一週間の同居生活③




1限目の数学、2限目の国語と特に平穏な時間を過ごしていたのだが、3限目の体育でちょっとしたことがあった。 といっても、授業中は何もない。 男子はサッカーで、女子はバレーをしただけだ。


「もー! ボールの数の確認とか、返す時にすればいいのに」


たまたま順番でやることになった片付けをしていると、後ろから冷たい声が飛んだ。


「・・・邪魔なんだけど」

「へぁッ!?」


―――驚いて変な声が出たー!


後ろには明希が立っていた。 サッカーボールを手に持ち、不機嫌そうな顔をしている。


―――って、学校では笑顔で優しく接してくれるんじゃないの!?


家用と学校用と分けている可能性を考えていたが、どうやら違ったようだ。 またもや黙って避けると、無言でボールを片付けてしまう。


「水瀬ー、まだかー?」

「あぁ、すぐ行くわー!」


男子の明希を呼ぶ声、それに応える明希。 どう聞いても、自分に対して発せられるものとは違っていた。 しかも相手から見えていないというのに、満面の笑顔だ。 

明希は真依を一瞥すると、キュッと顔を引き締め無言で立ち去っていった。


「・・・へはは」


全身の力が抜け、口から奇妙な音が漏れる。 どうやら自分は、明希に嫌われているらしい。


―――もしかして、美桜と一緒にジロジロ見ていたのがバレていたのかなぁ・・・。


バレーボールを片付け、倉庫を閉める。 それからも特に何もなく、何だかスッキリしないまま一日の授業は終わった。






放課後はまだ部活が始まっていないため、湊と帰ることになる。


「あのさ、水瀬くんの家にお世話になってるっていうこと、絶対誰にも言わないでね?」

「・・・何で? ってか、言うわけないけど・・・」

「ありがと! 仕方ないとはいえ、やっぱり外聞が悪いからね」

「仕方ない、仕方ない、って、何とかする方法はあるんじゃないのか?」

「あるとは思うけど、無理する必要もないというか・・・」

「真依さ。 本当は、喜んでいるんじゃないの?」

「いやいやいや、ないないない!」


真依は大きく手を振って否定した。 本当にいいと思ったことなんて一つもない。 強いて言うなら、ご両親がよくしてくれることくらいだろう。


「何か・・・」

「何か、なに?」

「・・・別に・・・」


どうにも湊の歯切れが悪い。 長年一緒にいるため、彼が自分のことをどう思っているのか全く分からないわけではない。 ただその現実を否定したい自分がいる。 

今の自分たちは、今の関係でいるのが一番いい。 それを真依はよく分かっていた。


「ここまででいいよ。 湊の家、方向が違うし」

「うん、気を付けて。 何かあったら連絡をしてほしい」

「分かった、ありがと。 湊のこと、頼りにしているから」

「だったら・・・ッ! いや、また明日な」


湊と別れると、真依は明希の家へと向かう。 何だか足取りが重いのは気のせいなのだろうか。


―――何か、上手くいかないなー。


確実に今までの日常に変化が起き始めている。 ただそれを受け入れたくなかった。 明希の家に着き、インターホンを鳴らす。 誰も出ない。 ドアには鍵がかかっていて入れない。


「ッ、私の馬鹿ぁー! 家でも鍵なくて入れなくて、ここでも鍵なくて入れないんかーい!!」


湊の家にお邪魔させてもらう手もあったが、先程のこともあり何となく今は会いにくかった。 美桜はまるで家の場所が違う。


―――・・・仕方ない。


昨日から湊が言った通り、確かに“仕方ない”で諦めてしまっているような気はしたが、どうしようもなかった。 幸い庭に小さなテーブルセットが置かれていたので、そこで課題をやることにする。 

――――はずだったが、精神的な疲労からなのかいつの間にか寝てしまっていた。






「・・・おい、おい。 起きろって」

「んぁ・・・」


見上げると、明希の顔がそこにあった。 すっかり日が落ちていて、随分と長い間眠ってしまったようだ。


「お前、こんなところで何してんの?」

「えっと、鍵が開かなくて入れなくて、それで机を見つけて、課題をやって・・・。 誰かが帰ってくるのをずっと待っていたんだけど」

「本当に間抜けなヤツだな。 それに・・・」


明希は課題を指差している。 そこには黒い染みができており、おそらく涎を垂らして寝ていたのだろう。


「うぉう!?」

「ガキだな」

「へっくちッ」

「更に風邪も引いてんのか・・・?」


喉が痛いといったことはないが、確かに身体は冷えてしまっている。


「へっくちッ」


くしゃみが出るのが、何だかとても恥ずかしかった。 それを隠すよう課題を揃えると、借りていた鞄に押し込んだ。 すると明希は家の鍵を開け、靴箱に置いてあった鍵を手渡してくる。


「なくすなよ」

「あ、うん・・・」


と返事をした時、お腹が鳴った。 真依は顔から火が出そうな程恥ずかしく、言葉が出てこない。


「・・・はぁ。 風呂でも入ってこいよ。 その間に、何か作ってやるから」

「すびばせん・・・」


そのまま明希は無言でキッチンへと消えていった。 取り残された真依は、家の中に入ると早速風呂場へ向かう。 正直、今は全ての恥を洗い流してしまいたかった。


―――なーにをやってんだ、私は・・・!


この家に来てからいいところを見せれてないどころか、悪いところばかり見せている。 普段ならそれを気にする程やわな精神はしていないが、今は別。 

まともに喋ったことのないクラスメイトの男子の家にいるのだ。


―――自業自得とはいえ、変な噂を流されたりでもしたら、高校三年間のハッピーライフが吹き飛んでしまう!


冷静に考えてみてもかなりマズい。 寝顔を見られ、涎を見られ、腹の音まで聞かれたのだ。


―――・・・名誉挽回ができればいいんだけど。


夕食すら作ってもらうことになっている。 真依も料理は得意であるが、既にアイデンティティーは失われてしまった。 お風呂から出るとリビングへと向かう。 

それから数分も経たず、出てきたのはふわふわのオムライスだった。


「へぇ、美味しそう・・・」


手を合わせて挨拶をし、スプーンで口に運んだ。 味付けとしてはシンプルであるが、だからこそ卵の半熟具合がご飯に絡んで美味しかった。


「ガキのお前にはピッタリだろ」


それを聞き、持っていたスプーンを一度置いた。


「お前お前って、私には羽月真依っていう名前があるんですけど!」

「・・・そうか」

「え、それだけ・・・?」

「他に何かあるのか?」

「いや、えっと・・・」


きちんと名前で呼んでほしい。 それを言いたい気もしたが、何となくこっぱずかしかった。 リビングを出ていこうとする明希を、呼び止めて言う。


「ありがとう。 美味しいよ、これ」

「・・・当たり前だろ」


そのまま扉を閉め、さっさと二階へと消えていった。 一人もくもくとオムライスを食べた。 丁寧に作られていて、調理風景が浮かぶ。


―――突き放したり、親切にしたり、遊ばれているのかなー、私。

―――でもこのオムライス、本当に美味しいや。


その後は皿を洗って、周辺を片付け、部屋へと向かう。 課題の残りを終えると、23時過ぎにはベッドに入った。 こうして今日も一日が終わった。



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