一週間の同居生活②
初めての場所での朝。 その違和感が消えるまで、窓の外をぼーっと見つめていた。 とはいえ、月曜日の今日、休み気分は振り払い学校へ行く必要がある。
自宅よりは近いが、のんびりはしていられなかった。
―――課題の分からなかったところ、湊に教えてもらおっと。
明希の両親は朝早くから仕事のようだ。 用意されていた朝食を済まし学校へ行くのだが、肝心の明希はテレビを見続けていて行く気配がなかった。
―――余程テレビ好きなのかな?
絡んで嫌な思いをしたくはない。 どうせ嫌われているなら、近付く必要もない。 真依はそう考え、一人明希宅を発った。 よくよく思い出せば、明希はいつも学校に来るのが始業ギリギリだ。
自宅マンションの下まで行くと、湊が待っていた。 インターホンに反応がないことを、不思議に思っていたことだろう。
「おっはよ、湊!」
「あれ? ・・・ま、真依!? え、どこかへ行っていたのか?」
湊は黒髪ショートカットの男子で、平均的な身長に中性的な顔付きをしている。
「それがさぁ・・・」
と、昨日の朝からの事情を全て話した。 多少の脚色を加えて。
「はぁ!? あの水瀬と今、一緒に住んでんの!?」
「人聞きが悪い言い方だなぁ。 一緒に住んでいるって言っても、明希くんの両親もちゃんといるからね?」
明希が自分のことを嫌っているだろうことも伝えている。 案外優しいところもあると、一応フォローもしている。
「真依の両親は海外へ出張だろ? どうして俺のところじゃないんだよ」
「だから言ったじゃん。 男女一つ屋根の下なんてありえないって、お母さんが決めたって」
「なのに、水瀬のところになるって意味が分からないよ」
「明希ちゃんを女の子と勘違いしたらしいよ。 おっちょこちょいだよね」
「それは、真依も人のことを言えないっていうか・・・」
「・・・何か言った?」
ギロリ、と湊を睨み付ける。 それだけでたじろいだようだ。
「まぁ一週間だし、何とかやりますよー。 もし『こりゃあかん!』って思ったら、湊のところに避難しに行くかも」
「それなら、すぐにでも俺の家へ来たら・・・?」
「えぇー。 何か変なことを考えているでしょ?」
「ば、馬鹿ッ! 俺は真依のことが心配で」
「まぁいいよ。 そんなことをしたらお母さんに伝わるの見えているし、大変なことになっちゃう」
「分かったけどさ・・・」
二人は学校へ向かって歩き始める。 もちろん、ただの幼馴染であり付き合っているといったことはない。 だから二人を知る者からすれば、見慣れた光景でもあったりする。
「おはよ、お二人さん! 今日もお熱いねー」
「そうだね、ここんところ本当に暑いよねー」
なんて、すれ違い挨拶もお手の物だ。 ただ湊一人、不満そうな顔をしているのだが。
「そういや、さっき課題分からないところがあるって言っていたよな。 学校に着いたら、教えてあげるから」
「マジッ!? サンキュー湊! 大好き!」
「・・・これくらい当然だよ」
こうしていつも通り、二人は登校し教室までやってきた。 まだ時間に余裕はかなりある。
少しくらいのんびりしてもよかったのだが、湊が早速とばかりに課題を持ってやってきたため教えてもらうことにした。
「ここはこうして、で、Xに12を代入するんだ」
「ほうほう、なるほど・・・。 って、何? 顔に何か付いてる?」
「あ、いや・・・。 えっと、今日は化粧していないんだなって」
「流石に、勝手に借りるわけにもいかないでしょ。 でも、ノーメイクではないよこれ」
そう言いながら、真依は湊に頬を近付けてみせた。 うっすらと化粧しているのが分かっただろう。
「ほ、本当だ」
「ナチュラルメイクも悪くないんだけどね。 これはそれ以下の、本当に応急処置って感じだからなー」
「悪くない、可愛いと思うよ」
「本当ー? ありがとー!」
「水瀬には・・・」
「ん?」
「いや、何でもない。 とりあえず、これで終わりだな」
そう言うと、彼は隣の教室へ戻っていく。 いつの間にかHRが始まるギリギリになっていたようだ。 何気なく窓際を見ると、明希や友人たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
―――あれ、いつの間にか来ていたんだ・・・。
―――やっぱりあれが、普通の明希くん、だよね・・・?
―――家と学校で、キャラを使い分けているのかな。
水瀬宅での自分への接し方と全く違う、男女問わず仲よくする彼の姿だった。
HRが終わると、ゆるふわショートの女子が近付いてきた。 真依とクラスで一番仲のいい友達で、美桜(ミオ)だ。
「隣のクラスなのに、相変わらず仲よしを見せつけてくれちゃって! もう付き合っちゃえばいいのにぃ」
「幼馴染って、そういうのじゃないんだよね。 姉弟みたいというか」
「そんなことはないと思うけどなぁ。 ねぇ、もし告白とかされちゃったらどうする?」
「えぇー。 何よいきなり。 湊とねぇ・・・」
想像してみたが、やはり付き合うというイメージは湧かなかった。 年頃の男女、今までも考えたことがないわけではない。 ただ一歩踏み込むかと聞かれたら、踏み込まないと即答するだろう。
「っていうかさ、付き合うって、何をするの?」
「えっと、一緒に登下校したりとか・・・?」
「それは今もしているからねー」
「休みの日は、遊びに行ったりとか・・・」
「それも既にしてますねー」
「なーんだ、つまんないのー」
頬をぷぅっと膨らませるが、その話題も飽きたようで今度は明希に目を向けた。
「じゃあ、明希くんに告白されたらどうする?」
「ぶはッ。 また突然だね・・・」
明希は学校ではクラス一番、どころか学年一のモテ男だったりする。 確かに容姿もいいしスポーツも万能だ。 テストの成績もいい。
ただ昨日一日を思い出せば、イメージがガラガラと音を立てて崩れていた。
「私は明希くんに告白なんかされたら、屋上で交際宣言したいくらい舞い上がっちゃうけどな」
「・・・それは凄まじいね」
この様子では、今現在明希の家にお世話になっているとは言えなかった。 別に本当に何ともないのだが、いらない心労をかける必要はない。
―――湊に言ったのも、失敗だったかなぁ・・・。
後で時間があったら、釘を刺しておこうと思う真依であった。
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