一週間の同居生活⑤
放課後は日課のように湊と帰る。 そこで気になっていたことを尋ねかけた。
「今日明希くんと、6限目の休み時間何の話をしていたの?」
「え? 見てたの?」
「ちょっとお花を摘みに行こうとしてね。 チラッと見えた程度だったんだけど」
壁に隠れてガン見して、トイレへ行きそびれたとは言えなかった。 もちろん、授業が終わり次第速攻にトイレへ駆け込んでいる。
「・・・真依を困らせるな。 そう忠告しただけだよ」
「・・・何それ?」
「昼休み、夢がどうのこうのって言っていたけど、本当は水瀬と何かあったんだろ?」
「いやいや、あれは本当に夢を見ただけで・・・」
「俺は真依とずっと一緒だから、何となく分かるんだよ」
真依は少し驚いていた。 確かに自分のことはいつも心配してくれるが、それ以外は引っ込み思案気味で男らしいとは言えない。 ただそれを補って余りある優しさが湊の最大のいいところ。
そう思っていたのだが、やはり男子ということなのだろう。
「うん、ありがと。 気持ちは嬉しい」
「あ、う、うん。 ごめん、ちょっと先走っちゃったかも」
「いいよ。 今日の私、確かにどうかしてたし。 大丈夫、明日からはいつも通りの私に戻っているから!」
そう、そのはずだ。 既に平常心は取り戻している。 ただ今日の夜、明希の兄がチラッと言っていたことを聞こうかと思っていた。 それだけが不安な点だ。
「ここまででいいのか?」
「いつもありがとね」
こうして湊と別れた真依は、晩御飯の材料を買うためにスーパーへ向かった。 生活費としてのお金だけは両親から受け取っている。
世話になりっぱなしではマズいため、夕食の準備をしておこうと考えたのだ。
真依が作った料理は、明希の両親に好評だった。 無難に唐揚げやお浸しといった家庭料理でまとめたのが、よかったのかもしれない。
風呂から上がり後は寝るだけの状態になった真依は、今明希の部屋の前に来ている。 軽く深呼吸をし、勇気を出してノックした。
「真依、だけど。 話があるんだ」
「・・・それ、必要なこと?」
「私にとっては、必要なこと」
そう言うと、ドアを開けてくれた。 迎えたのはゆったりとした音楽に、ふわりと香る石鹸の匂い。 明希は風呂上りなのか薄着で、まだ髪も乾いていなかった。
「入んねぇの?」
「え、いいの?」
「俺は別に構わないけど」
嫌われていたなら、部屋の前で話すことになる可能性も高いと思っていた。
―――私のこと、嫌ってはいないのかな・・・?
これだけでは何とも言えないが、少なくとも顔も見たくないといったことはなさそうだ。 明希は真依をローテーブルに腰を下ろすよう促すと、勉強机に座った。
部屋全体は少し薄暗く、シックモダンな家具と雰囲気がよく似合っている。
「で、話って?」
「えっと、まず聞いてもいい? 私のことどう思ってる? ・・・嫌い、とか?」
「ん? 何とも思っていないけど」
「そ、そっか・・・」
嫌われていないと、明希の口から聞き少しホッとした。 元から告白されたのなんてただの夢の話であり、何とも思われていないのは想定していたことだ。
「話ってそれ?」
「ううん、違う! 本題はここから。 ・・・明希くん、過去に何かあったの?」
「・・・どうして?」
「英語の先生、明希くんのお兄さんがチラッと言っていたから。 それに学校にいる明希くんと、家にいる明希くんは全然違う」
そう言うと、明希は少し考えた後口を開いた。
「・・・まぁ、いいか。 特に隠していることでもないし、話しても」
そうして明希は、自分の過去を話してくれた。 中学校二年生の時、大切な彼女を事故で亡くしたこと。 それがきっかけで、もう大切なものは作らないと決めたこと。
“失うくらいなら最初からない方がいい” それが明希の考えだった。
「・・・そう、だったんだ」
明希の交友関係が広いのは、親密な関係にならないため広く浅くを心がけているからだそうだ。 真依に冷たい態度を取っていたのは、一緒に住んでいると心の距離が近くなりそうだったから。
心の距離が近くなると、自然と大切なものになってしまう。 それを避けるためだった。 未だモヤモヤするのを感じたが、事情を聞けば納得できないこともない。
「・・・話してくれて、ありがとう」
「ん。 じゃあもう話は終わり。 部屋へ戻りな」
真依の話を聞いてくれたのは、真依が真依にとって必要だと言ったから。 必要以上には関わらないが、誰かを傷付けたくもない。 必要な時は見捨てたりはしない。 昨日、空腹だった時がまさにそうだ。
だがそれだけだ。 明希は自分でパーソナルスペースを定め、それ以上踏み込むことは決して許さない。 用事が済んでしまえば、真依をここにいさせる理由はなかった。
「ま、待って」
「俺の話の意見、感想は受け付けない」
「じゃあ、これだけは言わせて。 ・・・大切なものは、一つじゃなくてもいいと思うよ」
長い沈黙の後、息を吐き出すように明希は言った。
「・・・憶えておく」
真依が部屋を出ると、やはり鍵をかけてしまう。
―――明希、くん・・・。
ただ鍵をかけるまでの時間が、昨日よりもほんの少しだけ遅かったように思えた。
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