一週間の同居生活⑦




教室へ戻ると、明希が自らやってきた。 友達に声をかけられているがお構いなしだ。


「羽月」

「わッ! びっくりした、明希くんか・・・」


学校では全くと言っていい程話したことがない。 女子からの人気が高い彼との二人での話は、どうしても注目を集めてしまう。


―――こ、これは居心地悪い・・・。

―――だけど、ちょっぴり嬉しい。


おそらく優越感から、ニヤつきそうなのを必死で抑えた。


「兄貴と何を話していたんだ?」


どうやら職員室での話を見られていたようだ。


「え? あ、あぁ、水瀬先生と? 別に、大したことは話していないよ」

「本当に?」

「う、うん」

「・・・そっか。 兄貴に変なことを言われたら、俺にすぐ言えよ」


そう言い捨てるように言って、明希は元の場所へと戻っていった。 その後すぐに美桜が寄ってくる。


「真依ー! 明希くんと、いつから喋れるようになったの!?」

「え? あー、最近だよ最近!」

「いいなー。 真依だけズルいなー」

「美緒も、明希くんがいるあの輪の中へ入ってきたら? 美桜は可愛いし、あの中にいても違和感ないよ」

「えー! そんなの私には無理だよぉ」


と言いつつも、美桜もまんざらではなさそうであった。






それ以降は、何事もなく帰宅し夜になった。 晩御飯の準備をあらかた済ますと、課題に取りかかる。


―――すっかりご飯作るのが、私の仕事になりましたな!


誰に頼まれたわけでもなく勝手にやっているのだが、喜んでもらえているため真依としてもやりがいがあった。 しばらく机に向かっていたのだが、またしても寝てしまう。 

慌てて起き、リビングへ行くと明希の両親と何故かお兄さんである先生が座っていた。 


「水瀬先生!? どうして・・・」


別に実家に帰ってくることは悪いことではない。 ただ今まで一度もなかったのと、学校で先生として話していたということから奇妙な感覚を覚えた。 真依のその疑問に答えたのは、明希の母親だった。


「真依ちゃん、急にごめんね。 明日から病院が忙しくなって、家に帰る時間がなくなるのよ」

「え、大丈夫なんですか?」

「何とかね。 病院で三日くらい寝泊まりをするから、家には帰れないの。 流石に高校生二人を置いて家に帰らないのは心配だから、お兄ちゃんを呼んでおいたわ。 

 私たちがいない間は、お兄ちゃんが二人の面倒を見てくれるからね」


真依の家の両親も家に帰れず、水瀬家でも両親が帰れなくなるという事態である。 これなら何のために来ているのかという気もするが、家に入れないのだから仕方がない。 

それに明希と二人きりではなく、先生もいるなら心強かった。


「は、はい・・・。 あ、でも、先生の部屋!」


今寝泊まりしているのは先生の部屋だ。 それをご両親の部屋に移るとなると、非常に居心地が悪い。 だがそれを、きちんと分かっていたのだろう。


「それは大丈夫、羽月さんがそのまま使って。 明希には既に連絡をしていて、今日は明希の部屋で寝させてもらおうと思っているから」


先生はそう言って、優しく笑った。 それに母親が申し訳なさそうに言う。


「明日から三日間、真依ちゃんよろしくね。 色々環境が変わって大変だと思うけど」

「大丈夫、問題ないよ。 羽月さんは英語の成績がよくて、自慢の生徒なんだ」

「へぇ、それは凄い!」


この後は夕食の時間。 相変わらず明希はいないが、両親が早く帰ってきてくれて先生もいるため、いつもより食卓は賑やかだった。 真依が作った料理を先生はたくさん褒めてくれた。 

『明希も羽月さんの手料理、食べたらいいのになー』とも言ってくれた。 真依は素直に嬉しかった。






21時を回り帰宅した明希は、自室へ向かった。


「兄貴、いたのか」

「明希帰った? おかえりー。 誰と食事だったの?」


明希は予め連絡をもらっていたため驚きはしなかったが、電気が消えていたことから部屋にはいないと思っていた。


「三年の先輩と」

「相変わらず交友関係が広いね」


電気をつけると、兄は顔をしかめた。 ベッドの上で横になっているから、おそらく寝ていたのだろう。


「もう寝んの?」

「今日も疲れたからねー。 ていうか明希、今何時だと思ってんの?」

「21時過ぎ?」

「遅過ぎ。 もっと早く帰ってきなよ」

「別に、いつものことだし」

「今は羽月さんがいる。 一人で留守番にならないようウチを頼ってくれたのに、一人で待たせたら意味ないだろ?」

「・・・」


確かにその通りだとは思うが、別に明希は真依の世話を頼まれたわけではない。 本当なら反対したいくらいだったのだ。 勝手に決めてしまった両親に、反発する程ではなかったのだが。


「明希は羽月さんのこと、どう思ってんの?」

「どうって、どういうこと? 別に普通だけど」

「好きになったりは?」


何故そのようなことを聞くのだろうと思う。 真依とはまともに話したのも、昨日が初めてだ。


「・・・ないな。 そもそも、羽月は俺の好きなタイプとは違うし」

「まぁ、そうかもしれないけど。 でも一緒にいて、嫌ではないんだろ?」

「・・・別に、苦痛は感じないな」

「羽月さんへの思いは普通だったり、一緒にいても苦痛は感じなかったり。 一応全部本音らしいな」

「・・・」


本音。 という程、大層なことは言っていないが嘘をついてるつもりはない。 好きでもなければ嫌いでもない、ただの知人。 明希はそう思っていた。


「明希はそのまま、素直に生きていけよ。 自分の心に逆らっては駄目だ。 逆らっても疲れるだけだから。 いい?」

「・・・分かった」

「自分が楽しいと思うことはとことんやれ。 どんどん夢中になっていけ。 全てを中途半端にやるより、全力でやった方が絶対に人生楽しいぞ」

「・・・」


教師として言っているのか、兄として言っているのか。 どちらにせよ今このタイミングで言うということは、昼間真依と話していたことが関係しているのかもしれない。 

ただそうだとして、別に何か悪いことを吹き込んだりとかではなさそうだ。


「あと俺、明日には帰るから」


その言葉に耳を疑った。 元々、両親がいなくなる代わりに兄が来るという話を聞いている。 兄がいなくなれば当然真依と二人きり。 流石にそれはどうかと思う。


「・・・は? 兄貴、父さんたちがいない間ずっとこの家にいるんじゃなかったの?」

「一応そういう話にはなっているけど。 俺がいた方が二人は気まずいだろ。 こういう機会は滅多にないんだ、大切にしろよ」

「・・・」


教師として、年頃の男女を一つ屋根の下に放置する。 それは有り得ない。 つまりこれは、兄として言っているのだ。


「あとさ。 たまには父さんと母さんと一緒に、晩飯を食え。 いつも明希のことを心配しているから」

「・・・分かった」

「もう一つ。 今は羽月さんが、晩御飯を作ってくれているらしい。 今日食べたけど、美味かったぞ。 明希も一度、羽月さんの手料理を食べてみろよ」


明希は朝食を真依が準備してくれたことを思い出していた。 それはただ盛り付けるだけだからかと思ったが、調理もしているらしい。


「・・・羽月が?」

「・・・」

「・・・兄貴には今、大切な人は」


そこまで言いかけると、寝息が聞こえてきた。 話してる途中だというのに、本当に眠ってしまったようだ。


「え、もしかして寝た? ちょ、そこ俺のベッド・・・。 まぁいいか、疲れているみたいだし」


兄の身体に布団をかけた。 風邪でも引かれたら、こちらの寝覚めが悪い。


「・・・風呂、入ってくるか」


明希の心は、確かに揺れていた。



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