一週間の同居生活

ゆーり。

一週間の同居生活①




「え、えっと・・・。 今日から一週間、お世話になります」


ある日曜の昼下がり。 ごく普通とも言える一般住宅を前に、羽月真依(ハヅキマイ)は背の高い少年に頭を下げていた。 社交的で、男女区別せず友達が多いのを知っている。 

もっとも真依は、話したことはなかったのだが。


「・・・」


眺めるばかりで何も言わず、水瀬明希(ミナセアキ)は黙って家の中へと引っ込んでいった。 学校では常に笑顔で、まるでキラキラと輝いているように見える程だ。 

だから、良好な対応が待っていると思っていたのに。


―――明希ちゃんって、女の子じゃないよ!

―――お母さぁーん!!


がっくり項垂れる真依は、そんな彼と今日から一週間一つ屋根の下で過ごすことになる。 前途多難とも言える始まりにショックを隠し切れないが、このようなことになったのは今朝の両親の言葉からだった。






「ええぇぇー!? 海外出張って、マジ!? 嘘でしょ?」


日常の一コマとも言える朝食の最中、両親は突然そのようなことを言い出した。


「ちょっと昨夜問題が起きて、どうしても行かなければいけないのよ」


一人っ子である真依は家に当然一人、顔は驚きつつもこの一週間自由を謳歌できることに胸を弾ませていた。 だがそれは、儚くも砕け散ることになる。


「今日から居候させてもらうお宅の住所、携帯に送っておいたから」

「はい? 何を言っているんですか、この人は。 私は一人でも平気だよ?」

「まだ女子高生になりたての可愛い娘を、一人にさせるわけがないでしょう。 大丈夫、相手はお母さんの仲のいい友達のところだから。 真依と同い年の子供もいるんですって。 仲よくね」


余計なお世話だった。 自宅がいい、自宅がいいのだ。 料理だってできるし、洗濯や掃除くらい一週間くらいやってみせる。 知らない人の家へ行くだなんて、身体中がむず痒くなってしまう。


「いらないいらない! 断ってよ。 あ、もしかして、湊のところ・・・?」


真島湊(マシマミナト) 幼馴染の男子で、両親共に付き合いがある。 それなら、相手家族全員と仲がいいし悪くないかもしれないと思ったのだが、返ってきたのは無慈悲な否定だった。


「年頃の男女が、同じ家で寝泊まりって駄目でしょ。 頼んだところには女の子がいて、明希ちゃんって言うらしいから仲よくね」

「もしその子が、すごーく意地悪な子だったらどうするの? か弱い白鳥のような私は――――」

「馬鹿を言っていないで、頑張りなさいダチョウさん。 飛行機に遅れるから、もう行くね」


こうして両親は、どこか知らない遠い外国へと旅立っていった。 真依としてはこのまま家にいてもよかったのだが、それだと相手方に迷惑がかかることになる。 

とりあえず携帯と鞄を持ち家を出たが、ここで大変なことに思い当たった。


「や、ヤバい、鍵・・・」


オートロック式のマンションである家の鍵を、両親に貸したまま返してもらっていない。 着替えも何もかもない状態で、出てきてしまったというのに。

幸いなのが、両親がここ一週間の寝床を用意してくれているということ。 先程まで憤慨していたが、気を取り直して相手方の家へと向かって歩き始めた。






携帯に送られてきた情報に住所と地図、名字が書かれているのを見て嫌な予感はしていた。


―――水瀬明希・・・。 

―――まさかね?


先程母親の話した名前と合わせると、クラスメイトの男子の名前と重なった。 入学したて、妙に女子っぽい名前だと思ったため印象に残っている。 だた流石に、同姓同名であるだけと思っていた。


「いやはは、悪い予感は当たるって本当だね」


閉まったドアの前で、真依は小さく呟いた。 どうしようかと考えていると、もう一度ドアが開く。


「何をしてんの・・・? 父さんから聞いてるから、早く入って。 そこに立っていられると迷惑」

「あ、はい。 すみません・・・」


―――って、何なのその言い草はぁー!

―――迷惑、迷惑だって?

―――このか弱い白いヒヨコのような私に、玄関に立っていられると迷惑!?


鼻元がピクピクするのを抑えながら、深呼吸をして中へと足を踏み入れた。 外観普通、中身普通、綺麗に手入れされていて清潔さを感じる。 

ただやはりというか、初めての場所だからか嗅ぎ慣れていない匂いが何とも奇妙だった。


「スリッパ、いらないよな。 客じゃないし」

「え、あ、どうも。 おかまいなく・・・」


―――何か、いつもより暗い?

―――というより、明らかに寝起きっぽいよなぁ・・・。


学校でまともに話したことはないが、見た目は凄くいいため時々眺めては楽しんでいた相手だ。 ただ雰囲気だけは違う。 まるで、別人のように思える程だ。


「入んねぇの?」

「は、入ります!」


フローリングに足を乗せたところで、彼はスタスタと二階へ上がってしまった。


「あ、あの! 荷物は、どこへ置いたら・・・」

「・・・あー。 そこら辺に、適当でいい」

「わ、分かりました・・・」

「あと、俺は昼飯いらないって伝えておいて。 リビングへ行ったら、母さんがいると思うから」


そう言ってリビングを指差す。 そちらへ目を向けている間に、明希は消えてしまっていた。


―――日曜日だし、また寝るのかな?

―――全ッ然、学校とテンション違うけど、眠いせい?


「まぁ、いいや」


真依はおそるおそるリビングの扉を開く。 それに気付いたのか、長い髪の女性が笑顔で話しかけてきた。


「あらー! 貴女が真依ちゃんね! 想像していたより100倍可愛いじゃない! いつも真依ちゃんのお母さんたちには、お世話になっているわ」

「あ、あの、本当に泊ってもいいんですか?」

「もちろんよぉ! 何でも遠慮せず、自分の家だと思ってくれたらいいからね」

「いやぁはは、流石にそれは無理というか・・・」


乾いた笑いが漏れる。 真依の両親は女の子がいると思い込んでいたが、水瀬家ではしっかり女の子を預かることを分かっていたようだ。 その後は簡単に挨拶をし、昼食の時間となった。


「明希、降りてこないわねー。 真依ちゃん悪いんだけど、明希のことを呼んできてくれる? 今手が離せないの」

「あー! そう言えば明希くん、昼食はいらないって言っていました」


名前呼びするのに少々抵抗を感じたが、水瀬家にいるため仕方がなかった。


「そうなの!? もう、それなら早く言ってよー。 作り過ぎちゃったじゃない・・・」

「ご、ごめんなさい」

「違う違う、真依ちゃんは悪くないのよー。 ウチの明希が言わなかったのがいけないんだから」


こうして何故かよく分からないが、明希の母親との二人の昼食の時間が始まった。 父親も部屋にいるらしいのだが、忙しいらしくまた別に時間を取るという。


「平日、帰りがちょっと遅いけど、冷蔵庫のものとか勝手に食べてもいいからね」

「本当ですか・・・」


水瀬家は両親共に、医療関係の仕事に就いているらしい。 帰りが遅くなるということは、必然的に明希と二人きりの時間が増えるということだ。 先程のことを考えると、不安で仕方がない。


―――やっぱりお家がいいよー!

―――管理会社か何かに言えば、開けられるだろうけど・・・。


明希の母親をチラリと見た。 ニコニコしていて楽しそうである。 それは自分のことを、本気で歓迎してくれているように思えた。


―――・・・しゃーない、腹くくりますか!


ということで、作ってくれた焼きそばに箸をつけた。 焦げたソースが香ばしくかなり美味しい。


「明希ってさ、学校ではどんな感じ?」

「明希くん、とても人気者ですよ。 男子からも女子からもよく話しかけられていて」

「嘘ぉ? あんなに暗いのに?」


真依が知る明希は、いつも笑顔で明るく社交的。 八方美人とも見えるが、まるでアイドルのような模範的生徒といったイメージだった。 ただここへ来て、確かに暗いと思った。 

それは眠いからだと思ったのだが、どうやら違うらしい。


「暗い・・・?」

「家ではいつも寝てばかりだし、友達から遊びに誘われない限り家から出ないのよ」


真依はクラスで明希と話したことはほとんどない。 必要最小限のやり取りといった具合。 『お前ってうちのクラスにいた?』と言われても、おかしくないくらいだ。 考えていると、悲しくなってきた。


―――外では無理をしているのか、それとも反抗期なのか。

―――そう考えると、ちょっと可愛いな。


だが先程の冷たい視線を思い出すと、その幻想は煙のように消えた。 まだよく分からないというのが結論だ。


「そう言えば、真依ちゃんの荷物はどうしたの?」

「あ、そうだった! 実は・・・」


と、ここで本当はお断りするつもりだったのに、オートロックが閉まってしまい家に入れなくなったことを伝えた。 当然必要最小限の荷物はあるが、泊れる用意なんてない。


「くす。 真依ちゃんって、実はおっちょこちょいなのね」


―――あんのやろぉー!

―――全部ウチのお母さんが悪いっていうのに、私が恥かいちゃったじゃん!!


そのようなことを思いつつ、それを顔に出さないようにしたためか不自然な顔になったが、何とか誤魔化せたようだ。


「まぁ、何とかしてあげるわ。 ご飯食べたら部屋に案内するわね。 長男の部屋なんだけど、今はもう一人暮らしをしているから使っていないのよ」

「何から何までありがとうございます。 私に手伝えることがあったら、何でもしますので」


昼食後、案内された部屋でそう言って別れた。 二階の角部屋、風通しがいいよう窓が二つ付いている。 私物らしきものは片付けられたのかなく、清潔感が保たれていた。

真依は明希の母親の背中を見送ると、早速とばかりに携帯を起動した。 まだ飛行機は飛んでないはずだが、飛んでしまえば連絡を取れるのがかなり後になってしまう。 

三度のコール音の後、母親が電話に出た。


「馬鹿ぁー! 阿保ー!」

『い、いきなり何よ』

「何が明希ちゃんっていう女の子よ! クラスの男子だったんですけど!?」

『嘘・・・。 どうやら勘違いしてしまったみたいね』

「それに鍵! 私の鍵! 昨日の夜、貸して返してもらってない!」

『あら・・・。 どうやら、うっかりしてしまったみたいね』

「ふ、ふざけてんの・・・?」

『ふざけてなんかいないわよ。 私たちだって、急だったんだから仕方ないじゃない』

「仕方ないで済んだら、日本国憲法は整備されていないっての・・・!」

『何馬鹿なことを言ってるの。 水瀬さんところの両親、凄くいい人だから大丈夫よ』

「そういう問題じゃないでしょ。 不純異性交遊しちゃうよ?」

『へぇ。 今まで彼氏の一人もできたことのない真依が、不純異性交遊ねぇ』

「ち、畜生!」

『まぁ、一週間だから。 あまり迷惑をかけるんじゃないわよ? アンタ、時々お馬鹿なんだから』

「お母さんの血が私に流れているからでしょう!」

『そのおかげで可愛く生まれたんじゃない。 感謝してほしいくらいよ。 じゃあ、そろそろ飛ぶから』

「ちょ、まー!」


既に電話は切れていた。 どうやら逃げ場はなく、本当にこの一週間をここで過ごさなくてはいけないらしい。


「・・・はぁ。 課題でもしよう・・・」


諦めるようにそう言ったが、当たり前のように勉強道具なんて持ってきてなかった。


―――あぁ、もう!

―――畜生ーッ!






いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 机にできた涎のあとを慌てて拭くと、硬くなった身体から乾いた音が鳴った。


「くぅぅぅ」


窓から夕陽が差し込んでいるのを見るに、かなりの時間が経ったようだ。 カーテンを閉めると、改めていつもの場所ではないことを実感した。


「勉強道具がなくて、どうしようかってなって・・・」


机にある参考書に目を向ける。


「本棚でこれを見つけて、勝手に読んでいたんだっけ。 お兄さん・・・って、言っていたよね」


少し年代を感じる代物であるが、びっしりと書き込まれ読んでいるだけで頭がよくなりそうな気がした。 といっても、それで課題がどうこうできるわけではない。 興味が湧いて読んでいただけだ。


―――課題はプリントだったから、明希くんにコピーを取らせてもらいたい・・・。


できていなかったら流石にマズい。 ただ明希が、既に課題を終えている可能性も高い。 本当は寝る前にお願いをしなければいけなかったのだが、すっかり寝てしまっていたのだ。


―――まっずいなぁ・・・。


部屋を出て頼みにいったのだが、どうやら明希は出かけているのかいないらしい。 がっくり肩を落としていると夕食に呼ばれてしまい、晩御飯を食べることになった。


―――何だか、ここへきてからご飯ばっかりを食べてるなー。


昼とは違い、明希のお父さんも同席している。 両親共に温和で、笑顔の絶えない二人だ。


「ウチにも真依ちゃんみたいな娘がほしいもんだな。 明希の奴、外でばっかり食べて一家揃うことの方が少ないんだ」

「お父さんも、お仕事で部屋にいることが多いでしょ。 まぁ確かに真依ちゃんみたいな子がいたら、楽しそうって思うけどね」

「ど、どうも」


やたらと褒めてくれる二人に、照れ臭さを隠すので精一杯だ。 食事を終えると、一番風呂まで譲ってくれた。 まさに至れり尽くせりと言える。


―――あー、何だか人の家のお風呂って落ち着かない・・・。


着替えも大きめの男物を借りることになった。 といっても、下着類はどうやら昼に買ってきてくれたらしい。


「ふぅー。 っと、明希くんもう戻っているかな?」


二階の明希の部屋まで歩く。 先程もだが、可愛らしいドアプレートが飾られてあり目を引いた。 水色とエメラルド色で作られたガラス細工。 

名前は書かれていないが、案内されたため明希の部屋だと知っている。


「おい」

「えッ」

「人の部屋の前で、何をやってんの?」

「あ、えーっと・・・」


明希だった。 どうやら今帰ってきたようだ。 まだ髪どころか、身体から湯気が上るような状態のため恥ずかしかった。


「数学の、課題のプリントを家に置いてきちゃって・・・。 もしよかったら、コピーさせてもらいたいなーっと、思いまして・・・」


真依の言葉を聞き、明希は大きな溜め息をこぼした。


「馬鹿なのか、お前。 着替えも兄貴のものだし、本当に何やってんの」

「す、すみません・・・」

「てか、課題をやり始めるの遅くね? 普通はもう終わってんだろ」

「あ、えっと、それは」


確かに、課題の大半は終わっていた。 後は最後の仕上げというところだったので、その言われようは少し悔しかった。 更に言うなら、元々泊るつもりで家を出たわけではないのだ。


「とにかく、俺は疲れているんだ。 そこをどいてくれ」

「は、はい。 すみません・・・」


真依がドアの横に避けると、明希はさっさと部屋へと入っていってしまった。 カチャリと鍵がかかり、まるで閉め出されたかのようだった。


―――何あれ、何あれ、何あれーッ!

―――暗いどころか、冷たくない!?


塩対応というヤツなのだろうか。 もしかしたら、自分が嫌われているのかもしれない。 トボトボと自分の部屋へ戻ると、涙が出そうになった。 

これから一週間、ここで過ごさなければいけないのだから。


―――今まで、見ていただけだったからなぁ・・・。


ベッドの上で大の字になり、そのようなことを考える。 やはりイメージと現実は違うのだ。 しばらくすると明希の部屋の方から、家の外へと出ていく音が聞こえた。


―――夜も、遊んでばかりなのかな。


ただ学校での成績がいいことは確かだし、自分が何か言える筋合いはなかった。 そう思っていたのだが、しばらく本棚を漁っているうちに部屋のドアが叩かれる。


「はい・・・。 って、明希くん!?」

「・・・」


差し出されたのは課題のプリント。 それもおそらくはコピーされたもの。 それを渡すと、無言で部屋へと消えていった。


―――・・・え、コピーしてきてくれたの・・・?

―――もしかしてこれ、ツンデレっていうヤツ!?


もしそうならお礼の一つもしたい。 そう思って、明希の部屋のドアを叩く。 その後に待っているのは、友好的な交流だと思っていた。


「あくまで一週間共に過ごすだけで、それ以上でも以下でもない。 あまり馴れ馴れしくしてくるな。 以上!」


ドアが開くとそれだけを言って、また鍵をかけ締め出された。 まるで氷河期のような風が吹いた気がした。


―――何がツンデレだ、騙された―!

―――っていうか、自分だって課題やっていなかったんかい!

―――このすかぽんたん!


まるで怒りを課題をぶつけるかのように取り組んだ。 元々、ある程度やっていたため苦ではない。 ただやり進めているうちにあることに気付く。 

何故か所々、うっすらと回答の印刷跡のようなものがあるのだ。


「もしかして、一度全て消してコピーをしてくれた、の・・・?」


もしそうなら、ツンデレどころの話ではない。 真依の中で、明希の株が上がったり下がったりで忙しかった。 こうして共同生活一日目は、何だかよく分からない感じで終わったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る