人で並んで待ってくれたりした。 明希も料理が得意なようで食材には詳しい。
食材選びをしている時も、本当に楽しかった。
家に帰り、ご飯を作り終えるとすっかり夜になっていた。
「完成したー! 作り過ぎちゃったなぁ。 食べ切れるかな?」
ハンバーグ、カレー、肉じゃが。 明希がリクエストした全ての料理があった。
「全部作るなら、バランスよく言えばよかったな」
「確かに栄養バランスは悪いかも。 でも、これはこれでありだよ」
「確かに美味そうだけど。 もう食べていい?」
「いいけど、先生を待った方がいいんじゃない?」
真依は昨日、明希の両親がいないためその間は先生が来ると聞いている。 今日も当然、三人のつもりだった。
「兄貴? 兄貴ならもう戻ってこないけど」
だから、明希の言葉に驚いた。 しかも彼は知っていたようだった。
「え!? 今日から土曜日まで、ここに泊まるんじゃなかったの?」
「本当はその予定だったけど『逆に俺がいた方が気まずいだろ』って」
「そう、なんだ・・・」
―――・・・って、先生がいない方が逆に気まずいよ・・・!
―――それに、湊にあんなことを言っちゃったけど、本当に襲ったりとか・・・。
真依はチラリと明希を見た。 手を合わせて箸を取る仕草が何だか子供のようで、とても襲ったりするようには見えない。
「いただきまーす! んッ、めっちゃ美味いじゃん!」
「あ、ありがとう。 でも先生がいないとなると、完璧に作り過ぎちゃったな・・・」
「別に俺は構わないよ? 明日もまた羽月の手料理が食えるって幸せだし」
「ッ・・・!」
―――・・・分かったよ、明希くんが周りから好かれる理由。
―――明希くんは、完璧な人たらしだ。
―――みんながほしい言葉を、すぐに言ってくれるんだもん。
今日から二人きりだと思うと、改めてドキドキしてしまう自分がいた。 この後は一緒にご飯を食べ片付けをし、それぞれお風呂へ入った。
正直、二人きりであるためこのまま寝ようかと思っていたのだが、数学の課題がどうしてもできず部屋を尋ねていた。 朝に湊に教えてもらうより、この方が確実だ。
夕食の様子を見た限り、変なことはしないと考えている。
―――明希くんの中で、何かが変わろうとしている。
―――そして、私も・・・。
ただ今日は明希の部屋ではなく、自分の部屋に招いている。
「えっとー・・・。 これで合ってる?」
「うん、正解。 やればできるじゃん」
「やったー! 課題終わったー!」
真依はベッドで仰向け状態になり伸びをする。 苦手な数学をやるのは、毎回根気がいるのだ。
「そんなに数学苦手? 難しい問題を解くの、楽しいだろ」
「楽しくないよ! ・・・あ、そう言えば、水瀬先生が言っていたよ? 『明希は英語が弱いから、羽月さんが明希の家庭教師をやってもらいたい』って! お礼に、今度は私が英語を教えてあげようか?」
「英語は勘弁。 一応平均点以上は取れているし、それで満足しているから」
「えー」
喋り方も完全に砕けていた。
「・・・そう言えばこの部屋、完全に羽月の匂いが染み付いたな」
「え、嘘!? 何か、先生に悪い・・・」
「別にいいんじゃねぇの? 兄貴、全然帰ってこないから」
そこで明希は、突然立ち上がって言った。
「少し部屋、暗くしていい?」
その言葉に正直ドキッとした。 恋とかそういうのではなく、単純に明かりがないことへの不安。
「え? な、何で・・・? 明るいの苦手だったり・・・?」
思い出せば、最初明希の部屋へ行った時薄暗かったのを憶えている。 深い意味はないと思っていたが、明かりが好きではないというなら説明がつく。
「苦手っていうか、落ち着かないんだ。 ・・・怖い?」
首を横に振る。 本当は怖かったが、怖いと言えば明希は離れて行ってしまうような気がしたからだ。 明希は明かりを少し暗くすると、真依の隣に腰を下ろす。 そして、ゆっくりと語り出した。
「・・・俺の彼女さ、交通事故で亡くなったんだ。 その時、俺もその場にいて」
明希は彼女と付き合っていた頃、彼女の親とも仲がよかったらしい。 明希を彼女と共にご飯へ連れて行ってくれる程の仲。
そして彼女が亡くなった日も、明希と彼女と彼女の父の三人で一緒に夕食へ出かけていたらしかった。 食事の時は盛り上がり帰りが遅くなっても、彼女の父が車で家まで送ってくれるため心配はない。
事件が起きたのは、夕食を食べ終え明希の家へ向かっている時のこと。 彼女の父が運転し、助手席に彼女が座り彼女の後ろに明希はいた。 その時、突然前から逆走してきた車が現れた。
丁度カーブで、かつ辺りは真っ暗。 急に光った車のライトに父は、反応しハンドルを右に切った。 これは咄嗟の判断だから仕方がない。 自分を守るためその方向へ切ったのだ。
そうすると当然、助手席の彼女に被害がいく。 明希はその時、咄嗟の判断で右のシートへと移動していた。 だから助かったのだ。 助からなかったのは、彼女だけだった。
明るいのが落ち着かないというのは、車のライトを思い出すからだと話してくれた。
「・・・そう、だったんだね。 辛かったね」
そう言うと明希は真依の後ろに回り込み、後ろから抱き着いてきた。 突然な行動に酷く驚いた。
「ちょッ、明希く・・・」
「ごめん、真依。 少しだけ、この態勢でいさせて」
だがあまりに弱々しいその言葉に、拒絶なんてできるはずがなかった。
「ッ・・・」
しかも名前を呼び捨てだ。 過去のことを思い出し、感傷的になっている。 そう真依は考え、小さく頷いた。
「・・・うん、分かった。 話してくれて、ありがとうね」
そう言って真依は、明希の手を優しく包み込んだ。
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