第五十六章 全サブヒロインの解散

第473話 再発する男の娘の日


 今年に入って色々あったから、あまりスクリーングに行けてなかったが……。

 俺の身体も回復したし、ミハイルも戻ってくれた。


 だからまた俺たち二人で、スクリーングへ通うことにした。

 以前のように、同じ時間の列車で待ち合わせて。

 もう二人は付き合っているし、婚約状態だ。


 古賀 アンナという、L●NEアカウントは消滅したが。

 代わりに、ミハイルという名前が追加された。

 告白して以来、頻繁にメッセージのやり取りしている。


 地元の真島まじま駅のホームに立ち、今から電車に乗ると彼に伝える。

 すると数秒も経たないうちに返信が届く。


『わかった☆ 隣りの席を空けといてよ☆』


 その愛らしい文章を見て、思わずニヤけてしまう。


 電車へ乗り込むとしばらく窓の風景を眺める。

 ここまで来るのに、本当に長かった……。

 辛かったけど、ちゃんと今がある。


 真島駅から二駅離れた場所。

 彼の住む、席内むしろうち駅に列車が到着した。


 プシューという音と共に、自動ドアが開いた瞬間。

 甲高い声が聞こえてくる。


「おっはよ~! タクト☆」


 嬉しそうに微笑む一人の少年。

 白のタンクトップに、デニムのショートパンツ。

 足元は動きやすそうなスニーカー。


 金色の美しい髪は、もう短くなってしまったが……。

 それでも、彼の美貌は健在だ。

 小顔だからハンサムショートも似合うし、持ち前の大きなエメラルドグリーンが眩しい。


 俺を見つけると、すぐに隣りへと座り込む。

 太ももをビッタリとくっつけて。

 そして、上目遣いで話しかけるのだ。


「タクト☆ 久しぶりだね☆ あ、でも……オレ毎日、動画を見ていたから。あんまり時間を感じないかな☆」

 と照れてしまうミハイル。

 自身の小さな唇に手を当てて、思い出しているようだ。


 ヤベっ! 俺まで思い出してしまう。

 こんな目の前に、未来の嫁が座っているのに……何もしないだと!?

 何とか彼に言い聞かせて、キスできないだろうか。


 じっとミハイルの唇を、上から眺めていると。

 彼に不審がられる。


「あれ? タクト、どうしたの? なんか今日は静かだね?」

 首を傾げる姿すら、小動物みたいで可愛い。

「す、すまん……久しぶりにミハイルと会えて、嬉しくてな」

「ホント? オレも嬉しいよ☆ タクトに早く会いたかったもん☆」

 今の一言で、俺に火がついてしまった。

 ミハイルの肩を強く掴み、動けないようにする。


 一瞬、ビクッと肩を震わせていたが……なんとなく、俺が考えていることを察知したようだ。


「タクト……」


 ピンク色の唇が輝いている。


 日曜日の朝だし、小倉行きだから。乗客は少ないほうだが……。

 それでも何人か若者が、同じ列車に座っている。


 しかし、俺は博多駅で大勢の人々に見られながら、キッスをした男だ。

 これぐらい、もうなんてことないぜ。


 ミハイルの背中に手をやり身体を俺に寄せる。

 嫌がる素振りも見せず、従順に動きを合わせてくれた。

 そっと瞼を閉じて、待ってくれている……。


 もう一度、あの時を再現しようとしたその時だった。

 ミハイルがそっと俺から離れてしまう。


「ごめん、タクト……今のオレには、しない方がいいよ……」

「え?」

「あの日。博多駅で告白してくれた時、すごく嬉しかった。今でも胸がドキドキする……」


 頬を赤くして、地面に視線を落としてしまう。

 なんだ? 恥ずかしいだけなのか。


「それがどうしたんだ?」

「と、止まらないんだよ……」

「何が?」

「“あの日”が止まらないの!」

「……」


 忘れていた。

 ミハイルの性知識は、お子ちゃまレベルだったことを。


 その後、彼から詳しい説明を聞いたが。

 どうやら、俺が原因のようだ。

 博多駅で告白した後、抱きしめてキッスを交わす……それもディープキスを10分間も。


 それ以来、毎日夢に出て来るらしい。

 お花畑の中を、俺と仲良く手を繋いで歩いていると、いきなり迫られてしまい……濃厚キスが始まる。

 というシーンが、脳内で延々と繰り返されるそうだ。


 そんな夢ばかり見るから“あの日”が増えてしまう。

 月に1回レベルの“男の子の日“が、週に2回も起きるとか?

 

 だから「今のオレは汚れている……」と落ち込んでいた。

 いや、むしろピュアすぎでしょっ!?

 

「もうオレにキッスしない方がいいよっ!」

 と涙ぐむミハイルくん。

 ヤバい、そんな顔をされたら、尚のこと襲いたくなる……。


「ごほんっ! ミハイル、落ち着け。今、お前に起きている現象は、男なら自然なことだ」

 正直16歳の男子高校生なら、異常だと思うが……。

「ホントにっ!?」

「ああ……」

「そっかぁ~☆ なら悪いことしてなかったんだぁ~ 良かったぁ☆」

 ちょっと、そんなことで善悪の区別をつけていたら、俺なんか極悪人だよ。


「別に悪いことじゃないさ……むしろ男なら、成長したことを喜ぶべきだと思うぞ?」

「そうなの? でも、あんまり回数が多いと困るよぉ……あ! そう言えば、前にタクトへ相談した時、言ってたよね?」

「へ?」

「ほら、『制御できる方法がある』って☆」

 緑の瞳を輝かせて、俺の答えを待つミハイル。

 上目遣いだから、どうしても誘われているような錯覚を覚える。


 制御できる方法だと?

 そんなの教えなくても、自然と覚えるもんだろう。

 だが、無垢なミハイルなら仕方ないか……。


 しかし、どうやって教える?

 そうなるとお互いが、裸にならないと。

 

 はっ!? そう言えば、一ツ橋高校の近くにボロいラブホテルがあったな。

 一時間ほど、ご休憩と称して、彼に恋の課外授業を始めるべきか?

 手取り足取り使って……そのままベッドイン。


 いかん、妄想するだけで股間が爆発寸前だ。

 結婚する前に、ミハイルの全てを知り尽くしてしまいそう。

 それは俺の紳士道に反する行為。


 仕方なく彼には、その場しのぎの嘘をついておくことにした。


「いいか、ミハイル。俺は今18歳だ」

「うん☆ 知ってるよ☆」

「だが、お前はまだ16歳だな?」

「そうだけど?」

「ならば、まだ教えることは出来ない。制御する方法はな、18歳を越えてからじゃないとダメなんだ! よく18歳未満禁止という、赤いのれんを見るだろう? あれはそういうことだ。法律で決められているのだ!」

 ごめん……ミハイル。

 俺は小学生で覚えたけど。


 取ってつけたようなウソだが、知識のない彼は驚いていた。

「えぇ!? そうなの!? じゃや18歳まで、このままなの!?」

「うむ……対処法としては、俺とのキスを思い出さないこと、動画も見ないこと。あとはお前の好きな、ネッキーやスタジオデブリのアニメを見まくることだ」

「そんなぁ~ タクトとのキス動画は好きだから、何度も見ちゃうよぉ」

 と口を尖がらせる。


「仕方あるまい。今できることはそれぐらいだ」

 悪い、ミハイル。

 結婚の準備ができたら、とことん身体に教えてやるからな。

 いや毎日、俺が絞り出してやろう……。


  ※


「ところで、ミハイル。さっき言っていた動画の件だが……かなりバズっているらしいな。現段階で500万回再生されていると聞いた。それで姉のヴィッキーちゃんも見たのかな?」

 一番、危惧していることだ。

 なんせ可愛い弟を女装させて、密会していたことをずっと黙っていたからな。

 疑われる度に、どうにかごまかしていたが……。


「あ、それなら大丈夫だと思うよ☆」

「どうしてだ?」

「ねーちゃんって、ネットとか見ないタイプなんだ☆ お酒しか興味ないし。でもたまにテレビぐらいなら見るかな? あの動画はテレビで放送されないでしょ?」

「そういうことか……」


 ヴィッキーちゃんが、アナログ人間で安心はしたが。

 しかし、例の動画は異常なほどに再生回数が伸びている。

 テレビ局の人が、使わないことを祈ろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る