第481話 お父さん! 僕に息子さんをください!?


 まさか、またこのスーツを着るとは……。

 一ツ橋高校へ入学する時、親父から借りたスーツだ。

 親父の方が背が高いから、ガバガバだけど。


 今日はミハイルとの結婚を許してもらうため、先方へ挨拶に行くのだ。

 形だけでもしっかりしないとな。

 髪型も洗面台に置いてあったポマードで、ビシっと決める。

 オールバックというやつだ。


 思わず、鏡に映る自分に見とれてしまう。


「う~む。マフィア映画の幹部ってところかな」


 顎に手をやり、ポーズをとると。

 背後から声が聞こえてくる。


「幹部じゃなくて、チンピラにもなれなかった陰キャですわね。映画ならすぐ撃ち殺されて終わりですわ」


 振り返ると、妹のかなでが立っていた。

 赤ん坊のやおいを抱っこしながら。


「かなでか……驚かせるなよ。俺は今から結婚の挨拶に行くんだぞ?」

「おにーさま。なんでそんな余裕たっぷりなんですの? 相手側はミーシャちゃんとの恋愛さえ、許してないんでしょ?」

「そ、それは……」

「はぁ……やっぱり、何も考えていないのですね。いいですか? 普通の恋愛結婚でも、お二人は反対されること間違いないですよ。だって未成年でしょ」

 そう言われたら、そうだ。

 告白した時は、ミハイルを逃がしたくない想いで、勢いからプロポーズした。

 いくら高校を卒業してから……という約束があっても、あのキス動画が問題だ。


「う……でも、本人であるミハイルは、俺と一生を共に過ごすことを誓ってくれた。どんな困難も今の俺たちなら、乗り越えられるさ!」

 しかし、それを聞いたかなでは鼻で笑う。

「わかってませんね。お二人が熱々なのはいいことですけど。結婚というものは他人同士が、まったく生き方の違う家族が一つになるということですわ。猫の子をもらうわけじゃないですの。ミーシャちゃんだって、家族がいるんです。そこを理解しないと、おにーさまがひとりで突っ走っているだけですわね」


 クソ、こいつなんて相手もいないのに。

 妙に現実味のある話し方だ。


「じゃあ、どうすれば良いんだ?」

「簡単ですわ。ミーシャちゃんのご家族に認めてもらうことです。でもそれが一番、難しいですわ。おにーさまの人間性、収入など。それにご家族との相性ですわね」

「……」


 どれも絶望的じゃないか。

 可愛い弟を女装させて、好き勝手なことをしたし。

 収入は、今でこそあるが……一時的な印税のみ。

 BL編集部のバイトをやらせてもらっているが、二人で暮らすには無理がある。

 あと、姉のヴィッキーちゃんとの相性は、良いのだろうか?


「ま、何回も何回も相手に怒鳴られて……。時には殴られ、蹴とばされても、諦めずに挨拶へ行きまくることですわ。恋愛と一緒のことですよ?」

「今の俺なら大丈夫さ。ミハイルがついているからな!」

 と拳を作ってみたが、赤ん坊のやおいがぶち壊す。


「受けっ! 受けっ!」

「……」

 だから、お前のお兄ちゃんは、バリバリの攻めだと言っているだろ。


  ※


 日取りは事前にミハイルと決めていた。

 姉のヴィクトリアは、あの報道を見て以来、元気がなく。

 長年、地元で人気の洋菓子店なのに、休業が続いているらしい。


 よっぽどショックだったのだろう。

 可愛い弟が女装して、プロポーズされる動画が世界中に知れ渡ってしまった。

 しかも、ミハイルはそれを受け入れている……。


 俺たちの恋愛における最大の弊害は、姉のヴィッキーちゃんかもしれない。



 列車に揺られること数分、目的地である席内むしろうち駅へたどり着く。

 改札口を出ようとしたところで、すぐに彼の姿が目に入る。

 ミハイルだ。


「タクト~! 久しぶりだね☆」


 エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、微笑む。

 丈の短いタンクトップだから、おへそは丸出し。

 ショートパンツも、ダメージ加工のデニムだから、ところどころ穴が開いている。

 男性用とはいえ、彼のおパンツが見えてしまう。

 今日は赤ですね……ゴクリ。


「よお、ミハイル」

 改札口を抜けると、彼はすぐに、俺と腕を組みたがる。

 絶壁の胸が肘にあたり、興奮してしまう。

「ねぇ、最近。なんで連絡くれないの? さびしいじゃん」

 と上目遣いで唇を尖がらせる。

「そ、それはその……妹のやおいが帰って来てお世話とか。あと今日の挨拶で、色々と考えていたんだ」

「そうだよね、ごめん。なんかタクトが告白してくれてから、ずっと胸のドキドキが止まらなくて……」

 今度はちょっと涙目になってしまった。


 ヤベッ、かわいすぎる。

 この辺にホテルないかな?

 ちょっとご休憩してから、挨拶したらダメかな……。


  ※


 そんなイチャイチャタイムは、すぐに消え失せる。

 駅から数分で、席内商店街が見えてきたからだ。

 伝説のヤンキー、古賀 ヴィクトリアが営むパティスリーKOGAがあるのだが。

 本日もシャッターが降りたまま。


「なあ、ミハイル。ヴィッキーちゃんの様子はどうだ?」

「う、うん……なんか毎日、おかしいんだ。仕事もしないし、ずっとお酒ばかり飲んでいるの。それでね、オレが少しでも外へ行こうとしたら、怒り出すんだ。スーパーへ買い物に行くだけなんだよ?」

「……」


 完全に嫁入り前のダメ親父じゃないか。


「とにかく、オレが離れないようにずーっと『お酒のつまみを作れ』ってうるさいんだ。別にオレは作るの、好きだから良いんだけど」

「そうか……」

 一体、どうなることやら。


 ミハイルに案内され、店の裏側に回る。

 少し錆びた外付け階段をのぼると、玄関が見えた。


 随分と年季の入ったドアらしいから、毎回ヴィッキーちゃんが蹴りまくっていたっけ。

 馬鹿力のミハイルは余裕の顔で、カチャンと開けているが。


「じゃあ、どうぞ☆ タクト☆」

「おお……おじゃましまーす」


 家に入った瞬間、異様な臭いで充満していることに気がつく。

 酒くさい……。

 きっと換気もしていないのだろう。

 なんか息苦しいな。


 とりあえず、紳士靴を脱いで、ミハイルと共にリビングへ向かう。

 奥で待っていたのは、下着姿であぐらをかく金髪の女性。ヴィクトリア。

 彼女の前には、大きなローテーブルがあり、ミハイルが作ったと思われる料理が並んでいた。

 そして後ろの壁には、ストロング缶とウイスキー瓶が大量に重ねられている。


「すぅ……すぅ……」


 どうやら居眠りしているようだ。

 よく見れば、目の下に大きなくまがある。

 俺に対する怒りも強いようだが、心配なんだろうな。


「あ、ねーちゃん。またそんな格好で寝ている。もう起きてよ! タクトがわざわざ家に来てくれたんだよ?」

 ミハイルとしては気を遣って、起こしてくれたのだろうが。

 恐怖でしかない。

 このあと、起きる出来事が。

「んん……ミーシャ。どこ行ってたんだ?」

 まだ寝ぼけている。

「どこって、ねーちゃんが呼んだから、タクトを連れて来たんだよっ!」

 そう言って俺を指差すミハイル。

 今まで瞼を擦っていたヴィクトリアだが、突然目を見開き、睨みつける。


「てめぇ……クソ坊主。よくあたいん家に来られたな」


 ドスのきいた声で、俺を脅す。

 しかし、悪いのは間違いなくこちらの方だ。

 大事な弟を女装させて、1年以上も騙していたから。


 謝罪の言葉よりも前に、俺は床に土下座することを選んだ。

 頭をぐりぐりと床へねじ込みながら。

 これが俺の誠意だ。


「あ、あのこの度は、誠に申し訳ございませんでした! 俺のわがままでミハイルを、色んなことに付き合わせて……」

「……」

 ヴィッキーちゃんの顔は見えないが、黙って話を聞いてくれているようだ。

「でも、俺は本気なんです! ミハイルとの恋愛だけは、誰にも譲りたくありません! 今日はお姉さんのヴィッキーちゃんにも、それを知って欲しくて来ました」

 言い終えるころ、ゆっくりと顔を上げる。

 顔を赤くしているミハイルが、黙って俺を見つめていた。

 しかし、問題はその隣りだ。


 口を大きく開き、汚物を見るような目つきで、上から俺を見つめる。

 怖すぎるっぴ!


「……坊主。とりあえず、死ね」

「へ?」


 何かが左のほおをかすった。

 手で押さえて見ると、熱を帯びていた。

 ねっとりとした感触に違和感を感じ、手の平を見ると、赤い血が流れている。


 その後、背後でパリンっ! と何かが割れる音が聞こえてきた。

 振り返ると、ウイスキー瓶が壁に衝突して、砕け散っている。


「てめぇ! あたいの可愛いミーシャを人形にしやがって! 頭かち割ってやるから、こっちに来やがれ!」

 両手にウイスキー瓶を持ち、ローテーブルに片脚をのせるヴィクトリア。

 それを抑えるのは、弟のミハイルだ。

「ねーちゃん! やめて! タクトはオレの大事な人なの!」

「じゃあ、なにか? あたいはどうでもいいってか!?」


 ヴィッキーちゃんが落ち着くまで、1時間以上かかった。

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