第472話 愛の進学コース


「琢人くん、作品名なんだけど。もうこちらで勝手に決めているんだけど。いいかしら?」

「まあ、いいですけど」

「シンプルに『タクトくんとミハイルくん』がいいと思うの♪」


 まんまやないか。

 ていうか、本名が使われるのか……。

 しかし、あの動画で名前はバレてるし、いいか。


「わかりました。大丈夫です」

「ホント? 良かったぁ♪ あとね、ペンネームも改名しようと思うの。さすがにBL作家が、DO・助兵衛じゃ下品だもの」

 名前まで変えられるのか。

 ていうかBLもある意味、下品な部類では?


「じゃあ、どういう名前なら良いんですか?」

「実はそれも前から、考えているのよ~ 今回の作品は二人の日常を、赤裸々に描く本物のBL小説でしょ? だから、古賀 アンナというペンネームがぴったりよっ♪」

 それを聞いて、俺は大量の唾を吹き出す。


「ブフッーーー!」

 まさか……俺に女装させるつもりか?


「偽りでもアンナちゃんは、二人が作り上げた愛の原形でしょ? もったいないと思うの、このまま捨てるには……。琢人くん自身が告白の時、『男のミハイルが良いと』断言してしまったし」

「確かにそうですが……なぜ俺がアンナの名前を継ぐのですか?」

「だってほら、今回はミハイルくんからもしっかり許可を得て、二人のおせっせを描くからさ。つまり共同ペンネームね♪」

「なるほど……俺たちの名前ってことですか」


 それなら、良いかもな。

 アンナという美少女は、今後リアルでも会うことは無いかもしれない。

 俺としても、寂しく感じていたところだ。

 思い出として、彼女の名前を使うってのも一つの手だな。



「ところで、琢人くん。話は変わるのだけど、あなたこの前、交通事故を起こしたんでしょ?」

「ええ、どうしてそれを知っているんですか?」

「ガッネーから、話を聞いたのよ」

「そうですか……それがどうしたんです?」

 俺がそう問いかけると、倉石さんの目つきが鋭くなる。


「琢人くんって、今も新聞配達をやれてるの?」

 ギクッ! 全てを見透かされているような気がした。


「いえ……あの事故が原因で、クビになりました……」

「やっぱりね。じゃあ、尚のことお金が必要でしょ?」

「はい、おっしゃる通りです……」


 その場でうなだれる俺を見て、倉石さんはローテーブルの上に、1枚の書類を置く。


「琢人くんがいくら人気作家でも、すぐにお金は払えないわ。だけどうちで雇うことなら、出来るわよ」

「へ?」

 俺は耳を疑った。


「将来、有望なBL作家をこんなところで潰したくないの。だから、うちの編集部でバイトとして、雇ってあげる」

「マジですか!?」

「ええ、やる事は私のお手伝いぐらいしか無いけど……」


 渡りに船とは、このことだ!

 バイトでもありがたい。


「じゃあ、よろしくお願いいたします! 何でもやらせてください!」


 そう言って契約書に、サインを書こうとしたら、倉石さんに釘を刺される。


「いいの? そこに琢人くんの名前を書けば、片道切符よ?」

「どういう意味ですか?」

「あなたには、将来ここの正社員になってもらいたいの」

「しゃ、社員ですか?」

「ええ……いくら売れている作家でも、不安定な職業でしょ? だから兼業作家でいてほしいの。社員になれば、安定した収入で暮らしていけるじゃない」

「なるほど……」

 倉石さんの説明を聞いて、理解したと思った俺はボールペンに手を取るが……。

 ビシッと平手で叩かれてしまう。


「話はまだ終わってないわよ。社員になるためには、最低限の資格が必要なの。採用基準は簡単、大卒よ。つまり、琢人くんはまだ高校生だけど。卒業後には大学へ進学してもらうわ!」

「え……俺、進学するつもりなんて、無いですよ?」


 いきなり大卒の資格がいると聞いて、持っていたボールペンを手放す。

 冗談じゃない。

 あんなバカ高校でも、辞めようかと迷っていたのに……。


「琢人くん! あなただけの問題じゃないでしょ? 愛するミハイルくんのために、大学ぐらい出なさい。たった4年頑張れば、正社員になれるのだから!」

「でも……」

「じゃあ、可愛いミハイルくんを大学に行かせる? あなたはそれでいいの!?」

 おバカなミハイルじゃ、入試試験で挫折するだろうな。

 仕方ない。覚悟を決めるか……。


「わかりました。高校を無事に卒業したら、大学を目指します! どんなアホ大学でも良いんですよね?」

「ええ、いいわよ~ 大卒じゃないと給料も安いしね♪」


 はぁ……結婚が決まって、浮かれていたけど。

 高校が終わっても、またガッコウか。


  ※


 晴れて俺はBL編集部から、古賀 アンナとしてデビューが決まり。

 また倉石さんにバイトで雇ってもらうことになった。

 当分、金の心配は無いだろう。

 高校を卒業するまでは……。


 各書類に、自身の名前を書いたことで全て契約が成立した。


「嬉しいわぁ~ 琢人くんがうちの編集部に来てくれてぇ~♪」

「ははは……よろしくお願いいたします」

「そんなに固くならないでよ~ もう人気者でしょ? アンナ先生は♪」

「……」

 これから、そう呼ばれると思うと辛いな。


 応接室から出ると、倉石さんが編集部にいた女性陣を集める。


「みんな~! 聞いてぇ、琢人くん……いや古賀 アンナ先生が、今日からうちで連載することになったから、仲良くしてねぇ!」


「「「は~い♪」」」


 誰も俺が、アンナという名前に違和感を持つことなく、受け入れてくれる。

 むしろ、男としては見てくれない。


 たくさんの女性に囲まれて。


「アンナちゃんは、ここのデスク使って」

「お菓子とか好き?」

「こっそりでいいから、ミハイルくんのキス。味を教えて欲しいな♪」


 などと、完全に女子会のノリになっている。


  ※


 とりあえず、今日は特に仕事がないので。

 また改めてプロットや設定を、書いて来て欲しいと倉石さんに頼まれた。

 それとは別に、BL編集部が刊行している雑誌でエッセイを書いて欲しいと頼まれた。

 例の動画騒ぎで、腐女子の人たちが興味津々らしい。主に俺の恋愛観など。


 忙しくなりそうだ……。


 帰り際、倉石さんに声をかけられる。


「あ、待って。琢人くん!」

「へ?」


 振り返ると、大きな紙袋が目に入った。

 どこかで見たことがあるような……。


「これ、持って帰って」

「なんです、それ?」

「ガッネーから頼まれてね。預かっていたのよ」

「白金から?」

「私も中身は知らないわ。でも琢人くんには大事なものだって……。ちょっと前に『私に何かあったら』って深刻な顔して持ってきたのよ。きっと“気にヤン”の連載に不安を感じていたんじゃないかしら?」


 まさかっ!? これは赤坂 ひなたの家に宿泊した時、パパさんから頂いた300万円。

 白金のやつ……俺がアンナの正体を告白した時から、ちゃんと後のことを考えていたのか。

 だから、倉石さんに預けていたのか。

 クソッ……ロリババアのくせして、らしくないことしやがる。


「思い出しました。確かに俺が白金に預けたものです……」

「やっぱりそうなの? じゃあ返しておくわね♪」


 紙袋を受け取ると、俺はエレベーターへ乗り込んだ。


 目頭が熱い。

 あんな別れ方になったけど……白金。

 今までありがとう。


 でも一応、現金の状態が気になって、紙袋の中身を確認する。

『赤坂饅頭』という和菓子の箱が3つ入っていた。

 ひなたパパは、俺を婿養子にしたかったからな……。

 箱の蓋を開けると、福沢諭吉の上にメモ紙が入っていた。


『DOセンセイへ。ホストクラブで遊んだら、30万円ぐらい使っちゃいました。なので、今や人気作家のDOセンセイなら安いと思い。ひなたパパに返す時は、ご自身で補填されてくださいな♪』


 メモ紙をグシャグシャにして、俺は叫んだ。


「あんのロリババアーーー!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る