一週間の同居生活④
「俺、羽月のこと、入学した時からずっと好きだったんだ」
学校の屋上、真依の目の前に立っているのは髪を風になびかせる明希の姿。 朝、下駄箱に入っていたラブレターで呼び出されるという古風な手法。 それでも真依の心臓は、早鐘を打ったようだ。
確かにカッコ良いとは思っていたし、明るくて社交的。 悪いイメージなんて抱きようがない。 だがそれも昨日一日を過ごして、印象がかなり変わっていた。
というより、まだまともに話すようにもなっていない。 明希の家に居候するようにならなければ、距離が近付きようもなかっただろう。
「私は――――」
その時、大地震なのか凄まじい揺れが真依を襲う。 どうやら全てが夢で、ベッドから転がり落ちたようだった。
「んぁ・・・? ここどこ・・・」
しばらくぼーっとして、自分が自宅ではなく明希の家で寝ていたのだと分かる。
―――夢・・・。
それはそうだと思う。 昨日一日を過ごし、寧ろ嫌われているのではないかと思った程なのだ。 ただそれでも、まだ心臓がドクドクと脈打っていた。
何となく気まずい気分で家を出て、学校へ行く。 登校中、湊に屋上で一緒にご飯を食べようと誘われた。 いつもは美桜と一緒に食べるのだが、何故か今日は押しが強かったため了承した。
「おーい。 真依ー? 大丈夫かー?」
「・・・え? あ、あぁ、ごめん」
ただ屋上に来ると、夢の内容が頭にちらついてしまった。 別に好きでも何でもないというのに、強制的に意識させられるようなモヤモヤとした感じ。
「何かあったのか?」
「いや。 ただ昨晩、ちょっと変な夢を見ちゃってさ」
「ふぅん・・・」
「まッ、気にしないで! さぁ、早くご飯を食べよ!」
「いや、何を言ってんの?」
膝の上を見れば、購買で買ってきたパンの袋が乗っているばかり。 どうやら既に昼食のパンは食べ尽くしてしまったようだ。 そう言えば、口に焼きそばパンのソースの味が残っている。
昼休みはまだ残っていたが、真依は教室へ戻ることにした。 屋上にいては妙に気になって仕方がない。 湊は少し不満そうだったが、渋々納得してくれた。
「真依ちゃーん? 大丈夫ー?」
「・・・え?」
「どこか悪いの?」
「いや、どこも悪くないよ」
「そう? さっきから話しかけても、ずっとふわふわしている感じだからさぁ」
教室へ戻っても、元の調子には戻らない。 窓際で話している明希たちのグループが、やたら気になって仕方がなかった。
―――あー、もう!
―――何なんだ!
―――たかが夢で出てきただけっていうのに、あっち行けッ。
頭の中の、告白する明希(美化120%)を追いやって、次の授業に臨んだ。
5限目が終わり、トイレへ向かっていると見覚えのある二人が話していた。 明希と湊である。 階段の角に身を潜め、ちらりと覗いてみた。
―――珍しい。
―――何を話しているんだろう?
特に二人に接点はないはずだ。 元々友達だったという話も聞かない。 聞き耳を立てようにも、そこそこ距離があり何を話しているのかまでは分からなかった。
「なかなか変わった趣味をしているね、羽月さん」
「わわわッ。 先生! しーッ!」
声をかけてきたのは英語の先生だった。 真依は英語が得意なため、先生からの信頼も厚い。 こそこそ聞き耳を立てていたくらいでは、その信用は揺らいでいないようだ。
「ふふ、これで僕も共犯っていうことになっちゃうな」
「あ、そういうわけじゃないんですけど」
「冗談だよ。 そう言えば、羽月さんって僕のベッドで寝ているって聞いたんだけど」
「・・・はい?」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。 口からも『ちょっと何を言っているのか分かりません』と、出かかったくらいである。
ぐるぐると考え、目の前の教師の名字が水瀬であったことに思い当たった。
「ま、まさか・・・! 明希くんのお兄さんなんですか?」
「そのまさか。 秘密にしているわけじゃないけど、大々的に宣伝する程のことでもないからね」
「え、えっと、お世話になっております」
「英語の成績トップクラスの羽月さんなら、嬉しいくらいだよ。 明希の奴、英語だけは苦手だからよかったら教えてあげてくれない?」
「私はそんな、教えられる程大したことは・・・」
明希の英語が苦手といっても、それは他の教科に比べてというだけだ。 偉そうに『教えてやろう』なんて言ったら、握り拳が飛んできそうである。
―――いや、そんな暴力を振るったりはないか。
基本的には冷たくされていても、何だかんだ優しいところもある。 水瀬先生は明希と湊に目を向けながら、ボソリと呟いた。
「羽月さんなら、過去に縛られる明希を・・・」
「え・・・?」
「いや、何でもないよ。 それじゃあ、何かあったら気軽に先生に相談してね」
あっけらかんとそう言うと、スタスタと教室へ向かって歩き去った。 その去り際、英語で言い残した言葉を真依はハッキリと聞いていた。
“本命はどっちなのかな”
授業開始のチャイムが鳴る。 いつの間にか、明希と湊はいなくなっていた。
―――って、私、トイレへ行こうとしていたんだったぁー!
どうやら6限目は、膀胱との戦いになりそうだった。
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