第480話 親を嫌っても、似てしまうのは必然


 俺とミハイルの告白……いや、ディープキス動画は世界中に拡散され。

 ついには、テレビでも報道されてしまった。


 あれから、3日経った。

 ミハイルの姉、ヴィクトリアにバレてしまったが怖い。

 毎日、震えあがっている。

 俺を殴るぐらいで、彼女の気が済むだろうか?


 ヴィクトリアは、両親を交通事故で失って以来、身を粉にしてミハイルを育てきたという。

 その愛情は俺よりも遥か上……いや、かなり歪んでいる。

 性教育もめっちゃ適当に教えているため、弟の成長は小学生以下で止まっている。


「だが、そこがカワイイ! 早く結婚して、ミハイルを素っ裸にしたいっ!」


 ひとり、自室で叫び声を上げる。

 興奮のあまり、学習デスクを拳で叩いてしまった。


「ふ、ふぇ……ふぇ~ん!」


 訂正がある。

 今はひとりではなかった。

 最近、生まれたばかりの妹。やおいがそばにいたことを。


「すまん、やおい。お兄ちゃんが悪かった」

 ベビーベッドから、そっとやおいを抱き上げ、背中をさすってやる。

「ふぇ~! 受け、受けぇ~!」

 これが無かったら、可愛い赤ん坊なのだが……。


 泣き止まない妹を見て、仕方なく中洲のばーちゃんに習った育児法を試してみる。


 パソコンを起動して、BLアニメで検索。

 とある動画がヒットしたので、サムネイルをクリックすると。


『やめろっ! てめぇ、いい加減にしねぇとぶっ飛ばすからな!』

 金髪のヤンキーが、顔を真っ赤にして怒鳴る。

『だから? 僕は性に対して、正直なんだ? いつも僕をいじめてるじゃん。させてよ』

 どうやら、いじめっ子の方が、真面目な少年に襲われているようだ。

『調子こいてんじゃねぇ! あとでフルボッコだぞ、てめぇ!』

『いいよ? その代わり、僕を楽しませてね』

『あ、やめ……ちゅき』


 なんなんだ、この作品は。

 いじめっ子のくせして、受け入れるなよ……。


 だが、俺の妹はご満悦のようだ。


「うひひひ……」


 気持ちの悪い笑い方だなぁ。


  ※


 母さんが実家である中洲から、妹を連れて帰ってきたのは良いが。

 未だに、お産のダメージが残っているようで、寝込む日々が続いている。

 仕方ないので、俺がやおいの面倒を見ることが多い。


 また泣き出したので、BLアニメを検索しようと思ったが、やめた。

 泣き方が違う。

 これは腹を空かせた時だ。


 やおいを抱きかかえて、リビングへ向かう。

 テーブルには、常時やおい用に哺乳瓶と粉ミルクが置いてある。


 哺乳瓶に粉ミルクを入れて、お湯を注ぐ。

 粉が溶けだしたら、キッチンの蛇口から水を流し、瓶を冷ます。

 何度か繰り返しているうち、適温かな? と自身の頬に当てようとしたその時。


「おい、まだ熱いだろ?」


 背後に誰かが立っている。


「え……?」


 恐る恐る振り返って見ると、そこには大柄の男が立っていた。


 身長は180センチほどか。

 黒く長い髪を首の後ろでくくっている、輪ゴムで。

 黄ばんだタンクトップに、ボロボロのジーンズ。

 

 ホームレスに間違えてしまいそうな、この汚いおっさん。

 俺の父親、新宮しんぐう 六弦ろくげんだ。


 突然の帰宅に驚く俺を無視して、六弦は作りかけのミルクが入った哺乳瓶を取り上げる。


「まだ冷めてないだろ? 俺のやおいたんがやけどしちゃうぜ」


 とミルクを冷ます親父。

 お前の大事な娘なら、今までなにをやっていたんだ。

 育児放棄ってレベルじゃないだろ。


 やおいが履いている紙おむつも、今作っているミルクだって、俺が印税で購入したものだ。

 都合のいい時だけ、父親づらしやがる……。


  ※


 テーブルのそばにあるイスへ腰を下ろす六弦。

 そして、俺からやおいを受け取ると、慣れた手つきでミルクを飲ませ始めた。

 というか、父親に抱っこされたの、初めてじゃないか?


「おぉ~ かわいいなぁ、やおいたんわ」

 鼻の下を長くする親父を見て、苛立ちを隠せない。

「なあ、いきなり帰ってきて……一体何の用だ?」

 どうせまた、俺に金を無心してくるのだろう。

「おい……タク。そんな言い方ないだろ? 俺がお前たちの顔を見たくて、帰ってきたらダメなのか?」

 即答でダメだ! と言いたいところだが、ここは自分を押し殺す。

「……」

「なんだよ? 父親が帰ってきて喜んでくれるのは、やおいたんだけかよ?」

 いや、やおいはただミルク欲しさに、お前に抱っこを許しているだけだ。

 飲み終わったら、さっさと出ていけ。



「まあ、冗談はここまでにしてだな……タク。お前、結婚するんだろ?」

「なっ!? なんで知っているんだ?」

「なんでって、あれだけニュースを流されちゃ、俺も黙って見ていられないぜ。親だからな。子供の祝福を願わないバカがどこにいる?」

「親父……」

 ちょっと、目頭が熱くなってしまう。

 こんなクソ親父でも、人の心が残っていたのか。


「俺もさ、父親らしいこと。あんまりタクに出来なかっただろ。でも結婚ぐらい応援させて欲しいんだ。だからニュースを見たら、居ても立っても居られなくてな……深夜バスで帰ってきたんだ」

 と親指を立てて、ニカッと笑う。

「じゃあ、俺のために帰ってきたとでも、言うのかよ?」

「もちろんだ。俺が誰か忘れたか? ヒーローだぜ。人を救うのが大好きだから、やっている職業だけど。その前に、お前たち家族を一番大事にしている男だ。タクの結婚、全力で応援させてくれ!」


 今までこんなことを、親父に言われたことないから、言葉が見つからなかった。

 でも、六弦が嘘を言っているようには見えない。

 心の底から俺を応援したい……。

 息子を助けるために、帰ってきてくれたんだ。


「お、親父……ありがとう」

 気がついたら、その言葉が口から漏れていた。

 こんな奴に言うことじゃないのに。


「バカ野郎、気にすんな。ところで、相手の家に結婚の挨拶は行ったか?」

「……まだ行けてないんだ。でも今度、挨拶へ行くつもりだよ」

「おお、そうか。なら丁度良かった。こいつを持ってきた甲斐があったぜ」

 そう言うと、つぎはぎだらけのリュックサックから、細長い箱を取り出す。

 かなり汚れていて、テーブルの上に置くと、箱から土埃がぽろぽろと落ちてきた。


「なんだよ、この汚い箱は?」

「タク、お前知らないのか。この有名なウイスキーを?」

「これが酒? そんなものを相手に持っていたら、怒られるだろ」

「バカ野郎! お前は酒を飲まないから、このウイスキーの凄さを知らないんだ! 良いから持っていけ! 『すみ酒』って奴だ。絶対なにかの役に立つからよ。お前のために、こいつを持ってきたんだ」

 と汚い箱を俺に押しつける。


 仕方なく受け取るが、持って行くつもりはない。

 だって、ヴィッキーちゃん。怒ってるもん。

 こんな汚いの持って行ったら、殺される……。


「よく分からないけど、とりあえず、もらっておくよ」

「おお! 絶対に持っていけ! これさえあれば、どんな厳しい親でも結婚を許してくれるさ!」

 酒を飲めない親なら、どうするんだ?

「ところで、この酒。親父が買ったのか?」

「いいや。だいぶ前に震災があった地域で、とある会社のおっさんを助けたんだ。そしたら、お礼にとくれたんだ。『ザ・メッケラン』の60年ものだぜ?」

 お前が買ったんじゃないのかよ……。

 どこまでも、他力本願な野郎だ。



 親父と結婚の話をしている間に、妹のやおいがミルクを飲み終え、居眠りを始めていた。

 そのまま寝かせると、逆流してミルクを吐きだすので、やおいの顎を親父の肩にのせる。


「ほれ、ほれ。やおいた~ん。寝るんでちゅよ~」


 一定のリズムで背中を叩く。

 しばらくすると、クリーンヒットしたようで、赤ん坊とは思えないぐらい大きな声でげっぷする。


「ぐえええ!!!」


 酔っぱらったおっさんの声だな。


「あら、六さん。帰ってたの……?」


 振り返ると、やつれた寝巻き姿の母さんが立っていた。


「お、琴音ちゃん! ただいま!」

「おかえりなさい、六さん!」


 お互い見つめ合うと、全てを投げ捨てて、抱きしめ合う。

 つまり、生まれたばかりの妹。やおいを俺に押しつけて、嫁と熱い口づけを交わすのだ。

 ディープキスで。

 しんどっ!


 そして、燃え上がる二人はそのまま、母さんの寝室へと消えていった。

 ドアが閉まると、ベッドの軋む音が家中に響き渡る。


『あああ! いいわっ、六さん!』

『琴音ちゃん、俺の子供を産んでくれるか!?』

『六さんの子供なら、いくらでもぉ!』


 もう産むなよ……。

 あんた、産後間もないだろ。


 母さんの喘ぎ声と共に、やおいがまたげっぷする。


「ぐえええ!!!」

 もう嫌だ、この家。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る