一週間の同居生活⑧
木曜日になって、真依と明希は通学を共にした。 それも明希から『一緒に行く』と言ってきたのだ。 明希が家を遅く出る理由は、昨日聞いている。
つまりやはり明希の中で、考え方が変わっているということだ。 ただそうすると、問題になってくるのは湊である。
いつも待ち合わせている真依のマンションの下、湊はやってくる真依と明希を見て驚いていた。
「ということで、今日明希くんも一緒に登校していい?」
「水瀬が自分から言ってきたの?」
「うん、そだよー」
「ふぅん・・・」
三人は揃って歩き出す。 真依が上機嫌なのを見て、湊はこっそり明希に問いかけた。
「どうして急に一緒に行こうと思った? 『真依を困らせるな』って言ったはずだよな」
「俺が誰と一緒に行こうと関係ないだろ。 羽月は『お前は大切な存在だが、ただの幼馴染』って言っていたぞ」
「大切な存在だけど、ただの幼馴染・・・」
湊は真依に視線を向けながら、神妙な顔付きになった。 喜んでいいのか、悲しめばいいのか分からないといった表情である。
「とにかく! 一緒に住んでいるからって、真依に変なことするな。 真依を泣かすようなことがあったら、俺が許さないからな」
「・・・は? てか、何なの? まるで人を悪人みたいに。 昨日今日知り合ったばかりのお前が、俺の何を知っているっていうんだよ」
「知らないからこそ、怖いんだよ!」
二人が静かにヒートアップするのに、真依は全く気付かず蝶々を追いかけていた。 何とも能天気な娘である。
「それは確かに、そういうもんか・・・」
「既に俺と真依の時間に、割って入ってきているし!」
「って、二人共危ないよ!」
二人は肩を真依に掴まれていた。 目の前には大通りが広がっている。 止められなければ、赤信号を渡っていたことだろう。
「何か話してたの?」
「別に」
「何も」
「ふーん」
素っ気なく言って、二人はそっぽを向いた。 湊としては明希がいるだけで気に食わないし、明希としては言いがかりを付けられるのが気に食わない。
その後は、特に会話も盛り上がらず冷めた空気のまま登校した。
教室へ着くと明希と別れるのだが、やはり視線を集めてしまった。
「じゃあ羽月、また」
「うん」
少し失敗したかなと思ってしまう。 女子の恋愛に関する恨みは、恐ろしいものだ。
「真依、今日明希くんと一緒に登校してきたの!? すごーい!」
そんな視線を物ともせずやってきたのは、美桜だ。
「あ、いや、一緒と言っても、湊も一緒だよ?」
「湊くんも? ・・・ということは、まさかの三角関係!?」
「だから、そんなんじゃないって!」
真依はどちらにも恋愛感情は持っていないと思っている。 それでも言われたら、気になってしまうというもの。 チラリと明希を見た。
「最近水瀬、羽月さんと仲よくね?」
「そうか?」
「だってお前さ、女子にはいつも丁寧に“さん付け”じゃん。 だけど羽月さんにだけ呼び捨てだからさー」
「あー・・・。 言われてみればそうかも。 無意識だった」
真依自身もあまり気にしていなかったが、確かにそうだ。 一緒の家で過ごしているからだろう。
「マジで!? 水瀬にとって、羽月さんは特別だったりする!?」
ただ明希の友達の疑問に少し心が動いた。 自分が明希にとって特別な存在。 もしそうなら嬉しいかもしれない。 ただ次の瞬間には、簡単に打ち砕かれることになるのだが。
「特別・・・? いや、そういうのは全然ないけど」
―――・・・丸聞こえなんですけど。
特別でないのは分かっている。 だけど少しがっかりしたのも事実だ。 真依の目に映るのは、第一印象のキラキラな笑顔で周りに優しい明希だった。 目に映るのは変わらない光景。
だが見えないところで、明希が変わろうとしているのは真依だけが知っていた。
体育の授業がを終わり、真依は一人ボールの片付けをしていた。 前回は順番だったのに、今回はじゃんけんの結果。 世界は非情である。
「うわー・・・。 相変わらずボールが散乱し過ぎ、多いって・・・」
せっせと作業をしていると、背後から声がかかる。
「相変わらず、とろい奴」
倉庫の扉のところに、明希が笑って立っていた。
「なッ!? べ、別に仕方ないじゃん! 私のせいじゃないもん! じゃんけんに負けるとか、運が悪かっただけだし!」
「じゃんけんって、絶対に勝つ方法があるの知っているか?」
「え・・・。 本当に?」
「嘘に決まってんだろ。 もしそうなら、物事を決めるのにじゃんけんなんて使われてねぇよ」
「・・・意地悪」
―――何だコイツはぁぁ!?
―――ぶっ飛ばされてぇのかぁぁ!?
そう言いたいくらいだった。 だが隣に来てボールを片付け始めたため、何も言えない。
「いつも一緒にいる女子は?」
「・・・美桜のこと? 迷惑はかけたくないから、先に着替えててって言ってある」
「ふぅん。 迷惑だなんて思わないと思うけど、羽月は絶対に手伝わせないだろうな」
真依が持っていたチェック表を取り、数え始めた。
―――時々優しいんだよね・・・。
何だか調子が狂う。 だが、悪い気はしなかった。
「おーい、水瀬ー! 水道に行こうぜー」
「あぁ、今行く!」
大きな声で返事をすると、明希はチェック表を返してきた。 全てチェックが終わっている。
「え、早ッ!」
「俺はとろい誰かさんとは違うからな。 次の授業、移動教室だから遅れんなよ」
「う、うん・・・」
明希は走って友達のもとへ向かった。 その後ろ姿を静かに見届ける。
―――・・・これが、みんなが味わっていた明希くんの優しさ。
―――それを、私にもやってくれたんだ。
―――でも・・・少しモヤモヤするのは、どうしてだろう。
―――みんなと一緒じゃ、嫌だって・・・思っちゃう。
優しいだけかと思いきや、たまに入ってくる意地悪な言葉。 それさえも嬉しく思う自分がいた。 今まで意地悪な言葉を、人に言っているところを見たことがなかった。 だから特別感を感じたのだ。
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