第469話 生きていくため、BLを選びます。


 後から調べて分かったことだが……。

 ミハイルへ愛の告白を撮影した動画は、今現在で100万回以上の再生回数を叩き出している。

 しかし、それはノーカットの未編集動画であり。


 それとは別に、無理やり編集した悪意のある動画、ショート動画に、濃厚キス動画など……。

 ネット民のおもちゃにされていた。

 

 ここまで来たら、もうお手上げだ。

 腹を括るしかない。

 しかしだ……動画サイトのおすすめに上がって来た作品が気に食わない。

 クリックすると。

 軽快なリズムに合わせて、俺が歌いだす。


『お、お、俺はホモだっ♪ ホモの何が悪い♪ お、お、男が好きだっ♪』


 なんという改悪編集。

 自室でパソコンのモニターを眺めながら、深いため息をつく。


「ったく、よくやるよ。その技術を他に使えよ……」


 白金の言った通り、俺が身バレしため、DO・助兵衛のツボッターは炎上していた。

 そして、アンナというヒロインが男だと判明したため。

 俺が所属している、博多社のゲゲゲ文庫ホームページも荒れに荒れていた。

 もちろん作品である、“気にヤン”の公式ツボッターも。


 ファンの大半はヒロインの正体を、隠していたことに怒りを抱いていた。

 そりゃ、そうだよな……。

 騙していたのは、間違いないから。


 ~次の日~


 俺は白金に呼び出されて、天神にある出版社。博多社へ行くことにした。

 自動ドアが開くと、受付デスクに座っていた若い少年が駆けつける。


「あ、新宮さん!」

「おう、一。久しぶりだな」

「動画見ましたよ! すごくカッコイイ告白でした! 僕もあんなことをされたいですっ!」

 

 と興奮気味に俺の両手を掴むのは、受付男子こと、住吉 一だ。

 正直、目のやり場に困る。


 今日のコスプレ……というか最早、ランジェリーの部類なのでは?

 淡いブルーのベビードールを纏っているが、スケスケだから中が丸見えだ。

 紐パンを履いていて、ガーターベルトまで着用している。

 

 BL編集部の倉石さんが、命令したのかな。

 だが本人はそんなこと構わず、俺の両手を掴んでブンブン振っている。


「感動しました! 新宮さんとミハイルさんが結ばれるところを……想像すると僕、下着を汚しちゃいそうです♪」

 汚すなよ。

「そうか……とりあえず、白金を呼んで欲しいのだが」

「あ、それでしたら。もうお話は伺っております! 編集部の方へ呼ぶように言われてますので。エレベーターへどうぞ」

「了解した」


  ※


 エレベーターからチンと言う音が聞こえて、目的地へ到着したことに気づく。

 ドアが開くと、物凄い数の電話機が並べられていた。

 ベルが鳴ったと思ったら、すぐに男性社員が受話器を取る。


「はいっ! あ……その件でしたら、誠に申し訳ありません」

「いえ、私もヒロインの正体は知りませんで……」

「本当に申し訳ございません! 息子様の性癖を歪めてしまい……」


 これは全てクレームなのか。

 俺がその場で立ち尽くしていると。


「ようやく、張本人のお出ましですか?」


 目の前に幼い少女が立っていた。

 キャンディーのイラストがたくさんプリントされた、可愛らしいワンピースを着ている。

 幼いのは服だけだ。

 年齢はもうアラサーだし、肌も荒れている。


「白金……」

「打ち合わせ、しましょうか?」


 と更に狭くなった、打ち合わせ室を指さす。


「あ、ああ……」


 ゲゲゲ文庫の編集部は、本来の仕事が何も出来ずにいた。

 クレーム対応ばかりに追われているから。


 若い社員だけじゃ足りないので、中年の社員。編集長まで頭を下げていた。

 いい歳したおっさん達が半泣き状態で、謝っている姿は確かにこたえる。


 打ち合わせ室というには、あまりにもスペースが狭く何もない。

 あるのは、丸イスが二つだけ。


 とりあえず、白金と向かい合わせに座ってみる。

 互いの膝と膝がくっつくほどの距離感。


「はぁ……DOセンセイ。私は失望しましたよ。どうして、あんな人通りの多いところで、告白なんてしたんですか?」

「うっ、それはその……仕方なくだ。あの時を逃がしたら、アンナを。いやミハイルと二度と会えない気がして」

「で、あの動画騒ぎですか……」


 白金から生気を感じない。青ざめた顔で、瞼の下には大きなくま。

 どこか遠いところを見ているようだ。心ここにあらずといった様子。


 そんな白金を見て、俺もさすがに罪悪感を感じ。

 イスから立ち上がり、頭を下げる。


「すまん、白金! お前と二人で頑張ってきた“気にヤン”が、こんな風になってしまって。でもまたやれるよな、俺とお前なら。続きを書けば……」

 と言いかけたところで、白金が下から俺を睨みつける。

「続き? ないですよ。“気にヤン”の続きなんて」

「そ、そんな……ウソだろ? だってあれだけ売れているんだから」

 俺がそう言うと、白金は顔をしわくちゃにして怒鳴り声を上げる。

 

「その売れている作品を、作者本人が台無しにしたんでしょうがっ!」

「……」


 いつもふざけている白金だが、今回だけは何も反論できない。


「この前の電話でも、伝えた通り……あの動画でDOセンセイの知名度は、一気に上がりました。悪い意味ですが。本名から通っている高校、全て特定されています。ヒロインのこともね」

「まあ……俺だけなら良いんだ。他の人達に迷惑をかけてしまい、申し訳ないと思っている」

「ほんっとにそうですよっ! 見ました? この惨状を? 博多社始まって以来ですよ。まあ、それだけ私たち編集部の人間も“気にヤン”に賭けていましたから……一時はアニメ化の話もあったのに」

 と唇を尖がらせる。


「じゃあ、今後の“気にヤン”の連載はどうなるんだ?」

 俺の問いかけに白金は、黙り込んでしまう。

 頭を抱えて、何やらぼそぼそと呟く。


「ち切り、です……」


 良く聞こえなかった俺は、もう一度聞き返す。


「なんだって?」

「だから……打ち切りですって」


 俺はその言葉を信じられずにいた。


「ウソだろ? なんでだよ……あれだけ売れている作品なのに?」

「確かに……今でも売れています。でもラノベ読者ではなく、今回の動画を見た人間が、面白半分で買っているんですよ。どの書店も売り切れ続出らしいです」

「売れていることが悪いのか?」

「悪いというより……メインヒロインに問題があるんですよ。最初から女装男子として売れば、良かったのに。女の子として販売しましたから。上層部も続刊を出すことを渋っています。だから、“気にヤン”は打ち切りになるでしょう」


 いつになく真剣な顔つきの白金を見て、事の重大さに気がつく。


「じゃ、じゃあ……別の作品ならどうだ? 今の俺なら他にもラブコメを書けそうだが?」

「無理ですって。どうせまたアンナちゃん、いやミハイルくんをモデルに書くんでしょ? 例え違うと言っても、読者は信じてくれません。今回の騒ぎでDOセンセイは、有名になりすぎました……たぶん他の出版社でもセンセイに、作品を頼みたいと思いませんよ」

「そんな、じゃあ俺は一体どうしたら……」


 二人して頭を抱え、将来に絶望していると。

 コツコツと音を立てて、誰かが近寄ってくる。


「あらあら、琢人くん。そんな暗い顔してどうしたの? ひょっとして職探しかしら? ならうちに寄っていかない?」


 見上げると、そこには優しく微笑む女性が立っていた。

 元受付嬢で今は、BL編集部の編集長。


「倉石さん……」

「見たわよぉ~ あの動画、超イケてるわね! 男同士で10分間もディープキスとか、ネタとして最高っ!」

 と親指を立てる。

 結局、俺はそっち側に落ちないとダメなのか……。

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