第474話 二代目アンナちゃん


 列車に揺られること30分ほど、目的地である赤井駅へ到着する。

 気がつけば季節は変わり、もう夏の青空になっていた。

 日差しが強く、眩しい。


 一ツ橋高校へ向かうため、二人して国道を歩くことに。


「なあ、ミハイル」

「ん? なに☆」

「実は……今日のスクリーングで、みんなに全てを告白しようと思うんだ」

「えっ!? こ、告白?」

 告白という二文字に、目を丸くするミハイル。


「そうだ。この前の倉石さんが電話で言っていたろ? サブヒロインになったモデルへ結婚を報告するって話」

「なんだ、そういう意味か……」

 どうやら誤解していたようで、俺の説明を聞いて安心する。


「ミハイル、お前。不安なんじゃないか?」

「え、何が?」

「お前はいつも俺のことを、優しい人間と……表現する。だから、今日他の女子に会うことが、怖いんじゃないのか?」


 俺としては未来の嫁である、ミハイルに気を遣っているだけだ。

 他の女子に未練はない。

 今はミハイルを、第一に考えているつもりだ。

 だから、もう間違いは起こしたくない……彼にちゃんと説明をしておきたかった。


 しばらく黙り込んだあと……彼は頷く。

「いいよ……オレ、信じているから。タクトのこと」

 そうは言っているが、目に涙を浮かべている。

 細い肩を震わせて。


「ミハイル、無理はするな。俺も嘘はつかないと決めた。お前ももっと素直になれ」

「う……うん。やっぱり、怖いかも。もう取材をしないって言ったら、ひなたとマリアは襲い掛かってくるかもしれないし」


 そんな猿じゃないんだから。

 でも、ミハイルがこう言ってくれたんだ。

 俺もその気持ちに応えたい。


「わかった、こうしよう。彼女たちと話している時、ずっとそばにいてくれ。そうしたら、なにも起こらないだろ?」

「それは悪いよ。だって、ひなたもマリアも嫌だったけど。タクトへの気持ちは本物だと思うから」

「ミハイル……」


 仕方なく、彼女たちへ契約の解除を報告する際は、近くでこっそりとミハイルが見守ってくれることになった。


  ※


 校門をくぐり抜けると。通称、心臓破りの地獄ロードが見えてきた。

 またこの長い坂道を登らないと、行けないと思うと。通学するのが嫌になってくる。

 でも、今は隣りにミハイルがいてくれる。


 気がつけば、俺たちは手を繋いで坂道を登っていた。

 こんな何もない場所でも、デートコースになってしまうとは。

 登り終える頃には、互いに見つめ合って笑い合う。


 だが、そんな甘いひと時も一瞬で終わりを迎える。

 坂道のてっぺんに、鬼のような形相をした女が立っていたからだ。


「こらぁ~! 貴様ら、久しぶりに学校へ来たと思ったら、もうイチャイチャしやがってぇ……」

 と唇を嚙みしめるのは、担任教師の宗像 蘭先生だ。

 顔を真っ赤にして、俺たちを睨みつける。


「宗像先生……」

「センセー、ごめんなさい」

 

 ツカツカと音を立てて、こちらへ向かってくるので。

 俺たちは殴られると思い込み、瞼を閉じてしまう。

 しかし、予想とは反して。先生は俺たちを両手で優しく包み込んでくれた。


「お前ら……本当に良かった。あのまま二人が離ればなれになるんじゃないかって、私は心配だったんだぞ」


 涙を流しながら、俺たちを強く抱きしめる宗像先生。

 やっぱり心配させてしまったか……。


「すみません。今日から復学しますんで」

「お、オレも退学はしないで、卒業までがんばりますっ!」


 それを聞いた先生は、態度を一変させる。


「そうなのか? ならもう心配ないな……。というか、新宮っ! お前な、私は古賀に素直な気持ちを伝えろと助言したが。あんな街中でディープキスしろとは言ってないぞ、バカ者! 我が校にもクレームの嵐だっ!」


 ミハイルだけ解放され、俺は無駄にデカい乳で圧迫される。

 鳥肌、立ってきた。


「ぐへっ……あの時は、ああするしか無くて」

「純朴な古賀にいやらしいことを覚えさせやがって! 新宮、お前は卒業するまで大量の補習が必要だっ!」

「そ、そんな……」

「当たり前だっ! もう春学期も終わりなんだから、勉強に専念しろ!」


 なんで俺だけなの……。


  ※


 宗像先生から洗礼を受けたあと、俺たちは校舎へと向かった。

 いつも通り、裏口から玄関に入って、下駄箱で上履きに履き替える。

 そして教室棟の二階へ上がっていく。


 本来ならば、朝のホームルームを行う2年生の教室へ入るのだが……。

 全日制コースである、三ツ橋高校の制服を着た女子生徒が、扉の前を塞いでいた。


 小柄な女子だ。

 ピンク色に染め上げた長い髪を、後頭部で1つに丸くまとめている。

 通信制コースの生徒なら、校則など皆無なので、見慣れた光景だが。

 化粧もバッチリ決めているギャル……。


「あ、スケベ先生! ちょりっす」

 と胸元で小さくピースしてみせる。

「おお……ちょりっす」


 “気にヤン”のコミカライズを担当してくれたピーチこと、筑前ちくぜん ぴーちだ。

「スケベ先生、打ち切りのこと聞きました。残念っすね……」

 つけまつげが、アホみたいに長いから、瞬きする度にバサバサとうるさい。


「それに関してだが……俺のせいですまないことをした、ピーチ」

「いえ、自分はノーダメージなので、大丈夫っす!」

「ん? どういうことだ?」

「スケベ先生と同じく、BL編集部に拾ってもらえたので。ちなみに、聖書ばいぶるにぃにも引き抜かれたっす。“気にヤン”は悲しい終わり方でしたが、結果的にはみんな人気も出て、スケベ先生のこと、ありがたく思っているっす!」

「そうなのか……」


 ピーチの話では、“気にヤン”に関わったクリエイターは良くも悪くも、例の動画騒ぎで注目が集まったらしく。

 知名度が上がったことで、倉石さんが声を掛けたとか。


 コミカライズを担当してくれたピーチは、引き続き俺のBL小説のマンガを描くことになり。

 また兄のトマトさんは、元々男らしいイラストを描くのが得意だったため。

 俺からは離れるが、別の女性作家を担当するらしい。

 女性には描けない……汗だくつゆだくの男臭いイラストも需要がある、らしい。


 もう何でもありだな。


 しかし、俺もここまで騒ぎがデカくなるとは思わなかった。

 それにこんな形で、彼女の筆を止めてしまうのは、本意ではない。

 深々と頭を下げて、謝ることにした。


「ピーチ、今まで色々とすまなかった!」

「い、いえ……自分はそこまでダメージ受けてないんで。むしろ、スケベ先生の……いやアンナちゃん先生のことを深く知れるから、これからが楽しみっす!」


 ん? いま俺のことをアンナちゃんって言った?


「本当にいいのか?」

「マジっす! 自分はウェブ小説時代からの推しなんで! 同性愛も全然OKっす! かわいいミハイルくんをもっと忠実に描きたいっす!」

 と表現されたことで、隣りに立っている本人は顔を真っ赤にしている。


「……オレのこと、写真みたいに描いてくれてありがとね」

「いえいえ、自分もお二人の動画を見て、感動したっす!」


 と和やかに話が進んでいるのだが、一つ気になる点がある。

 それは、ピーチの背後に立っている物体だ。


 日焼けした三ツ橋高校の女子生徒なのだが……顔がパンパンに腫れ上がっている。

 黒髪のショートカットで、活発そうなのは伝わってくるが。

 ハチに刺されたように、目が腫れている。

 膨れ上がった瞼のせいで、瞳が確認できない。


「なあ、ピーチ……お前の後ろに立っている子って誰だ?」

「え? ああ、ひなたちゃんでしょ? 今日、元気ないんす」


 ファッ!?

 この物体が、あのひなただと!?


「新宮センパイ……久しぶりです……」

「あ、久しぶり」


 これから、彼女に契約解除を報告するのか。

 なんか言いづらい。

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