一週間の同居生活⑥
翌朝
焼き立てのトーストにかぶり付きながらテレビを見ていると、驚くことがあった。
「おはよ、羽月」
「うん、おはよー。 ・・・て、え!?」
後ろに立っていたのは明希であるが、これまで朝の挨拶なんて一度もされたことがなかった。 まるでお通夜の時のように冷え切った表情で、横を黙って歩くだけ。
真依から挨拶をしても、返事はなかったというのに。
「どうした?」
「明希くんが、どうしてここにいるの?」
「どうしてって、ここは俺の家だから」
「そうじゃ、なくて・・・。 明希くんにとって、今のは必要な会話?」
昨夜の話は憶えている。 『必要な会話ならする』 そう言った、彼の言葉を。
「・・・まぁ、一発目の挨拶だし、必要なんじゃないか?」
それは明希の考え方に、変化があったということだ。
「・・・昨日、羽月が言ってくれただろ。 大切なものは、一つじゃなくてもいいって。 だから少し、前を向こうと思ってさ」
「ッ・・・!」
自分の言葉でそれが起きたのなら、凄く嬉しかった。
「でも、ほんの少しだけな? まだ過去は引きずっているし、いざ新しく大切なものを作るってなるとやっぱり怖い気持ちはあるから」
「・・・うん、それでいいと思う。 明希くんは明希くんらしく、少しずつ歩んでいけばいいよ」
真依はそう言うと、台所に立ち明希のための朝食を用意する。 今なら断られることもないと思ったからだ。
「羽月、まだ飯の途中だろ」
「まッ、いいからいいから。 ヨーグルトとシリアルでいいんだよね?」
「あぁ・・・。 よく見てんな」
毎朝、味の違うヨーグルトと牛乳をかけたシリアルを食べていたのを憶えている。 ささっと準備をし、もう一度席に着いた。
「アメリケーンスタイルって感じだよね!」
「何だよそれ・・・」
明希はそれだけ言うと、無言でスプーンを取り食べ始めた。
―――・・・会話、続かねーッ!
明希は食べながら何かを考えているような顔をしていたのだが、真依は気付かなかった。 二人して朝食を終えると、気になっていたことを尋ねかける。
「明希くんは、何時に家を出るの?」
「あー、今日は早起きしちまったのか。 どうしよう。 羽月はもう出んの?」
「うん。 私の家の前で、湊が待っているから」
「湊? ・・・あぁ、昨日話した真島のことか。 その時に聞いたけど、羽月と幼馴染なんだって?」
階段の陰に隠れて見ていたことは当然秘密だ。 湊から『忠告した』とは聞いたが、細かい話は聞いていない。
「そう! 家も近くて、幼稚園の頃からずっと一緒なんだ」
「・・・その真島は、羽月にとって大切な人?」
「もちろんそうだよ?」
「・・・そっか」
「じゃあ先に行くね」
「あぁ、気を付けて」
明希が家を出るのが遅い理由は、少しでも他の人と関わる時間を作らないためだった。 そう言われてしまえば、今はまだ無理強いできない。
それでも見送ってくれた明希の顔は、何とも複雑といった表情をしていた。
そんな明希とは逆で、真依は少し浮かれた気分だった。 嫌われていたと思っていた相手が実はそうではなく、寧ろ仲よくなれたのだから当然かもしれない。
「真依、何か嬉しいことでもあったのか?」
それは敏感に湊も察知した。 いや実際は、誰でも分かる程に顔に出ていたのだが。
「え、どうして?」
「顔に書いてある」
「ふふ、秘密ー」
「・・・」
湊は黙っていたが、真依が嬉しがっている理由は何となく察していた。
昼休み
昼食を終えた真依は、英語の教師である水瀬先生のもとを訪れていた。
「先生ー! 聞いてくださいよ。 昨日の夜話したんです、明希くんと」
「随分と嬉しそうだね」
「やっぱり分かっちゃいます?」
「そりゃあ、いきなりやってくるくらいだからね。 まぁでも、それなら昨日話してよかったよ」
先生に明希の過去云々と聞いていなければ、当然昨夜の一件はないのだ。
「・・・羽月さんは、過去のことを聞いて明希を嫌いになった?」
「いいえ? どうして嫌いになる必要があるんですか? 寧ろ、克服してほしい、助けてあげたいなって思うくらいです」
「よかった。 じゃあ、今日の夜から大変になるかもしれないけどよろしくね」
「・・・?」
水瀬先生は用事があるらしく、真依の要件が終わった途端どこかへ行ってしまった。 意味深な言葉。
―――何をよろしくなんだろう?
と、考えてみても分からなかった。
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