第五十七章 男の娘と結納

第479話 結婚前なので、ダメです。


「ぐすんっ……タクト。オレ、我慢したよ。マリアがかわいそうだったから……たくさん我慢したんだよっ!」

 そう言って、緑の瞳に涙を浮かべるミハイル。

 俺は彼の肩に優しく触れ、慰める。

「ああ、分かっている。よく我慢してくれた、ありがとう。ミハイル」

 そう言うと、ミハイルの身体を力いっぱい抱きしめる。

 安心したのか、その場で泣き叫んでしまう。

「うわぁん!」

「……」

 

 罪悪感を感じた俺は、黙ってミハイルを抱きしめることしか、出来なかった。


  ※


 しばらくして、落ち着きを取り戻したミハイルが、あることに気がつく。


「くんくん……マリアの匂いがする」

「え? 匂い?」

「オレには分かるもん! タクトのTシャツに、マリアの香りがこびりついているよっ! 嫌だっ!」

 そんなことを言われてもね。

 ファ●リーズでも、かけろってか?


「そりゃ、マリアも人間だから、生活する上で石鹸や服の洗剤とか使うだろ? すぐに消えるさ」

 しかしミハイルは、納得してくれない。

 毎度のことだが、こう言うのさ。


「イヤだっ! タクトの汚れはしっかり落とすのっ!」


 また始まったか……。

 だが、ここで彼の行動を制止すれば、もっと面倒なことになる。

 とりあえず、ミハイルのやりたいようにさせよう。

 マリアとのハグも我慢してくれたし。


 ~10分後~


 ミハイルに連れられ、俺は近くにあったソファーで、仰向けに寝かせられた。

 そして、彼が「じっとしていて」と言うので、黙って待機していると。


「よいしょ! よいしょ!」


 目の前をミハイルが上下に行ったり来たり……。

 俺とピッタリ身体を密着させて。


 お互い、服を着ているとはいえ、今は真夏だ。

 彼は露出の高いタンクトップにショートパンツ。

 ミハイルの白い肌が、こすりつけられる。


「……」


 やられている俺からすれば、沈黙しか選択肢は無かった。

 なぜなら、少しでも理性を失えば、暴走しかねないから。

 特に股間が。


「まだ、消えないね。もっとオレの身体をくっつければ、消えるかな? よいしょ」

「いや……これ以上は、ちょっとな」

「え? なんで?」


 目を丸くして、自身の膝を俺の股間に押しつけるミハイル。


「ひぐっ!?」


 いかん……このままでは、本当に彼を襲ってしまいそうだ。

 純朴なミハイルは、知らないでやっているのだろうが。


「ねぇねぇ、タクト。前から思っていたんだけどさ……たまに、タクトってお股が大きくなってぇ。すっごく熱くなるの、なんでなの?」

 と首を傾げるミハイル。


 悪気は一切、無い。

 姉のヴィッキーちゃんによって、彼は洗脳されているからだ。

 だが、そろそろ教えてやってもいいか。


「そ、それはだな……男なら誰しも起こる現象だ」

「えぇ!? そうなの? でも、オレは起きないよ?」

 どんだけ、純朴なんだよ!

「まあ……人それぞれ、成長と共にだな」

「ふぅーん、じゃあさ。この大きいお股ってなんていう名前?」


 ド直球な質問に、俺も困惑してしまう。

 さすがに親代わりでもある、ヴィッキーちゃんの教育方針を俺が変えてはならない。


「そ、それはだな……。『熱いパトス』的なナニか、というものだ」

 逃げちゃダメだからね。

「へぇ~ じゃあさ、すごく暖かいから、今からオレが手で触ってもいいの?」

 ファッ!?


「絶対にダメだっ!」

 そんなことをされたら、俺が暴発してしまう……。

 しかし、ミハイルは特に悪びれることなく、首をかしげる。

「なんでなの?」

「とにかく、ダメなものはダメなんだっ!」


 ソファーの上で、俺たちがイチャついていると。

 何やら辺りが騒がしい。


「お義母さん。あれ、今話題のゲイカップルじゃないですか?」

「本当ですね、腐美子ふみこさん……最近、枯れていたけど、私も燃えてきたわぁ」

「しゅご~い! ほんとうに男の子どうしで、やってるぅ~!」

 

 なんだ? あの女性陣は。

 眼鏡をかけた地味な三世代の女子たちが、こちらを眺めている。

 もしかして、例の動画で俺たちを知っているのか?


 しかし、俺の予想は大きく外れる。

 その親子たちが見ていたのは、天井に吊るされたテレビ。

 流されている映像は、全国放送の報道番組。


『えぇ~ 繰り返し、お伝えしております……今、ネット上で人気の、この動画ですが。一部、過激な内容も含まれておりますので。小さなお子様とご覧になっている方は、気をつけてご覧になってください』


 とアナウンサーが、注意したあと映し出されたのは、博多駅の中央広場。

 一人の青年が、金髪の少女に叫ぶ。


『好きだ、ミハイル』

『オレもタクトのことが、大好きだよ☆』

『じゃあ……キスしてもいいか?』


 改めて見返すと、超恥ずかしいな。

 ミハイルも報道されている映像を見て、固まってしまう。


『ぶちゅ……じゅぱじゅぱ、レロレロレロ!』


 という映像が、10分間も全国で放送されていた。

 なんてこった!


 映像が切り替わり、アナウンサーが原稿を読み上げる。


『この……同性愛者の人々による告白動画ですが、波紋を呼んでおります。あまりにも過激な内容だと、視聴者の方々から、多数のクレームが届く一方で。この二人を応援されている方もいます。こちらをどうぞ!』


 どうやら、テレビ局のスタッフが街角でインタビューを行ったようだ。

 色んな人々がコメントを寄せている。


 学ランの制服を着ている、男子高校生が叫ぶ。


『お、俺は! あの二人をバカにする奴らは、マジで許さねぇよ!』


 ん? どこかで見たことのある少年だ。

 少年は鼻息を荒くして、熱く語る。


『だってさ、目の前で見ていたんだぜ! 俺、あの告白を見て勇気をもらえたんだ……。想いを寄せていた、お兄ちゃんと両想いになれたんだ!』


 あの時のブラコン君か。

 マジで、結ばれちゃったの?


『誰だって、人を好きになる権利はある! それを教えてくれたのが、あの二人だ! 俺はあいつらを応援してるよっ! 大好きなお兄ちゃんと一緒に!』

 と叫ぶ少年。

 そこへ眼鏡をかけた青年が現れ、少年の肩に手を回す。

『こらこら、あまり人前で僕たちのことを言うんじゃないよ……』

 坊ちゃんヘアーで優しそうに見える。

『だって、お兄ちゃんさ! 同性愛をバカにするのはダメだろ?』

『フフフ……そうだね。あの子たちがいなければ、僕たちは結ばれなかったのだから』

『お兄ちゃん……』


 俺たちのことを無視して、お互い見つめ合う。

 なんかキスしそうな雰囲気。

 てか、この二人はダメな恋愛だろ……。


 アナウンサーが言うには、例の動画は全世界でバズりまくり、現在では1千万回以上も再生されているらしい。

 そのため、各テレビ局でも取り扱うようになった。

 全国放送だけではなく、ローカル放送でもだ。


 ただ一部の地域では、内容が内容なだけに物議をかもしているのだとか?

 しかし、そっち界隈の人々や腐女子たちが、俺たちの側についてくれて。

 色んなところで、フォローしてくれているようだ。


 だが、俺たちがここまで有名になってしまうのは、想定外だ。

 ひとりで頭を抱えていると、ミハイルが声をかけてきた。


「た、タクト……」

 真っ青な顔で、唇をパクパクと動かしている。

「どうした? ミハイル」

「ねーちゃんから、電話がかかってきたの……テレビで、あの動画を見たって」

「ひぃっ!?」

 思わず、悲鳴をあげてしまう。


「すごく怒っていて、今度タクトを家に連れてこいって言われたよ……ねぇ、どうしたら良い?」

「そ、それは……ちゃんと誠意をもって、ヴィッキーちゃんへ結婚の挨拶に行けばいいさ。どのみち、会おうと思っていたからな」

「本当に大丈夫かな? ねーちゃん、なんかいつもと違うんだよ。怒り方が静かで……」

 うわっ。一番、怖い怒り方だ。


「まあ、大丈夫だろ……。日程を組んだら、改めて挨拶に行くよ」


 女装の件も黙ってたし、殺されるかも。

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